2012/05/18

日記「俺も Google フォン入手」

「ティーンエイジ Wifi ライフ」「アンドロイドと PPC は大違い」「指タップの謎」「アンドロイド OS は低性能?」「日カ UI 観の違い」

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■12/05/04(金) □ 俺も Google フォン入手
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初代 Google フォン(HTC G1)
なんとBRばあちゃんがなくしたセルフォン(アンドロイド携帯)が見つかり、すでに彼女は新しいのを与えられているので、今回紛失→見つかった携帯は萌が使えばいいとの通達が元締めオーナーのMKからある。―――! ということは。萌が今使ってるあの初代 Google フォン(HTC G1)は………とお伺いを立てると、もちろん好きにしていいと言われた。かくして俺も突如アンドロイドフォンユーザーとなる。すごい。

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しかしこの紛失したほうのセルフォンを取ってくるのが大変だった。「モールのカスタマーサービス」と言われてモールに連れて行き、見つかった電話を取りに来たとBRが告げるとそんな電話はないという。でBRが「なんですって!? ここはどこ?! ローヒードモールじゃないの?!」とカナキリ声を挙げ、ここで俺が連れていくモールを勘違いしてたのだと判明。電話をなくしたのは至近のコキットラムモールではなく、3町向こうのローヒードモールだったのだ。がっくー。道中も駐車場でもモール内を歩いていてもBRは間違った場所にいることに気づかなかったわけである。がっくし(笑)。

脱力笑いしつつ改めてローヒードモールに行きカスタマーサービスに行くと、今度は感じの悪いオバちゃんがニコリともせずに、「このカウンターにはない、何日になくしたのだ、あなたに電話したのは誰だ」とBRを責め立てる。BRは質問に答えられないので動転し、どうしてよいのかわからずソーリーソーリーと謝るのである。俺はBRの袖を引っ張り、

「謝るこたあない。誰が電話したかなんて知ってるワケがない。向こうの内部連絡が悪いのであって、あなたのせいではない」

と難聴のBRと受付オバちゃんの両方に聞こえるように大声で怒鳴る。これでオバちゃんの態度がやや改まり、やっとあちこち電話して調べてくれた。こういう「私はあなたのために働いてるわけではない、他の社員のミスも自分とは一切関係ない」という態度を見せる人はカナダじゃよくいるが(アメリカじゃもっと多い)、だったら裏方をやっていてくれよ。人前に無愛想な顔を晒さないでほしい。

でようやく別のカウンターにあることが判明したのだが、そこで「どこの会社のセルフォンだ」と最後の謎解き関門があった。BRはここでまた絶句したが、俺が「会社はわからんがアンドロイドフォンだ」と答えると、「あああのサムソンね、じゃあなたがBRだね」とようやく解決となった。やれやれ。

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かくして回収した電話は萌のものとなり、初代 Google フォンが俺のものとなった。自分のものになるならばと前とは違う熱心さでいじってみるが、最初に萌の Gmail アドレスを入れるのに1時間かかったように、やはりこの OS は操作ロジックがわからない。アプリの操作はメニューとバックボタンの2ボタンしかないらしい。この2ボタンの組み合わせてさまざまな用途をこなすわけだが、これまで使ったどんな OS とも違ったロジックなのでとにかく戸惑い思うように操作できない。タスク管理バーはなく、いっぺんバックグラウンドに回ったアプリはフロントに戻せない。なにが裏で開いてるかも不明。いろいろと不便な OS である。

アプリはモノトーンなデザインで全体的にアップルっぽい。ビジュアルはいいが使いにくいというのが初日のアンドロイド感想。コンピュータ世界は簡単な仕事がめんどくさくなる方向に進んでるよな。しかしとにかくめんどくささを我慢して一旦設定さえ済ませてしまえば、Google マップと Wifi ネット環境とカメラ・ビデオが手に入る。日本語入力は弱いだろうから Pocket PC との併用になるが、頑張ろう。

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■12/05/05(土) □ ティーンエイジ Wifi ライフ
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萌がもらったサムソン・アンドロイド携帯は俺の Google フォンより世代が相当に新しく高性能で、キビキビ動くし動作するソフトウェアも多い。萌は「とにかくセルフォンでテキストしたい」と言っていて、携帯電話アカウントはないのでいわゆるテキスト(携帯メール)はできないからどうしたものかと思ってたのだが、一番の親友のSRも幸いアンドロイドフォンだったのでお互い標準装備の gTalk で Wifi 無料テキストしまくれる。小さなキーボードですごいスピードで打ちまくりケラケラと笑っている。よしよし。

さらにこのアンドロイドフォンを Skype 化しての Wifi 会話にも成功した。Skype は驚くべき高音質で、ラグはあるが完全に実用になる。友達もペアレンツに頼んで PC や Ipod にこれを入れてもらえば、お金がかからず皆バーチャル個人電話だよと説明すると、身を震わせて喜んでいる。夢が広がるティーンエイジ Wifi ライフ。

アンドロイドフォンで驚くのはオフにしていても、Skype や gTalk がくればちゃんと着信することで、こうなると Wifi 環境にある限り完全に携帯電話だ。スマートフォンってオフにしていても Wifi は生きてるんだな。使ってみて初めて知った。道理で電池が減るわけで、萌は半日使ってカラっぽになったが。

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【FIFA09 Wii】英エバートンで全タイトルを取ったので、もう一段弱いチームで他のリーグをやってみようと、スペインのエスパニョールを試してみる。せっかくだから史実通り俊輔を入れてみようと購入すると、初戦レアル戦でいきなり彼らしい左足一閃のロングアシスト。中盤に置けばプレス力が弱く、サイドに置けば突破力がなくて厳しいんだが、ドタドタとボールを追い、ボールを持てば小味の利いたパスを出す俊輔を操作していると愛情を感じてしまった :-)。

エスパニョール俊輔2戦目は2アシスト。FW がちゃんと決めてくれればあと3点いけたという好パス連発であった。やっぱり俊輔に預ければいいボールが出るとチーム(俺)もわかり、彼にボールが集まる。そして俊輔が1人交わしてパスを出すと、見事に味方が走り込んでいる。FIFA ではパスの正確さに加え、走る味方がどれだけ見えているかというのも選手のパス能力となる。俊輔は監督(俺)がはっと驚くようなところにいいボールを送り込んでくれる。これまで使った中でもモントリーヴォに並ぶワールドクラスだわ。怪我がなければやっぱり当然ここでも十分にやれたわけなんだよな。

―――ああ、このよくできた FIFA で中田も使いたかったな。俊輔に 83 と高い評価がついてるんだから、最盛期から相当に落ちた 2006 年頃、ボルトン時代の中田でも十分働けるだけの能力はあっただろう。ボルトンのアラダイスはけっこう酷な監督だったので、中田はプレミア中盤としては平凡な守備力が強調されるポジションしか与えてもらえなかったのだが、持ち味を知るものが使い所を考えてやれば引退まであと数年プレミアで十分働けただろうと思う。それをやってみたかった。

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■12/05/06(日) □ アンドロイドと PPC は大違い
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萌のアンドロイドフォンは順調なのだが、俺は PPC/WM (Pocket PC/Windows Mobile) と同じ環境にしようとしてうまくいかずにいる。携帯デバイスのキラーアプリである手書きメモとボイスレコーダーが標準でないのが痛い。アプリを探せばいろいろあるが、どれもデキは PPC/WM デフォルトに劣る。この2つをハードウェアボタンに割り当て、ボタンを押しただけで録音、手書き(線画入力)開始できるのが PPC の便利極まりないメモ取り機能なのだが、アンドロイドではどうしても実現できない。Pocket PC より世代が 10 年近くも新しいのに、こんな重要で単純なことができないとは意外であった。

アプリの出来が悪いのではなく、常時ロックがかかり、ハードウェアボタンが少なく、その割付もできない(v1.6 で動作するボタン割付アプリは結局1つもないので、OS に制約があるのだろう)アンドロイドのアーキテクチャが、こうしたメモ取り機器として使おうという用途を阻害してるのである。

まあ2日いじってわかったが、設計思想が違うとしか言いようがないな。「ファイルを持ち出して出先で思うがままにいじれるマイクロ Windows +(上記の)速攻完璧メモ取り機能」というのが Pocket PC/Windows Mobile の骨子だったのだが、ファイル転送すらできないというか、ファイラーが入ってないんだから「ファイル」という概念すらないのがアンドロイドなのである。つまりこれは「ネットコミュニケーション機能が万全な電話」なのであって、俺が Pocket PC で追求していた携帯読み書き機器ではないんだな。

しかし PC のない1階で FIFA をやりながらMKとチャットし、メモを自分宛に送っておける(Google トークに送っておけば PC とアンドロイドをシンクする必要もない)んだから、こうして携帯からネットに安定してつながるというのは実にありがたいことだ。Windows Mobile はブラウザは出来がよかったが、チャット機能は実用になるアプリがなかったのである。

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萌は今日午前中は俺と一緒にセルフォンで遊び、午後はSFが来たのでいい日で、夕方散歩しようと誘ってきた。自転車で久しぶりに走り回る。萌は最近スポーツにちょっと熱心になっており、自転車で普通に移動しながら立ち漕ぎやホップに挑戦している。


この電話のカメラ/ビデオは暗くて超低性能だが、
携帯していればこそこうして撮れるなと
ありがたみを感じる瞬間
で公園についたら見せたいことがあるといって自転車を止め、公園の低いフェンスをひょいっと片手つきの背面跳びで飛び越えてみせた。おお。簡単なことだけど、運動神経が鈍く臆病な萌がそんな軽業をやるので驚いた。どうやって覚えたのかと聞くと、「スリープオーバーのときSRが教えてくれた。ポリスに追いかけられて、これで逃げたんだって」なんていう。ポリス.....(^_^;。こないだ誕生パーティでお父さんやお母さんとジャムセッションさせてもらった音楽一家のSRは、他の子たちとはちょっと違った個性であるようである。

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■12/05/07(月) □ 指タップの謎
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アンドロイドチューンの日々は続く。最初に iPhone に触ったときにも思ったけれど、なんで指タップにしたんだろうこれ。唯一考えられる利点は「ペンがなくても操作できる」だけど、DS だって Pocket PC だってペンがなくても爪で操作できるじゃん。実際 DS の画面を指でタップするのと同じくらいの精度だろう、アンドロイドのこの指タップ式は。だからメリットが1つもわからない。

Palm のグラフィティ、Pocket PC の手書き認識、DS でのあらゆる操作と十分に定着していたペン操作を全部ナシにして、指タップなんていう不合理な操作体系がハンドヘルドのスタンダードになってしまうとはなんという無駄だろう。誤タップによるフラストレーション世界総計はすごい量なんではないか。

―――あそうか、指フリック(ページフリップ)というカッコ気持ちいい操作性を実現するために指操作にしたんだな。iPod の最初からその操作CMをバンバン流してたもんな。指フリックはまあたしかに気持ちいい。だがそのために他の不便を全部受け入れるというのはなんなのか。それにアゲイン、ペン操作だってフリックは完璧にできるわけで、これも指タップを正当化するものではない。

アローキーとペンがない操作系ゆえ、テキスト選択&コピペ、ページめくり閲覧という基本編集操作性は MS-DOS 以前というか、コンピュータ黎明期のラインエディタに近いくらいにまで落ちている。そういえばテキスト編集時のえらいめんどくさい選択操作なんかは、MS-DOS 以前の Unix Emacs に似ているな。

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それに Mac からの影響なのだろうが、Delete がなくてバックスペースだけだという UI にも参る。昔の Mac がこうだったが、BS(アンドロイドの Del)は「たった今打ち間違えた箇所を消す」というタイプライター的な単機能キーであって、その他のどんな編集作業でも役に立たんではないか。消したい箇所ではなく消したい文字列の終端までまずカーソルを持って行かなければ削除が始められない。そしてマウスやアローキーのないスマートフォンでは、このカーソル移動自体が大苦労なのである(※)。
(※)この初代アンドロイド OS(1.6?)はさらに画面タップにバグがあって、対策を施してあるアプリ以外は全部、編集画面をタップした瞬間カーソルがファイルの先頭に飛んでしまう。こんな大バグを持った OS を出すんだから Google いやはや。

スマートフォンに限らずカナダじゃ学校でも PC/Windows での削除方法を教えておらず、萌なんか Windows なのにマウスで削除したい部分を選択して BS を押す。Shift+アローでテキスト選択という操作すらしない。こんな馬鹿操作をやらせているカナダ学校のコンピュータ教育の阿呆さにも恐れ入る。

こんな面倒な UI や操作性を放置してる北米人が作った操作体系が世界基準となり、見た目はしょぼいが操作系は万全だった NEC モバイルギアやカシオは市場から消えてしまったんだから腹が立つ。モバイルギアで動いてた DOS の DoDiary なんて、いまだに史上最高のスケジューラ/小規模データベースだったと思う。Google アプリ群なんて比較にもならん。

スティーブ・ジョブズがどれほどえらい人なのか俺はよくわからないのだが、どれほどえらくてもこんな UI をスマートフォンのスタンダードにしたことで、マイナス 30 点くらいつくのではないか。

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■12/05/08(火) □ アンドロイド OS は低性能?
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引き続きアンドロイドチューン。ホームに出すアジェンダ、天気予報、手書きメモ、クリップボード履歴などを入れて、徐々に Pocket PC に近づいている。長文テキストが快適に読めるテキストエディタ、Jota も見つかったので、萌を学校に送りながらもう Pocket PC は持ちだす必要がないかなと思っていた。

Jota は WM 時代からあるソフトウェアで素晴らしいデキなのだが、アンドロイドの制約らしくどんなアプリも一度に1枚しかファイルを開けないのに困った。バックグラウンドに回ると他のアプリとのメモリー兼ね合いでランダムに閉じてしまうし、アンドロイドのマルチタスク性能は異常に低いと感じる。実際アンドロイド OS は、Linux 云々という割にえらい低性能だよな。初代 Google フォン自体のハード性能が低いのだとしても、俺のカシオ Pocket PC 2002 より6年は新しいはずなのに、なにをやらせてももっさりなのである。

日本語入力はシメジというのが高精度で驚いた。語彙は不足しているが予測変換までしてくれるので、Google 日本語入力よりも POBOX に近い。これとハードウェアキーボードの組み合わせは強力である。―――まあとはいってもアンドロイドというか指で触るスマートフォン全体がカット&ペーストすらまともにできない環境なんで、そんなに書き続けることなんてヒトの集中力の問題として不可能なのだが。

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■12/05/09(水) □ 日カ UI 観の違い
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買い出し。アンドロイド上に作った買い物リストを手にスーパーをシャカシャカと歩いていると、やっぱり手元からスルリと落としそうで怖い。なんでこんな落としやすいものにストラップ類がつけられないのかワケがわからない。萌はすでに一度ガッチャンと木の床に落としている。スマートフォンは辻褄の合わない事だらけだ。

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出かけたついでにうちのアンドロイドフォン群の元締めオーナー(アンドロイドアプリ開発者でもある)のMKのところに行き、アンドロイドについていろいろと話す。Pocket PC/Windows Mobile のほうがいいデザインだと思うが(ちょっといじれば完全にキーボードなしの Windows になるから)、オフでも gTalk などが着信する Google のインテグレーションは素晴らしいというのが俺の感想。MKは Windows Mobile をチューンして使い良くするなんていうことをするのはトモみたいな凝り性なやつだけで、そんな奴はそんなにいないから PPC/WM は普及しなかったんだ。世界の大多数は買ったものをそのまま使いたいわけで、それには iPhone、アンドロイドがよくできてるのだとのこと。

俺が最大の欠点だと思う指タップは、従来のタッチスクリーンは硬度が不足し必ず傷が入ったが、この指式はガラスだからその心配がないとメリットを挙げる。それにしたってこんなドゆるい精度がスタンダードになるなんておかしいだろうというと、「慣れたら押し間違えはしないしそんなに気にならなくなる」との意見だった。俺だって1週間いじって慣れたけど、操作性はペン操作の足元にも及ばないという気持ちは最初から変わらない。

奴は俺がすでにカスタマイズしまくってる Google フォンを見て、「ぼくはこんなに変更したことがないよ」と笑っていた。MKみたいな真性ギークでも、スマートフォンのチューンアップなんてしないものなのか。そのへんに操作性を改善してやまない日本人とカナダ人の違いがあるのかもしれないな。奴の Linux 操作もコマンドライン中心で、相当にめんどくさいことを厭わずやってるしな。

ストラップの欠如については、「落としても壊れないから大丈夫」との見解。感覚が合わんー (^_^;。

2012/05/03

日記「子供の創造的ライティング道」

「梅ちゃんの遅刻ファンタジー」「サッカーの耐えるスリル」「カナダ算数教育の解せなさ」「お下がり Google フォン」

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■12/04/16(月) □ 梅ちゃんの遅刻ファンタジー
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朝ドラ「梅ちゃん先生」は、2週間経つが相変わらず。人物描写があまりに浅いので、演じてる人たちも持ち味を出しようがなくてつまらないことだろう。お父さん(高橋克実)なんか「フラガール」での暴虐親父役などなかなかすごかったけど(※)、ここではジャニーズ系ドラマの頑固親父みたいな定形芝居しかやれない。このドラマのレベルはちょうど、あのチャライ梅ちゃん幼なじみ(あまりにつまらん役なので役名すら記憶できん)のあたりに設定されている。
(※)そういえば梅ちゃんの医専同級生弥生さんはあの「フラガール」暴虐親父の娘さんだと思う。あの同級生は首がしっかりして声も揺れず、彼女が画面に映るとすごく安定感が出る。梅ちゃんのグラグラを中和してくれる。

女の子の青春を爽やかなファンタジーとして描くという意欲があるのはわかるが、少女の心の揺れ動きをたとえば少女マンガは何十年も前から、それこそ「遅刻ちこくー(頭をゴン)」からスタートしつつ素晴らしい高みへと連綿と描き、世界最多の膨大な文化資産として日本は蓄積してきてるはずなのである。なのになんで TV ドラマだと「遅刻ちこくー(頭をゴン)」にとどまり続けなければならないのか。これじゃ韓国ドラマと同じではないか。その理由がわからない。

その少女マンガのダイナミズムを携え、少女からオバサンまでの心の揺れ動きをリアリズムとファンタジーと茶番をミックスして描いたから、「カーネーション」は素晴らしかったのだよな。

毎日朝ドラが面白いという生活の素晴らしさに、「カーネーション」の半年で俺たちは中毒になっている。中毒だからオートマチックに「梅ちゃん先生」を見る。するとあまり面白くない。「梅ちゃん先生」を批判して気持ちいいわけじゃないし何かが変わるわけでもないが、ついついツイッターで愚痴をこぼしてしまうわけである。

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■12/04/24(火) □ サッカーの耐えるスリル
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【CL バルサ・チェルシー】英国アナ「(トーレスゴール)今、この瞬間、チェルシーがトーレスのために支払った5千万ポンドは完璧に返済されましたーっ!」

いやー、すごかった。バルサが負けるのは不条理だとか、引きこもるチェルシーは醜いといった記事やツイートをよく目にするが、相手の足が届く寸前のところをゆるいパスでつなぎ続け、ボールは走るが自分も相手も走らないサッカーを延々とやるバルサのサッカーが美しいとも俺には思えない。この試合に限ったことではなく、バルサのサッカーには昔からスリルを感じない。

シーズン前半にレアルが一度やってみせたように、高い位置からプレスで勝負をかけてきてくれればバルサはショートカウンターでチェルシーをボコボコにできただろうが、チェルシーにはそんな注文に応える理由もない。後半カウンターをかけたチェルシーが守備が戻り切っていないシーンが何度かあって、そのときだけはバルサの人もボールもダイナミックに動き得点の匂いがした。しかしバルサがそれを意図的にできたら褒めるしかないが、そのためにチェルシーにカウンターチャンスを与えるわけにもいかんしな。

同じ戦術を 180 分間やり続けるという点ではチェルシーもバルサも同等だったが、チェルシーは耐えていたのであり、バルサは工夫がなかった。TV の英国アナウンサーが後半、「どんなに楽観的なチェルシーサポーターでも、センターバック不在の10人でバルサ相手に戦い抜けるなんて想像もしなかったでしょう! このチェルシーの努力を誇りに思うべきです!」と声を高ぶらせていたが、俺も同感だった。サッカーでああして劣勢なチームが耐える姿には俺は惹かれる。初めて見た WC90 のアルゼンチンがそうだったし、94 のイタリーもそうだった。


マラドーナ、耐えて伝説のカウンター
耐えて耐えて耐え抜きながら、カウンターチャンスに賭け上がっていこうとするドログバやラミレスの姿にはスリルがある。実際ラミレスは二度に渡り奇跡のカウンターを決めてしまったのだから勝利に値したとしか言いようがない。

初戦のラミレス→ドログバの針の穴を通すコンビネーションは、WC90 のマラドーナ→カニージャのようであった。美しかった。

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■12/04/26(木) □ カナダ算数教育の解せなさ
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久々に数学の宿題にサインをしてくれというので目を通してみる。やってる百分率=レシオ(割合)がわかってるのかどうか試してみると、あまりよくわかっていない。

「3つの6角形と10個の歯の割合」
「5個の包丁と8個のブーツの割合」


なんて無意味な図例を作っている。「この町の住人中、日本人が何人、中国人が何人、それ以外が何人といった風に、同じものを比較しないと意味ないだろう、意味がないものは『割合』にはならん」と説明しても話が通じない。『割合』という概念自体が正確にはわかってないのである。どう説明したらいいのかなと頭を抱える。

しかし小数点の意味や負数の大小がわからんというのを9月にやっていて、半年経ってもまだ百分率がはっきりとわかっていないとは。なんなのだこのカナダの中学教育のはかどりの悪さは。これで通知表では数学も含め萌は全科目Aになっているんだから、彼女個人の問題ではなく教え方が悪いとしか考えられない。実際教科書でこの項目を見ても、まだるっこしくダイレクトじゃないメソッドで説明されている。

成績は気にせんが、子供らが合理的に最小限の努力で物事を理解させてもらってないんじゃないかということには、仏日英ともいつも苛立ちを感じるのである。

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■12/04/29(日) □ お下がり Google フォン
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BR婆ちゃんがまたセルフォンをなくし孫のMKに代替機をもらったのだが、今度はキーボードもついたアンドロイドのすごい端末である。BRがなくしたり壊したりするたびになんかえらいグレードアップしていくなあと思い(これで4台目?)、これはつまりお前の仕事関係でフリーでもらえる携帯なの? じゃ萌ももらえるのと聞くと、とんとんと話が進み、萌がついにGoogle フォンのお古をもらえてしまいました。携帯電話のアカウントは取らないが、Wifi でアプリを入れていくらでも遊べるだろう。

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で俺が設定を任され見てみたのだが、メニュー構成が超使いにくい。メールアカウントを変更する方法がわからず、ネット検索しても元の持ち主に電話してもわからず、Youtube の動画を見てやっとわかり結局1時間かかった。メールアカウントの変更に、「セキュリティ」にある「初期化」を選ぶだなんて、そんなの見つかるわけがない。Google のアプリって実際どれも、他とは違うというのが大きなモチベーションになってるとしか思えない独自仕様に満ちているな。

じっさい iPhone もアンドロイドも使いにくいと思う。コンピュータの UI やコマンド構造で一番人間に直感的にわかりやすいのは、やっぱり DOS から始まり Win 95 あたりで完成した上位>下位の無骨なフォルダツリー構造だろう。iPhone やアンドロイドをいじるたびに、なんで現代のコンピュータ屋はこのフォルダ構造を見えにくくしたがるのだろうかとうんざりする。どこに何が入ってるのかが開けていくのが面倒でいじる気をなくしてしまう。20 年以上コンピュータを使い、ハンドヘルド(Pocket PC)も 10 年使ってる俺がだんだん使えなくなってくるというのは、ハンドヘルド機の進化としておかしいだろう。(iPhone はアンドロイドとは違って使いやすいとのこと。実は一度しか触ったことがない)

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ともあれ、Google フォンはMKがいろいろアプリを入れてくれた。Google マップやナビゲータが入るとやはり助かる。MKのベイビーが笑ってるときに、萌がさっと取り出しビデオを撮ったのもよかった。俺は普段カメラを持ち歩いてないので、こうして萌のスマートフォンが補完してくれるとありがたいのである。

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■12/05/03(木) □ 子供の創造的ライティング道
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萌が宿題で

「困難に直面しどう切り抜けたか、希望を失わないことがどう助けになったかなどを両親に聞いて作文せよ」

という課題を出され、話をしてくれと頼んできた。そんな「希望」というお題をもらってピッタリのケースを答えるような、大喜利みたいな「困難」があるかよと課題の出し方に俺もMも呆れたが、それは萌には言わず考える。やっぱおじいちゃんが亡くなったときかなあ。しかし死ぬとわかっていてそのまま死んじゃったんだから、「希望」なんてテーマは入れられないんだけどね。

―――病室にずっといてね、おじいちゃんは鎮痛剤でほとんど眠っていて、起きたときに世話をするとその世話がなってないと怒鳴られたりしたんだけどさ、その怒鳴りたいときに怒鳴れる奴としてそこにいれて私はうれしかったわけ。痛くない時には昔一緒に行った競馬旅行の話なんかもゆっくりとしたしさ。あと兄貴が見舞いに来ると「お前が来るのが一番うれしい」とおじいちゃんが言い、「カナダから来て1日中付き添ってる俺の立場は\(^-^)/」と笑っちゃったけど、だけどおじいちゃんがうれしいことが私にもうれしかったわけ。―――こう話していると萌がポロポロと涙をこぼし始めた。

私を日本に送り出してくれたことで、みんなMと萌に対しても感謝していたし、おじいちゃんが亡くなったときに萌がくれたメールが感動的だったんで訳しておばあちゃんにも聞かせてあげた。あの夏に「希望」なんてどこにもなかったんだけど、そうして一緒にいても遠くにいても、相手を思う気持ち、consideration とか caring feeling があってさ、それがみんなを助けていたんだと思うよ。そう書いたらいい。それは「希望」というお題とは違うけれど、課題の趣旨には合ってるよ―――。



萌は「物語」を空想して、主人公の行動やら町の描写やらを PC で毎日大量にタイプしており、その文章は信じられないほどうまい。はっきりいって俺が読めと言われてちょっとだけ読んだ「ハンガー・ゲーム」とすでに大差ない。だがこうして人の気持ちだとかをうまく説明したり書く力はまだない。しかしこういう抽象的な、これとクリアに書き記せないことを考え書く能力こそが本当は大事なことだし、そこからが本当のクリエイティブ・ライティングなんだと思うのよね。空想上の事象をただテキストにしている今の萌の「物語」は、まだそこに至ってないのだよ。まだギターのコードを覚えた程度だ。ここからが歌なんだ。頑張ってくれ。

2012/04/22

日記「ガールズ・ジャスワナ・ハブファン」

「パンデミックな日曜日」「ハンガーゲーム」「【FIFA】フォーメーションの謎が解けた」「春でありがたい」

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■12/04/08(日) □ パンデミックな日曜日
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本日はイースター。恒例のエッグハント後、甥MKが持ってきた人気ボードゲーム「パンデミック」となる。プレイする全員で手分けをし、病原菌の増殖を抑え世界を救うというゲーム。

前やったときも思ったが、システムのデキの良さとその面白さはよくわかるんだけど、これってそのときどきの最善手を選んでいくだけの作業じゃないのかな。自分の番になったらあの都市を処理しようと淡々と考えるだけで、手番が待ち遠しく感じない。実際Wがベイビーの世話で抜けたらその手番をMKがやってたし、それを眺めていたMがさらに引き継いでも問題なかったわけで、特定の個人が「ゲーム」をやっているという感覚は薄い。それぞれがなすべき仕事を粛々と遂行し、その仕事を誰がやっても支障はないという感じなのである。

ボードゲームをやるときって、『俺のこの作戦はなんてクレバーなんだ』みたいな自己満足的なことをしたくなり、そういう独自のことをやれる部分が多いほど俺は楽しいのだが、パンデミックは特殊カードや能力を使うタイミングと場所と組み合わせくらいしか自己主張できない。やり込んでいくと何か発見があったりするのかもしれないが、MKのやることを見ていても、なるほどそうすれば効率よく細菌を潰せるなくらいしか感じない。

経験者1人に初心者3人だからすぐに病原菌が勝ちゲームオーバーになるだろうと思ったが、MKのアドバイスが効くのでけっこう持ちこたえ、40分ほどかかりゲームオーバーとなった。俺はその1ゲームで抜けたが、意外や「グレンモア」は複雑だと完全に拒絶したMがその後なんと夕方までMKと2人で3ゲームもやっていた。グレンモアよりパンデミックのほうが簡単だということもないように思うのだが、具体的な最善手を導きだし無駄なく手配していくというパンデミックのゲーム内容が、ロジックを愛するパズル好きなMのゲームマインドにはしっくりくるのだろうか。

というわけで名作「パンデミック」の感想は前回と同じ。MKには悪いが、俺はどうにも遊びとして盛り上がれない。やっぱり工夫をしてなにかを自分の思うように持っていく、デザインしていくゲームをやりたい。MKとMがパンデミックに盛り上がってるのでグレンモアは出さなかったのだが、できればもっと一目瞭然で簡単な生産ゲームを手に入れて皆でやりたいなあと思う。

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■12/04/10(火) □ ガールズ・ジャスワナ・ハブファン
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お金持ちファッションレディであるBV叔母さんのお下がりを大量にもらったおかげで、萌は毎日すごい格好をして学校に行っている。こんな美しい格好をして学校に行く中学生がおってよいのだろうか。

送迎のときに子供らを眺めていると気がつくが、ガールズはブーツを履いた身綺麗な子と運動靴を履いた普通の子に大分される(グループ分けではなく傾向)。萌は前者に属したくて体育のある日も絶対ブーツを履き、運動靴は荷物として持っていく。馬鹿馬鹿しいことだと思うが、これが超重要らしい。

こないだFNのお母さんに聞いて初めて知ったのだが、グレード6、つまり日本の小6であるこの年頃でも、「あんたのそのパンツの色が合わないわよ」みたいなファッションチェックが入ったりするものらしい。萌に聞くとそういうことは特に体験してないそうだが、気にしてるんだろうな。

しかしこんなことにばかり気が行って、健康学習連絡その他の実生活能力はまだまったく小学生レベルなのであるよな。忘れ物ばかりして、ガールズ・ジャスワナ・ハブファン。楽しいことに目が眩み、心はいつもここにない娘たちよ。

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■12/04/12(木) □ ハンガーゲーム
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萌が愛読するベストセラー「ハンガーゲーム」を読んでくれと俺に強力に勧めてき、じゃ君が日本語の本かマンガを読むなら読むよと取引をして読み始めたのだが、「ベッドから抜け出し、足にぴったりと合ったしなやかなブーツに足を入れ、ズボンを履き、シャツを着て、編み上げた黒い髪を………」てな按配の、映画の脚本みたいな説明が延々と続く。実際映画にすることを念頭に作者は書いてるんだろう。

しかし映像で見せられたら一瞬で終わることを、文で読まされるとえらい時間がかかる。そんなことが重要なのかねと出来の悪いドラマの科白を聞かされてるみたいな気分になる。萌が趣味で書く「物語」も、こういう細部の描写が延々と長いんだよなー。「メロスは激怒した。あの王を除かねばならぬと決意した」みたいな単刀直入が俺は好きだし、表現としてカッコイイと思うのだが。

伝え聞くあらすじは明らかに日本の「バトルロワイヤル」という映画(見たことはない)のパクリなのだが、萌ら北米読者はもちろんそれを知らない。俺から見れば「アバター」などもナウシカやもののけ姫のパクリなのだが、北米ビューアは知らない。日本も海外ものをパクるが、日本鑑賞者はネタ元を知っている。北米鑑賞者は知らないし、知らないままクレジット(功労)は北米側制作者にもたらされる。アンフェアなことだと思う。

萌が読むことにしたのは、数年前に日本で買った「千と千尋の神隠し」のマンガ版全5巻。「ダダダダ・わー」とかの擬音が多いのでどんどん読み進められる。これで漢字を覚えたり勉強になったりするわけではないが、とにかく日本語を眺めることに慣れてほしいのである。

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■12/04/13(金) □ 【FIFA】フォーメーションの謎が解けた
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【FIFA 09 Wii】FIFA は本当によくできたサッカーゲームである。CLをセミプロで2連覇したのでマネージャーモードを5年でリセットし、難易度をプロフェッショナルに上げ新生エバートンのチーム編成と戦術を細かく詰めているのだが、どうしても攻撃が停滞する。スランプに陥り、試しに俺の作ったフォーメーションをバルサに与え自分はデフォルトの 4222 にして対戦してみたら、バルサでもめっちゃ弱かった。うちはショートカウンターがガンガン出て攻撃が活性化する。つまり俺が苦労して作ったフォーメーションはめっちゃ弱いのであった (^_^;。


左:俺布陣)MF が DF ライン前で敵 FW からボールを奪うので、敵陣までが遠い。(右:デフォルト4222)MF はセンターライン付近で奪い、シュートレンジにいる FW に即パスできる。

俺がゲーム開始以来ずっと使っていた、バイタルエリアを固める低い MF ライン(左)は、低い位置に二重のブロックを作り敵の攻撃を待つので守備は当然安定するのだが、MF ⑥⑦がボールを奪い味方 FW にパスしても敵の MF と DF の 2 枚のラインを破らないとシュートできない。これではいいシュートに繋がる可能性はほぼゼロなのである。

高い MF ラインを保つデフォルト(右)では、敵 FW にボールが渡った瞬間にセンターサークル近辺の高い位置で MF ⑥⑦がプレスをかけられる。この高い位置で奪えれば、パス1本で FW が敵最終ラインと勝負できるのである。これだ。相手守備陣形が整う前に FW が勝負をかけられる陣形でなければダメなのだ。

もちろん MF を破られたら残る守りは DF ラインだけで失点リスクも高くなるのだが、点を取るためにはリスクも負うのがサッカーだということなのである。こういう本当のサッカーのバランスが、ゲーム内でしっかり再現できているところが素晴らしい。だいたいアクションゲームの FIFA で、こんなに戦術で悩むことになるとは思わなかったぜ。

高い MF ラインはそのままに、裏を取られやすい DF ラインをやや下げてフォーメーションが完成した。テストプレイでも、リバプール相手に攻守とも冴えて勝利。よし。これで行こう。

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■12/04/14(土) □ 春でありがたい
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いい天気。萌とバドミントンとローラーブレードをした。汗をかいた。春でありがたい。

萌は午後SFを招き、プールに行く。帰りはドーナツでも買って歩いて帰っておいでとお小遣いと携帯を渡しておくと、2人でゆっくりと散歩しながら盛り上がって帰ってきた。こうした自由がすこしずつ増えていくことが、子供らには心の底から楽しいようである。ガールズ・ジャスワナ・ハブファン。春でありがたい。

2012/04/12

日記「『梅ちゃん先生』のハズレ感」

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■12/03/31(土) □ お婆ちゃんのスクラブル
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今夜は電気を使ってはいけないアースアワー、ろうそくの光でやろうと始まった、うちのBRばあちゃんのお気に入りゲーム「スクラブル」に初めて参加する。これはつまり文字でやるクロスワード/カルカソンヌで、交錯する部分は縦も横も合わないとタイルが置けなくなるわけ(左の DICE/CHIVE が成功例)。それだけ聞けばなるほどなのだが、下から上、右から左は認められないなどさまざまな縛りが存在し、クロスワードよりもはるかに難しい。

ゲーム性上一番痛いのは、すでにある文字列の一部だけを使うことはできないというルールで、クロスワードやカルカソンヌなら

SEEDICE
CARUN

というように既存単語の頭文字だけ使って上方につないでいけるのだが、これが許されないのである。つまり写真のように盤面に言葉が偏って固まってしまうと上方・右方の広大なスペースを開拓する方法がなく、もはやゲームが続かなくなってしまう。これはダメだろう。

文字列の一部は使えないが、逆に人が作った単語に S や Y を足せば大きな点が入る。ORDER よりも ORDERS、SALT を作った人よりも SALTY にできた人の方により大きな点が入る。S や Y のタイルを引いた人はそれだけで大アドバンテージなのだ。文字x2 のマスにかかれば 3 文字の単語でも 15 点くらい取れたりする。ゲームバランスは悪い。

縛りが多いのでゲーム中盤からはもう全員えらい長考となり、それでもって制約の多さとスペースのなさゆえできる言葉は BEE とか WE とかのしょぼいものばかりとなる。つまり後半になるほど盛り上がらなくなる。面白いんだけどルールが粗いせいで考える割にできることが少ない、まあ昔のゲームという感じだな。こういうゲームなので勝敗などたいして意味はないのだが、スクラブル名人のBRが見事に勝利。

俺はカルカソンヌのほうがやっぱあらゆる面でいいわと思いながらやっていたが、しかしBRばあちゃんのような人は単語のスペルなど1つのことを考え抜くことは好きで得意でも、判断をテキパキとマネージすることはまったくできないので、以前やらせたカルカソンヌはあまり楽しんではくれなかったのである。年齢と嗜好によって、楽しめるゲームというのは全然異なるのであります。

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■12/04/02(月) □ 『梅ちゃん先生』のハズレ感
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「カーネーション」の次の朝ドラ「梅ちゃん先生」は、いつも通りの『うわ、遅刻ちこくー(ゴンと頭をぶつける)』の、ドジでかわいい子の青春記であった。すべてのシーンが「朝ドラ風小芝居」コントに見える。

「カーネーション」の最中に皆が感じていた《優れたドラマ・映像とは》というテーゼの全部逆をいっている。あの「カーネーション」の次にやるというプレッシャーを受け、「あんなのできるわけない、フツーにやろフツーに」と開き直っているとしか思えない。

しかし視聴者側はいいものを見て感慨の中いろいろと学び成長しているんだぜ。「カーネーション」の後なんだから、あれを踏まえたものを見せてくれるだろうとどうしたって期待してしまう。いや期待というよりそれが道理じゃないのか。新たな可能性が開かれた分野では、その可能性の上で創造を行うのがフツーだろう。ビートルズ以降に音楽を志すものは、かっこいいコードとリズムと言葉を探し作曲するのである。「カーネーション」がドラマで可能な表現の数々を、なにが気持ちよいのかの無数のコードを示してくれたのだから、ここから先はそのコードを使っていくのが当たり前だろうと見る側は思うのである。真似をしろといってるのではなく、ビートルズのコードがびしびし入った「シャキーン」音楽が気持ちいいように、カーネーションのコードを使えばいいじゃないか。

なのに「梅ちゃん」は定番ドジ娘へ行くの。ドジ娘のノリが、それほどいいの。この私の愛よりも。

ちなみに前のブログ記事で「アイコールユアネーム」替え歌を書いてて思ったのだが、歌詞だと勝手なことを言える。文豪渡辺あやにすら文句を言える。ロック&パンクは偉大だ(笑)。

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まあ「梅ちゃん先生」が日本のドラマとして他より特に悪いというわけではなく、日本のドラマ制作者とこういうものを見る人たちが長年かけて、こういうコントみたいな定番食品を作ってきたんだよな。

梅ちゃんに限ったことじゃなく、日本ドラマはかわいくて子供みたいな少女を、想像力貧しきヒトが思い描くファンタジーが多い。1回も見なかったが TV Japan でやってた東大出の美少女弁護士(?)ものなんて、その経歴でありながらドジでかわいい女子高生っぽいキャラになっていた。そんなわけないだろう。「こんな賢くてかわいいのに普通の僕を愛してくれるスーパーガール」というつまらんファンタジーを描いているだけなのだ。

それから首をフルフルと振るかわいい梅ちゃんとその幼馴染のチャライ男は、戦中戦後はおろか昭和にすら存在しなかった現代の若者だと思う。デーブスペクターが「日本のカワイイ女の子は首をフルフルと振る」と外国人女子に練習させるコメディがあったが、梅ちゃんを見て本当だと思ったわ(笑)。

2012/04/01

日記「尾野糸子の名を呼ぶ(最終回)」

「名前だけで泣けてしまう恋」「FIFA 09 CL 決勝」

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■12/03/27(火) □ 名前だけで泣けてしまう恋
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【カーネーション】思いもよらぬところから周防さんの名前が発せられ、糸子が涙にかきくれる。『「カーネーション」の時間と夏木糸子の時間をすり合わせるには奈津クラスの背景と配役が必要で、それは1つしか見つからなかったんだろう』と思ったが、もう1つ残っていたのだった。名前だけで泣けてしまう恋の悲しさ。アイコールユアネーム。

奈津、周防さん(名前と記憶だけ)が登場し、糸子の生涯がつながっていく。最後にすべてが「A Day in the Life」のエンディングのように混沌と輝きをたずさえ登りつめ、バーンと鳴り響いて終わる予感がしてきた。尾野糸子編最終回のように。

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■12/03/29(木) □ FIFA 09 CL 決勝
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【Wii FIFA 09】我がエバートンが4年目にしてついに CL 決勝へ進む(レベルはセミプロ、追加投資でサッカー専用 Wii クラシックコントローラも導入 ^_^;)。相手は幸運にもビッグクラブではなくパリ・サンジェルマン。格下だが、しかし CL に来てるチームはなんらかの補正がかかってクラブの格よりもかなり強いし、なにしろ守備でミスをしたらまた来年なので慎重に慎重に戦う。

首尾よく早い時間に先制しながら、2点目が取れないうちにセットプレイのトリックで追いつかれる。FK をキッカーが蹴る振りをして横のプレイヤーがかっさらいドリブル突破し、完全に裏を突かれたうちの DF がまとめて全部ぶち抜かれた。素晴らしい。CPU があんな賢いことをしてくるとは。

ここからは早く突き放さねばえらいことになるという監督兼キャプテンの俺の焦りが選手に伝わってバタバタになり、相手のボール回しを追いすぎて中盤の選手たちの脚が止まり、相手の前進を止められなくなってくる。サッカーは本当にマインドゲームで、FIFA は完全にそれを再現している。えらいことになってきた。交代を送るべきだが、中盤全員は替えられない。延長になるかもしれないからそれも考えねばならない。どうしたらいいんだ。

延長になったときのことを考え交代カードを 1 枚残し、疲労困憊でプレスを掛けられなくなっている MF を 2 枚交代することにする。センターに守備力の高いロドウェル。右ウィングには守備はダメでスタメンのアバテほどのスピードもないが、器用でチャンスメイクに優れたモドリッチを入れる。



これで中盤のボール奪回力が戻り、ペースを握り直す。フレッシュなモドリッチが抜け出しボールをもらい折り返し、そこに今季うちのエースとなった FW カベナギが合わせようやく2点目。よし。もう 1 枚の守備的 MF を投入して守備を固め、残り数分ドキドキしながら後方で丁寧にパスをつなぎ時間を浪費し、試合終了。―――やっ・た\(^-^)/。

セレモニーその他は想像通りしょぼかったが、まあカナダ EA 製だからこんなもんである。カナダ人の気が利かないのはゲームに限ったことではない。むしろ国民性として気が利かずサッカーも弱いカナダが、よくぞここまで素晴らしいサッカーゲームを作ったとその不思議を喜びたいのであります。

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■12/03/30(金) □ 尾野糸子の名を呼ぶ(最終回)
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【カーネーション最終回】昨日あと1回を残し、糸子の最期の日が描かれた。うっすらと幸せな笑顔を浮かべ世界を眺める糸子の顔が美しい。見舞いや葬式に登場する人で泣かされるのだろう(つまり奈津が.....)と予想してたがなし。最後に立ち会った人は孫娘だったのだろうか。

うちの父さんが亡くなったときに、何十年も前に働いていた店の従業員のおばちゃんたちが小さなおばあちゃんとなりたくさん葬式に来てくれジーンとさせられたのだが、葬式に昌ちゃんらが来ることもなかった。昌ちゃんももう亡くなってるということなのかな。あの写真立てを並べたあたりでそのへんに言及してないんだから、生きててしかるべきなんだけど。娘たちの泣き顔を見ながら、糸子の最後の日々がきれいでよかったなとだけ思う。



そして今日が最終回である。いったい何を見せてくれるのだろうと朝からドキドキしていた。しかし「おはようございます。死にました」というナレーションはよかったが、俺が見たいものが出てこない。糸子は千の風になって、娘らの肩越しをはじめ津々浦々にある存在となったらしい。そうか。しかし。尾野糸子の顔は最後に見れないのか。あの声は聞けずに終わるのか。

夏木糸子編でも何度も泣かせてもらったけれど、それは尾野糸子が積み上げた記憶の延長を味わえたからだ。尾野糸子時代のような映像の魔法に磁石のように目が惹きつけられたのは、奈津との再会時と「おたく、どちらさん?」シーン(あれは夏木マリの人生ベストアクトなのでは)だけだったと思う。病室での糸子のまなざしは素敵だったが魔法は起きなかった。お葬式でも起きなかった。だからこの最終回に期待していたのだが。期待というか望みをかけていたと言ってもいい。


「極楽やなあ。うちが朝ドラやで。あんたもおるで」
千の風の糸子は最後に病院に忍び込んでいった。TV の前に陣取り「カーネーション」を見る小さなおばあちゃんがいる。これは奈津だろうと思ったが顔を見せてくれなかった。じゃ違うのかなと思ったらやっぱりそうだったらしい(「奈津」であると副音声に解説が入っていたとのこと)。見たかったな、ふっと鼻で笑う奈津の顔を。それを肩越しに見る尾野糸子の笑顔を、またひとつ魔法の映像の宝記憶として残してほしかった。



最初に見たときにはなんじゃこりゃと感じたミュージカル風のあのオープニング映像に今度はホロリとさせられ(ほんと積み重ねの力だ)、物語は終わった。名シーンのフラッシュバックがタイトルバックに映る。俺は時計をちらちらと見て、あと2分か、じゃこの歌で終わりか、尾野糸子の顔は見れず、あの声は聞けずに終わるのかとそればかり考えていた。アイコールユアネーム、尾野糸子さん。もう一度見たかった。今夜は眠れない。


I Call Your Name (The Beatles)

I call your name but you're not there,
was I to blame for being unfair.
Oh I can't sleep at night, since you've been gone,
I never weep at night, I can't go on.

君の名を呼ぶ だけど尾野糸子はいない
俺が悪かったのかな
夏木糸子をフェアに評価してなかったのか
ああ夜眠れやしないぜ 尾野糸子がいなくなってから
夜に泣いたりする柄じゃないんだが
やってられないよ


Well don't you know I can't take it,
I don't know who can,
I'm not goin' to make it,
I'm not that kind of man.

こんなの我慢できるわけないだろう
誰ができるんだよ渡辺あやさん
俺はやっていけないよ
そんなことができる奴じゃないんだ


Oh I can't sleep at night, but just the same.
I never weep at night I call your name.

ああ夜眠れやしないぜ だけど同じことだ
夜に泣いたりする柄じゃないんだが
君の名を呼ぶよ


Don't you know I can't take it,
I don't know who can,
I'm not goin' to make it,
I'm not that kind of man.

こんなの納得できるわけないだろう
昌ちゃんはどうなったんだよ渡辺あやさん
俺は満足したフリなんてできないよ
視聴者はそんなに人間ができてないんだ


Oh I can't sleep at night, but just the same.
I never weep at night I call your name.
I call your name. I call your name.
I call your name.

ああ夜眠れやしないぜ だけど同じことだ
夜に泣いたりする柄じゃないんだが
君の名を呼ぶ

君の名を呼ぶよ 尾野糸子よ
うー尾野真千子よ

2012/03/28

日記「つながったカーネーションの時間」

「カナダのコンサバ家具」「エバートン2年目終了」「ボート漕ぎ見学」

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■12/03/17(土) □ カナダのコンサバ家具
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だいたいどこもこんな感じの家具調度類
改装したバスルームに合うタオルハンガーやミラーなどの調度を探しに、久々に一家で買い物。改装時にMが家の装飾品に詳しい姉の助言を得て選んだ家具調度類を見ても、今日タオル掛けなどの風呂用品を見ても思うのだが、カナダのこういう家回り品ってどこに見に行ってもコンサバティブである。クラシックでクリーンでこれといった特徴がない。

家具はともあれタオルハンガーなどの小物は、IKEA とかで探せばもっとポップでかわいいのとか、機能的に面白いものがあるんじゃないのかと感じる。しかしこういう店の品揃えを見ると明らかに、カナダ奥様方はカワイイや多機能なものは家に欲しくないのだろうな。クラッシーでクリーンなもので家回りを固めたいという志向が伺える。

クリーンといえば石鹸置きを探すときにM姉が、「いらないわよ、今どき石鹸を使う人はいないわ、石鹸カスがトレイにたまって汚いし。ボディソープよ」と言ったのだそうだ。これを伝え聞いてそんなにクリーンが大事かと笑ってしまった。彼女の感性に代表されるクリーンこそ至上、生活感をいかにシャットアウトするかが重要という価値観が、カナダ奥様方にはある。

日本語 TV で「Before After」という改装番組をやっていて、たまに見ると日本人はクラッシーなクリーンさよりもやっぱり、収納の便利さとか採光の工夫などの機能やアイデアに喜ぶのがわかる。俺もそう。日本人とカナダ人とはそこが違うと痛感するのである。

俺はクリーンはわかるが、生活感を排除するためにものをいちいち収納したりすることにはたいして意味がないと思うので片付けず、いつも奥様に怒られるわけです。結局 IKEA にもたいしたタオルハンガーやミラーは売ってなく、保留にして帰宅。

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巨大メカと溶岩があふれるゴロン鉱山
【ゼルダ・トワイライトプリンセス】溶岩吹き上がるゴロン鉱山に足を踏み入れる。洞窟内の広間に入った瞬間、うぉおおおと声が出た。すげえ。これは2つ目のダンジョンだな。すげえ。さまざまな仕掛けも楽しい。冒険そのもの。「これ、買ってよかったねえ」と萌とうなづき合うような大冒険である。

しかしリンクを行きたい方向に正対させるのが馬鹿馬鹿しいほど難しく、ただそれだけの理由で何度も何度もジャンプに失敗し溶岩に落ちて死んでしまう。これには本当にうんざりする。何度も書くが、リンクを横に向かせたい時だけボタンで横を向かせるという操作仕様だったら、こんな理不尽な苦労は全部なくなるのに。ったく。

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■12/03/18(日) □ エバートン2年目終了
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この春休みは萌が機嫌がよく、今日は一緒に家事をしながら Youtube でレディガガやゼルダの音楽をかけ、俺にずっと話しかけてくる。去年の春休みは萌が全然俺と口を聞かない状態で、そういう年頃だし春だとなおさら(その後態度が良化したので)なのかなと思っていたが、別に季節ものではないらしく、今年は大違いだ―――などと考えていて、これは Wii のおかげ以外の何物でもないなと思い至る(笑)。やっぱ共通の話題があると、ケンカもしないものなのね。

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【Wii FIFA 09 All-Play】エバートン2年目はリーグカップ、プレミア、FA カップの変則3冠で終了。終盤は先制され負けそうになっても絶対に追いつく根性の戦いで、充実していた。CL だけは勝てない。ポルト/ユベントス/セビージャのグループリーグすら突破できなかった。やっぱ CL のチームは強いわ。うちももっと強くせねば。

しかし3年目も資金増強はまるでなし。いい加減まともにやる気がなくなるな。リセットするか。いっそ警告を無視して 40 億の持ち金を全部使い大型補強してみようかな。途中でクビになるのかな―――とか迷いつつ、去年と同様に FA 選手を取って売り資金を作り、廉価高速ドリブラーとしてユーザーフォーラムで推奨されてたトリノの MF アバテを購入。加速と速度が 18/18 で速い速い。短いスルーパスもうまいし守備でもよく走りタックルも悪くない。これはいい選手だわ。こういう選手を取ってしまうともう使いたくてたまらなく次のシーズンへ進むわけです。サッカー・マネージメントゲームはやめられない。

FIFA 09 は選手の個性がよく出ていて面白い。たとえばうちのエースのヤクブが2年目から得点力不振なのだが、これはプレイスタイル的に中盤に下がってきてしまうからで、シュートチャンスにいるべきところにいないのである。Aggression(ガツガツ度)が高いので勝手にボールを追ってプレスをかけ中盤に下がってしまうのかな。これをどうしたものか。こういうことを考えさせてくれるところがよくできている。

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■12/03/23(金) □ つながったカーネーションの時間
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【カーネーション】夏木糸子編はただ見るだけの消化試合だったのだが、残り2週にして奈津が登場し空気が一変した。再会シーンの2人の表情を見た瞬間、夏木さんが糸子に見えてきた。奈津役の人が似てるとか夏木さんが似てるとかそういうことじゃなくて、冷凍保存されてた2人の関係がそこにブワっと出てきたのだ。その再会のおののきを味わうことによって夏木さんもやっと、「カーネーション」の時間の流れの中に飛び込めたのだと思う。それを見てやっと俺たちも、「カーネーション」の時間の流れに戻ってこれた。

序盤の夏木糸子停滞期は制作側がなかば覚悟してそうしたらしいが、2週間も引っ張らず「カーネーション」の時間と夏木糸子の時間をすり合わせてくれたらよかったと思う。でも老奈津ほどの背景と配役を用意しないとすり合わせはできず、それはどれだけ探しても1つだけしか見つからなかったんだろうな。

『物語に登場した人たちのアクティビティがああなってこうなってこの現在の岸和田の空気感につながっている、ようには見えない』と前に書いたが、奈津が登場してカーネーションの時間と空気がつながった。夏木糸子も老奈津もなにもしなくても、もう「私は小原糸子です」的アリバイ演技なんかしなくても、2人が生きて再会できたということが、本人たちにとっても視聴者にとってもとてもとても意味があることなのだ。尾野糸子とその周りの人たちが積み上げた宝が、ほんの一しずく受け継がれた瞬間だった。



しかし奈津はまた糸子の前を去り、糸子は奈津との再々会を少女のように夢見ながら病院でファッションショーを催す。モデルとして応募してきた、ガンを病む若いお母さんに胸を打たれる。「世界の中心で」などは、死んでいく恋人&自分のラブオンリーみたいな子供じみた価値観に支配されており俺はまったく共感しないのだが、この加奈子さんは違った。彼女が子供と家族と世界のすべてを愛していることが一発でわかる。だから泣かされる。

奈津と一緒にショーのステージに立つというボンクラで甘い夢はかなわなかったけれど、このお母さんを通じそれに負けないくらいに美しい幸せを演出した糸子に、奈津との再々会という褒美がもたらされる。今日こそは逃さへんで「待っとれ」と奈津のいる院長室へ早足で向かう糸子の顔は、大事な宝を取りにいく喜びに輝いていた。こういう顔を見たかったのだよ、糸子さん。よかった :-)。

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■12/03/24(土) □ ボート漕ぎ見学
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この喫水の浅さがこわい(笑)
LDとMのボート漕ぎレッスン@ポートムーディの入江を見学しに行く。行ってみてボートの長さにぶったまげた。4人乗りだというので3人乗りカナディアンカヌーの 1.5 倍くらいを想像してたのだが、7~8mある。で幅は人間1人分ぴったりで超細長いのだ。乗員が乗ると着座位置は水面と同じくらい。お尻がはみだしてます。つまり明らかに艇の横ロール方向は安定していない。うわーほんとにこれに乗り海に出るのかよ、という感じである。

そしてなんとコーチが伴走する自分のモーターボートに乗っていいわよという。寒いし船酔いしそうだしで俺は遠慮しますよと言ったのだが、萌が行く行くといい同行して行くことになった。うひゃーである。小さな入り江だから波は小さいが、俺は海が怖いのよ。しかし来てしまったからには戻れない。すごい眺めだ。

コーチの指示を聞きながらしばらく見ていてわかったが、こういう高速艇は左右のバランスを取るものは何もついてないので、漕ぎ手のうち誰かがパドルを羽根のように水面につけているときだけ左右が安定する。でMたちビギナーの場合ストロークがきれいにシンクしないので個々のオール応力のばらつきにより絶えず左右に小さくロールしており、最低1人は羽根になってないとバランスが取れないらしい。

コーチの号令に合わせ先頭の漕ぎ手から徐々に人数を増やし、3人のストロークが安定したら第4漕手も漕ぎ始めるのだが、すると安定翼がなくなるので途端に横揺れが大きくなる。これは4人のストロークを完璧にシンクさせる以外コントロールしようがないのでどうにもならず、当然怖いし危険なのでみんな一旦漕ぐのをやめ、全員パドルを突き出し安定翼となるという次第。これはやっぱ難しいんだー。

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こんなものを海上至近距離から眺めるなんて俺の人生であるとは思わなかったので、大変に興味深かった。スポーツとしての面白さももちろんわかる。が、Mは俺にこれをやらせたくて何度も何度も懇願してるのだが、俺は遠慮しとくよ。怖いし難しい。彼女は海上に浮かぶ気持ちよさを至福と絶賛するのだが、海に浮かんでいても夏の砂浜からこの海を眺めていてもその気持ちよさは変わらない。乗せてもらったのは幅のあるモーターボートなので転覆は怖くはなかったが、酔ったら困るから早く岸に戻りたいと心細く思っていた。ビーチにいたほうがいいわ。

それにスポーツとしては自転車やバイクのほうが面白いと思う。Mたちの横でやってた1人乗りミニマム級ヨットみたいなやつが、喫水線ぎりぎりまでフルバンクしてくるくる曲っておりバイクみたいで面白そうだった。

ボートに乗りたいという気持ちは一向に湧いてこないが、もしやるなら静水でカヌーだったらやりたくなくもない。しかしこうしてコーチに教わって習い事としてスポーツをやるということがソモソモそそらないんだよな。日本で何度もやったように夏にゴムボートを上流に持って行って、弁当を持って川を勝手気ままにツーリングしたい。そういう遊びスポーツだったらやりたいよ。フレイジャーリバーは大河すぎるし、周辺支流は夏は蚊がものすごいのでツーリングはできないのかもしれないが。

2012/03/16

日記「尾野糸子なきカーネーション」

「追悼式中継」「震災1周年」「【FIFA 09】初年度終了」

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■12/03/10(土) □ 追悼式中継
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震災1周年。日本からの追悼式中継を見ながら、俺は亡くなった方々よりも、全ての持ち物と住んでいた町を失った人たちのほうにより深く同情してるなあと考えていた。なにかの事故で自分自身が死んでも俺はあきらめがつきそうな気がするが、たとえば火事ですべての持ち物や PC データが焼けてしまったらしばし廃人になるような気がする。

もし火事になったら最悪でも家族の PC だけは窓から放り投げても焼失から救おうと考えているけれど(芝にケースごと落下すれば、HDD は助かる可能性があるのではないかと)、ビデオ、DVD、写真はもちろんあれだってこれだって、もし燃えたり水に流されたらたまらんというものは家中に限りなくある。人はみな大事なものに囲まれて暮らしているわけで、それがわずか1時間の間に海の藻屑と消えるというのは、本当に耐え難いだろうと思う。

俺はカナダに来るために 10~20 代に手に入れたもののほぼすべてを日本に置いてこざるを得なかったわけだが、当初はロマンスで燃え上がっていたゆえに喪失感もまぎれていたし、いま 20 年近く経ってみればその頃と大差ない物持ちになってはいるが、その中間点ではたまらない気持ちはいつもあった。よくあんなことができたものだと今にして思う。

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■12/03/11(日) □ 震災1周年
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震災1周年、NHK でもカナダ CBC でも特集をやっている。カナダ CBC では津波のときにカメラを持ち撮影し(てかつ助かっ)た人々の撮影映像を集めた番組をやっていた。実際に人が水に飲み込まれていく瞬間が多く写っている。それを見て「馬鹿(なぜ早く逃げなかったんだ)!」と叫ぶ人々の声も入っている。こうした日本では放送できないだろうものも多くて、Mともども改めてショックを受けている夜。

昨日追悼式中継を見ながら、亡くなった方々よりも全てを失った人たちのほうにより深く同情するなんて考えていたが、やっぱりあんな逃げ遅れて水に飲み込まれるなんて死に方はひどすぎるなと思った。昨日あんなことを考えてすいませんでした。合掌。

しかしほんと何度も思ったが、あんな津波がこの世に発生しうるのだと人々が知っていたら、どれほど多くの命が助かったことだろうか。スマトラ沖地震のときの映像は、水が通りをしゃーっと高速に通り過ぎたという感じで、建物の2階にいた人たちは助かっていた(ように見えた)。建物ごと根こそぎ持っていかれた今回の津波はそれとは全然違う。あんな津波映像が過去一度でも世界に流れていたら、もっと早くに多くの人々が逃げていただろう。原発だって非常用電源だけはなにがなんでも強化していただろう。本当に初回でいきなり3アウトゲームセットみたいな、これ以上悪いことは今後も起こりえないような、そんな厄災だったと思う。

こうした映像が世界に流れたこれ以後は、大地震の時の人々の行動は変わることだろう。それで助かる人々が増えるかもしれない。原発は当然世界中で安全性向上が進められている。その意味でも、これ以上悪いことは今後も起こりえないような、そんな厄災だったと思う。

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■12/03/12(月) □【FIFA 09】初年度終了
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【Wii FIFA 09 All-Play・マネージャーモード初年度】フリーエージェント選手を取ってエバートンを強化し、格下には確実に勝ち同格と格上には勝ったり負けたりしているうちに首位に立ち、プレミア4強は意外にもポイントを積み上げてこず、結局そのまま優勝してしまった。あれま。こりゃリーグ順位はシミュレーションが甘すぎるな。実際戦えば4強はめちゃ強いわけだが、それがちゃんとリーグ順位に反映されないらしい。

まあ実際本物に近いシム結果を出すには Football Manager 級の精度が必要なんだろうけど、こんないい加減なリーグ順位になるくらいなら選手の総合力をそのままリーグ順位としておいてくれたほうが、プレイヤーとしては盛り上がるな。「ここでマン U を倒さねばリーグは勝てない!」くらいの気合が入ったほうが楽しいのだ。

リーグ順位は淡白だったがどんな試合も文句なく面白い。何度ゴールを決めてもそのたびに両腕を突き上げてしまうくらい燃えている。一番燃えたのは負けたら終わりの FA カップで、準決勝でマン U に勝ったときには心臓バクバクの興奮ものであった。決勝もウェストブロムなんていう弱敵相手だったのだが、タイトルがかかっているから緊張するし相手もモチベーションが高いからか驚くほど強く、勝ち切るのは大変だった。リーグは 4 強以外から勝ちを拾っていけば勝てるのだとわかったのでうれしくもないが、カップ戦を勝ったのはうれしい。1 年目にしてプレミアと FA カップの 2 冠達成。

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で Football Manager での経験から、2冠の賞金と CL 放映権で 20~30 億は入るな、いい選手を数人取れるぜと強化プランを立てていたのに、なんと一銭も入らない。なにかの間違いかと思いあらゆるメニューを開いて調べたが金は入っていない。なんだこれは。これじゃ強化ができんではないか。リーグ優勝しても資金が増えないなら、マネージャーモードという経年シミュレーションを続けていく意味がないではないか。なんなんだ。

調べてみたが、このゲームは賞金はないものらしい。FIFA をやってる人は Football Manager/Championship Manager 愛好者と系統が違うのか、優勝しても強化資金が出ないことの異常さが英日とも話題にもなっていない。せいぜい「カップを取ったらお祝い金がもらえるスポンサー契約を選んでおこう」くらいなノリらしい。そんなわけないだろう。仕方がないのでみんなフリーエージェント(無雇用)で取った選手を売って強化しているようだ。なんだこの馬鹿仕様。

しかしそれ以外やりようがないしこのチームで CL は戦いたいので、フリーエージェントを探し売りその金で強化を行う。馬鹿馬鹿しい。頑張って素晴らしい成績を出した俺様がなんでこんなセコイ裏技をちまちまやって小金を作らねばならんのだ。役員会はなにをやってるんだ。CL でいい成績を出してもこんな調子だとやる気が続かんだろう。これは非常にやる気を削ぐ。ここまでクソだとは思わなかった。なんでこんな馬鹿仕様がテストプレイを通るんだ。なんなんだカナダ人ゲーマーって(EA はうちの隣町バーナビーにある)。

というわけで、サッカーの試合だけは面白い。それ以外はほんとクソゲーな FIFA 09 である。

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日本風呂を愛すうちの奥さん念願の深風呂桶が今日完成。いま入ってきました。サイコー。俺は萌の次に入ったのだが、お湯が冷めてないことに驚いた。前の風呂桶はすぐお湯が冷え、これは水面の表面積が日本の風呂より広いから仕方ないんだろうと思っていたのだが、これはつまり前の70年代スチール製風呂の横壁からものすごい勢いで熱が逃げていたわけである。現在のグラスファイバー製風呂ならばこんなに保温性が高いのか。

水位はヘソ上10cmほどだが、横になれば膝先を残し全身が快適に収まる。家風呂で肩までつかり寒い思いをせずゆっくりと本を読める気持ちよさは、改めてうあーと声が出るほどであった。うちのBR義母さんなんか生まれてこの方ずっとシャワーで風呂に入った記憶がないそうだが、そんな人生は間違ってるぞとつよくつよく思う気持ちよさである。

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■12/03/13(火) □ 尾野糸子なき「カーネーション」
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尾野糸子引退後の「カーネーション」は、きちんと見てはいるが、その都度まあ明日に期待しようと思うくらいの観戦態度である。悪くはないがフツーの朝ドラになってしまったので、見逃さなければそれでいいという感じ。

がっかりはしてないし最後まで見るが、ツイッターで多くの人が「渡辺あやさんだからきっとなにか考えがあって」「オノマチ糸子とつながってきた」と見ている自分らを盛り立てているのを読むと、みんながこんな感動しようと努力するくらい愛してきた「カーネーション」なんだよなという寂しさを感じる。

俺があれほど乱発していた「#カーネーション」ツイートをバッサリ止めた最大の理由は、実はすべてのフリータイムを FIFA サッカーにつぎ込んでいるからだが、ここまで約10回で何かを書けるほど心が動いたシーンも特にないのである。

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尾野糸子引退までも完璧なわけじゃなかったし、こんな長い物語の隅々まで完璧なものなど作れるわけがないとも思う。しかしいま画面の風合いを変えたりキャストを総入れ替えするなどしているのが、熱心なファンが分析するように制作陣が「現代と老境の味気なさ」を表現しようとしてのことだとすると、俺はそういう制作者の作為のようなことが嫌いなんだなと自覚する。物語はもっと自律的なものであってほしい。

そう、ここ2週間の「カーネーション」は自律的じゃなく、作為的だと俺は感じている。つまり、物語に登場した人たちのアクティビティがああなってこうなってこの現在の岸和田の空気感につながっている、ようには見えないのだ。制作者の英断でバッサリこうなりましたとしか俺には感じられない。ずらりと並べられた写真立ても、「キタムラって言ったら大メーカーじゃないですか」といった言葉も全部、ちゃんとつながってるんですよというアリバイづくりに見え聞こえる。

「周防が魅力的すぎて自分のコントロールを超えた」「北村の芝居がうますぎて替えが効かず死んでもらった」と脚本家渡辺あやの言葉が漏れ聞こえてくる。それを読みながら俺は、尾野糸子引退までの渡辺あやの仕事がすばらしすぎて、この物語はもう彼女のソロアルバムになってしまったんじゃないかと感じている。「カーネーション」はボーカルもギターもベースもドラムも個性際立つバンドだから素晴らしかったわけで、楽曲だけがよかったわけではない。

「いい歌はギター1本で歌ってもいい歌だ」なんてことをいう人がいるけれど、だけどやっぱり「ジョンの魂」よりビートルズのアルバムのほうが今でもよく聞くじゃないですか、ぼくたちは。どっちも大好きだけど、やっぱりバンドサウンドにはそれだけの魅力があるんですよ。もう一度バンドサウンドをかき鳴らし、「A Day in the Life」のような美しいコードでバーンと終わってほしい。

2012/03/14

日記「サッカーゲームのパスについて考える」

「ゼルダ・谷間の廃村」「FIFA 09・ついに開眼」「FIFA サッカーの美点欠点」

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■12/03/06(火) □ ゼルダ・谷間の廃村
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カカリコ村。これも前に見た「ゴッホのトアル村」のファンが作った3D画像だと思われる。こういう感じなんですよ。

【ゼルダ・トワイライトプリンセス】闇に滅ぼされたらしき谷間の廃村カカリコ村に来た。ここもいい光景だ。高いところに登って町を見下ろすと、ラピュタのパズーの村みたいな谷間感があり気持ちいい。上空を舞う虫竜は無重力感漂う飛び方がナウシカそのもの。このゲームはほんと宮崎駿トリビュートっぽい。

町の入口で垂れ下がり風に揺れる看板を見た萌が「あ。......ここは元はきれいな町だったんじゃない?」とつぶやく。家を探索しながら「ここはイン(旅館)だったんだわ。ほら、ベッドがたくさんある」とつぶやく。この村でやることは家々への入り方を見つけ、隠されたものを探し出すだけで割合単純なのだが、そのためにこれだけのビジュアルを持った村と、一つ一つの家をちゃんと作ってくれているからこうして感興が沸き起こる。こういうところに任天堂の良心を感じる。

そしてはるか彼方の高い断崖の上まで道がついていることに気がついた俺が、「あそこに行けるよ萌!」と興奮する。これは楽しいわ。Playstation FF の町もきれいだったけど、あれは擬似 3D の平面絵の中を上下左右に歩いているだけで、レンダリングされてるのはキャラだけだったもんな。こうして広さや高さや大きさがしっかりとある本当のバーチャル世界を旅する楽しさを、今俺たちは存分に味わっている。

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■12/03/07(水) □ FIFA 09・ついに開眼
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一番引いた「TV」画面でこれくらい。シュートレンジを画面に入れるには、もっと前進する必要がある。

親子でゼルダは順調なのだが、なぜかうまくいかない俺のサッカーゲーム【Wii FIFA 09 All-Play】。昨夜も戦いに敗れ疲れ果て眠りにつきながら、なぜだなぜだと考えていて(情けなし)ハタと気がついた。画角だ。ガバリと起き出し1試合だけカメラを次々に切り替えながらテストし、FIFA 98 時に使っていた TV というアングルが見つかった。遠目の高めのカメラ位置で、選手の華麗な技は見えにくいが、一番肝心な選手間の距離がよくわかる。これで昨日まであれほど引っかかったパスが通るようになった。というか通らないときが見えるようになり、無駄パスを出さなくなり、攻撃にリズムが出てきた。よし。

パスが通るか、ドリブルで抜けられるか、相手 DF からボールをスクリーンできているかがサッカーゲームのキモで、映る範囲が若干狭いデフォルトビューではこれがよくわからず苦労したんだと思う。DF からボールをスクリーンした状態でドリブルしつつボールから目を離してパスコースを探し、ここぞというところでパスを出す。カットされたらすかさずプレスに行く。これでいい試合ができるようになってきた。

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■12/03/08(木) □ FIFA サッカーの美点欠点
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Wii FIFA 09 All-Play】ようやく波に乗り、難易度セミプロ(中級)のマネージャーモードでエバートンを操り、リーグ首位を快走中。アーセナルを破ったのにはしびれた。マン U にはリーグでは 2 戦とも負けたが、FA 杯で勝った。ドキドキした。

FIFA は FIFA World Cup 98 の頃から、スペース、AI 選手の動き、操作するプレイヤーのなすべきことというサッカーフィーリング(というかスポーツ感)がよくできている。攻撃が遅ければゴール前に守備陣が揃い、たとえドログバを持ってしてもシュートを打てない。押し込まれるとどれだけクリアしても拾われ、苛烈な波状攻撃を受ける。スペースと人数により局面が変わるサッカーというものの表現が自然なのだ。DF ラインと FW の高さだけで攻撃力とプレス力を調整できたカルチョビットに通ずる、『サッカーにおけるスペース把握』の面白さがある。

FIFA 98 と比較しての進化》スペースへの走り込みや DF ラインの裏取りなど選手たちの AI も進化してるし、技術が高い選手なら接触でボールのコントロールを失ってもどうにかコントロールを取り戻しマイボールにできるという、アクション面での進歩も大きい。攻撃が簡単につぶれないというのはいいことだ。おかげでヴァンペルシーみたいにうまい FW は本当に止められないのだが、ああいう敵は丁寧に丁寧にシュートコースを切って耐えていくしかない。

トラップから反転の動きが半自動化されており、変な方向にレバーを入れなければ澱みなくボールを落ち着け前を向き攻撃に繋げられる。先のロストボールの再コントロールもそうだが、こうしたプレイヤーがやりたいことを簡単操作でやらせてくれるアシストが増えている。これは「反復練習で体が勝手に動いており、その間周りを見渡し次のアクションを考える」というプレイ感覚となっておりよろしい。これはつまり使っている選手の技術の高さがそのままプレイヤーが使える技術の高さになるわけだ。

DF の AI も強化されており、俺のミスでぶっちぎられても別 DF がカバーしてくれることが頻繁に起きる。この AI 行動のうまさにもプレイヤーの能力値が関わっているらしく、いい選手は自動カバーも自動タックルもうまいので、おお頼もしき奴よと好感度がアップする。ここは Football Manager 的に進化している。お金を使って攻守ともいい選手を取ろうという気になるのである。

タックルで双方動きが止まった後、フィジカルの強い選手は動き出しが早いので有利というのもいい。全速ドリブル時は方向キーが効きにくいこと、向きを変えようとしても常に慣性があること、シュートボタンを押しても歩幅が合う瞬間まで実際は蹴れないことなど、FIFA 独特の操作性はアクションゲーマーから見たら「思い通りに動かない」フラストレーションにつながるだろうと思うが、サッカー好きとしてはよくできてるなあと思うのである。こうしたさまざまな選手の AI と動きの進化のおかげで、エキサイティングなシーンが前よりも大幅に増えている。

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欠点》半自動でダメなのは、触ればオフサイドというボールでも全速オートで追いかけてしまい止められないこと。全速で追いかけるに決まってるからオート追いかけでいいけど、キャンセルは必要だ。それと普通入らんだろうというロングシュートや遠目の FK がすこっと入り、逆に1対1の簡単なシュートが枠を外れることが多いのが×。シュートや FK も、ドカンとしか蹴れないのも×。

そして UI はもうどこからどこまでも×。FIFA 98 より悪くなっている。一番痛いのはリーグをやっている最中に新フォーメーションを作れないことで、ブラジル風 4222 を試したいのだができずにいる。というわけでサッカーの試合自体は面白く、それ以外は全部クソといっても過言ではないが、やっぱりクソはまってしまう 10 年ぶりの指動かすサッカーゲームであります。

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■12/03/09(金) □ サッカーゲームのパスについて考える
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「Advancedモード」カーソルでポイントしてパス。

このゲームにはコナミ「ウィニングイレブン Wii」の Wii リモートカーソルによるパスコース指示をパクった操作モード「Advanced」があるので、ある程度うまくなってから真剣に試してみた。微妙なコースに長さをコントロールして送れるという自由度だけはなるほどと思う。上の画像でそのままパスを送れば FW が 2 枚の DF に詰まりボールを奪われるが、右下のサイドバックと左 CB 間のスペースにボールを送れば FW がクイっと反転してスペースでボールを受け、突破できる可能性が生まれる。パスと FW の走る方向を同時に操作できるのだ。決まればこれはたしかに気持ちいい。

しかしカーソルを画面内に保っていなければ、つまりコントローラを試合時間中常時正確に TV 画面に向けていなければパス方向を決められないというのは問題あり過ぎで、プレイヤーの位置やボール位置に加え、カーソル位置=Wii リモートとセンサーの相対角度にも神経を注がなければならない。そんなことが試合中にできるかよと思う。実際やってみると俺には不可能で、試合中にカーソルが画面からはずれまくり、そのたびにエラーマークが表示される。フィールドにエラーマークが出るというのがこのシステムの非サッカーっぷりを象徴している。DS のペン操作だったらこのシステムは完璧に働いただろうけど。


スマートパス
AI が操作する FW がスペースに走りこみボールをくれと要求し(手を上げることもある)、AI の MF の目がそれを見つけパス矢印が出る。そこから先が人間の仕事。

サッカーをやるときに、あそこにパスを出したいといって指さしなどしてるヒマはなく、コースがあると思った瞬間に体が反応するのが自然なわけで、そのナチュラルなスピード感を実現してるのが FIFA 旧来の「スマートパス」というやつである(このゲームで俺が使う All-In モード)。パスコースは AI の選手たちが自力で作り、いくつもある選択肢からプレイヤーが、いつどこへ送るかを判断することになる。

この「スマートパス」が通るかどうかは、タイミング、距離、パサー・レシーバー・マーカーの位置と能力で動的に決まる。たとえば上図でボールを持つ MF スコールズは相手 MF がプレスしてきて苦しくなり、ついつい自分の進行方向前方にいる右 FW テベスに出してしまいたくなる。これは角度的に DF に引っかからず問題なく通るが、テベスをマークする DF に反応され詰められ、シュートまで行ける可能性は低い。左前方から DF 前を横走りする左 FW ロナウド(※)にパスを送れば間違いなく華麗なトラップで加速し 2 枚の DF の間を突破できるが、そのパスは角度的にスコールズをマークしている MF に引っかかってしまう。

そこでスコールズは右前方に全速ドリブルして自分のマーカーをひき剥がし、ここぞというタイミングで上にレバーを入れロナウドにボールを送らねばならない。そう瞬時に判断し正確に実行できないところがサッカーの難しさで、コントローラ操作も難しいし、スコールズも無理な反転キックになるのでパスが狙ったところへ飛ぶかはやってみないとわからない(パスの上矢印がここぞというときに出ないこともある)。しかしそれこそが頭と指のスポーツであるサッカーゲームの面白さなのだよな。

(※)FIFA 09 がえらいのはプレイヤーがカーソルで指示してやらなくてもこの AI ロナウドがちゃんとスペースを感じて走ってることで(上の絵でわかる)、ここが昔より大幅に進歩している。AI への指示としてプレイヤーには1つだけ、「みな上がれ!」ボタンが与えられている。これが非常に効くのだが、Wii の - ボタンという超使いにくいボタンなのがまた馬鹿洋ゲーならでの難。間違ってポーズを押しまくってしまう。
「スマートパス」式はこういう駆け引きをやっている間、選手のパス能力がそのままプレイヤーのパス能力になるわけだが、カーソル式は逆にプレイヤーのカーソルポイント能力が選手のパス能力になってしまう。カーソルをポイントするプレイヤーが下手ならば、どんなにすごいパサーを擁していてもパスは通らないのだ。それは選手の能力をシミュレートして楽しむゲームとしておかしい。そして Wii カーソルのポイント精度がプロサッカー選手のパス能力より高いはずがなく、どうしたってパス精度はスマートパスより若干落ち、(パス1本ごとにカーソル移動が必要なので)パス回しのスピードは大幅に落ちてしまうのである。

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今のコナミ「ウィニングイレブン」がどうなってるのか知らないが、Playstation 時代のウィイレのパスは、決められたコースを自動的に通る TV ゲーム感があり、しっくりこなかった。「スルーパスボタン」「1-2 ボタン」なんてのはその最たるもので、ボタンを押すと FW が前に走りオートでスルーパスが出たり、オートで 1-2 が成功するよう選手が配置されるようプログラムされてるんだからまさに TV ゲームの必殺ワザで、こんなのはまったくサッカーではないと思ったものだ。

Wii ウィイレが発明したこのカーソルシステムはさすがにそんな児戯レベルのものではないが、攻撃アクションのすべてを操作プレイヤーがコントロールしたいという発想は似ている。プレイヤーができる指示が多ければ多いほどよいという考え方のサッカーゲームでは、指の動きにキレがあり複雑な操作が瞬時に正確にできるヒト(つまり子供や CPU)に、そうでないヒト(ボンクラな大人)は勝てない。実際緻密でミスのない操作をする CPU に俺は指ドリブル勝負では攻守とも勝てないのだが、アイデアと判断力のパスワークでなら勝つことができる。そこが俺が思う、パスゲームであるサッカーの面白さなのだ。

操作は簡単であればあるだけいい。FIFA 09 の All-In モードは簡単すぎて必要な機能すら欠いておりいただけないのだが(ロブやクロスボタンすらない)、いかに点を取るかに素晴らしく没頭できるデキになっている。