2026/08/02

【2026イングランド旅行記③】恐怖の狭速カントリーロードと天空のコーフ城

チェダーチーズのふるさとへ/驚きの宗教都市Wells/さらばレンタカー徒歩は自由だ


■6月3日        恐怖の狭速カントリーロードと天空のコーフ城

【英国カントリー・ロード】本日から車を借りて、みんなの憧れイングランドのカントリードライブだ。絵のような風景を眺めながら、南英の名勝・天空の古城コーフキャッスルへとのんびりと走る。

――と思うじゃないですか普通。しかし聞くと見るとでは大違いで、実際に走ると恐ろしく道が狭く、流れが速い。景色を楽しみながらノンビリとなどとても走れないのである。


この幅で制限50マイル/80キロ、両側逃げ場なし! クレイジー! 

英国南部はどんな田舎にも集落があり、その村々を昔ながらの馬車道が延々とつないでいるのだと走っていて分かる。そして他に道がないのでこれが地元民の生活道路(2級国道)で、交通量が非常に多くスピードが速い。カナダなら40~50kmで対向車ほぼなしとなるような道が、双方向60~70kmでひっきりなしにビュンビュン流れているのだ。俺はかつて峠で膝を擦ってたバリ伝ライダーだったんでワインディングロードは好物だが、体感左右50cmしかマージンのない道での全速すれ違いは恐ろしい。ミス即ガリガリだ。

(対向車がこの近さで相対速度140キロ!)

後ろには地元車が連なり速度を落とせず、後続を先に行かせる路肩もないので、俺はセンターラインと対向車に全集中し、Mは左側の壁や土手をワッチし必死で走り続けるしかない。景色は素晴らしいがそれどころではなく、Mが写真を撮る余裕もなかった。この細道を高速で駆け抜けるイギリスのドライバーの運転技術はどうかしている。うますぎ。全員WRCドライバーである。(※)

(※)あとで調べると、イギリスの運転免許取得は他国よりはるかに厳しく、こうした狭い道を速度を過度に落とさず行き交うというテスト項目があるんだそうだ。合格率40%だって。道理で皆速いわけである。

コーフの村でMの老叔父さんと待ち合わせていたので、途中で休憩することもできず、店など一切ない道で止まることもできず、百キロの細道を実に2時間半走り続けた。運転人生で最も消耗したドライブだった。ハア😔

    ◇    ◇    ◇

長距離高難度ドライブのせいでだいぶ待たせてしまったMの老叔父夫婦とお昼を取り(義母BRの弟さんはそっくりだったw)、ようやくコーフキャッスルの丘を登っていく。――その城は遠路はるばるやって来た疲労困憊ツーリストへの褒美のような、絵本のごとき古城であった。すごい。ラピュタは本当にあったんだ的な美しさ。

コーフ城は、現王室の始祖ウィリアム1世(征服王)が1100年頃に築いた、イングランド屈指の堅城だという。中世には王が巡行で立ち寄る居城兼要塞として使われたそうだ。千年前に作られたとは思えない巨大な外壁が残っている。

この丘そのものが岩盤で、切り出した岩で城は組まれている。タワー部を登っていくと吹き抜ける風が恐ろしいほどで、気を抜くと階段や崖から転落しそうだ。

壁の内側には梁がめぐらされた穴があり、かつて内部には3階ほどの床のある城だったのだと分かる。

風をよけられる壁の際にシートを敷いて、サンドイッチのお昼をいただいた。眼下に観光列車と美しい村々が見える。すごいなあ。海は見えないので、外敵用ではなく内戦用の城だったんだろう。

コーフ城は何度もの攻城戦に耐え名城として名を馳せ、王党派と対立した議会政府軍すらも撃退し(右:英国で有名な「城主メアリー・バンクス最後の戦い」)、最後1645年に内部の裏切りにより落城したという。そして強固すぎる城は内乱の温床だと、政府に破壊された。日本と同じだ。徳川軍を二度に渡り撃退しながら、廃城令で破棄された上田城と同じだ。



こんな名城を壊すとは。コーフ城、小田原城、熊本城。昔の人はモノの価値を知らないとはいえ、残念すぎる。「残念すぎるという顔をして」とMに写真をリクエストすると、完璧な表情をしてくれた。うまい。

    ◇    ◇    ◇

城と麓の村で時間を過ごしながら、俺は帰り道をどうしようと考えていた。あの細く恐ろしい酷道A350を戻るのは、耐えがたい。疲労もある。

ビジターセンターでスマホのGEMINIにA350はムリだよと相談すると、「回り道ですが右に迂回しサリスベリーまで出れば、あとは太い1級国道で帰れます」とのアドバイスが得られた。時間がかかっても構わない。とにかく無事に帰りたい。それでいこう。

そしてGEMINIが正解だった。サリスベリー〜バースはカナダ日本レベルの快適な国道で、距離はずっと長いが往路より30分も早く帰宿できた。つまりGoogleマップは最短距離しか見ず、道の走りにくさは考慮しないわけである。英国ドライブでは当てにならない。 

いやー大変だったとフラフラになって帰宿。疲労困憊の初イングランド・カントリードライブであった。

■6月4日              チェダーチーズのふるさとへ

【英国バース4日め】今日はチェダーチーズのふるさとであるチェダー峡谷と、英国屈指の見事な鍾乳洞を見てきた。

 

Mは博物館系に行くと説明を全部読み、説明ラジオを全部聞く。進みが遅い(笑)。しかしすごいねえ、奥まった場所に鎮座する石筍には、なんだか神様が宿ってるような気がして、手を合わせたな。


チェダーの村も絵本のようなかわいい村だった。湧き水が流れ、山には野生のヤギがたくさん住んでいる。裏山に特設の階段があって、博物館に入るとその山にも登れるようになっている。Mはおみやげにチェダーの洞窟で熟成された本物チェダーチーズを買った。



イギリス観光はとめどなく素晴らしいが、どこへ行ってもお金がかかる。名所の入場料2人と駐車場で50ポンド(CAD100ドル)が定番という感じ。観光料も食べ物も高いので、昼は宿で作ったサンドイッチを食べており、この旅行でうまいものはなにも食べていない。日本なら1万円あればお寺と博物館を見て、日本ならではのおいしいものが食べられる。だから日本旅行が人気なのだろう。

ヨークもバースも観光客はほとんど英国人で、インバウンドは見かけない。なのですべての価格設定が自国民向けなのかもしれない。ヨークで知人に尋ねたように、英国人には本当に1ポンド=1ドル=100円くらいに感じられるのかもしれない。でなければイギリス人だって、観光などやってられないと思う。

■6月4日              驚きの宗教都市Wells



チェダーからの帰路、小さくてとてもきれいな町と評判の Wells に寄った。この 「国王から City の称号を授かったイングランド最小の町」には驚いた、人口1万の小さな町なのにバース並みに町並みと店がきれいで、側溝を清水が流れ観光客多く、



なんと壮麗な「パレス」が建っている。宮殿って! 王ではなくビショップ(司教)が住んでいるという「宮殿」があるのだ。

そしてこんな小さな町なのに大聖堂カシードラルがある! これがまたどうかしてるくらいに壮麗。この町のサイズでなぜ大聖堂があるの。このキリスト教の過剰さはどういうことなのか。ビショップってなんなの?! キリスト教における王様?! キリスト教はほんと俺の理解を超えてくる。

調べると中世の都市は王都(London)、司教都市(Wells, Salisbury, Durham)、商業都市(Bath, Bristol)といったランク付けになっていたそうだ。City の条件は「大聖堂があること」で、Wellsは大聖堂があるから最小のCityとなるわけである。

で司教というのが現代の「教会の偉い人」というイメージとは別物で、「中世においては王侯貴族と同格の権力者で、軍事力を持ち、城を建て、税を取り、裁判を行う領主だった」のだそうだ。はー。――そう説明されても分からん(笑)。なんで教会の偉い人が国のナンバー2みたいな力を持てるのか。

「理由は単純で、中世ヨーロッパでは“神の権威”が国家権力の源だったから。王は「神に選ばれた」とされ、その“神の代理人”がビショップです」。はー。――そう説明されてもまだ分からん(笑)。

■06/04(木) □ さらばレンタカー徒歩は自由だ

【英国バース最終日】もうナローロードの運転はコリゴリだなとレンタカーを早めに返却し、今日はバースの町をもう一度ゆっくり歩いた。町をくまなく歩き、写真を撮り歩いた。

レンタカーを返すのはグレートフィーリングであった。レンタカーは束縛だよね! 旅で車を借りると、有効に使うこと、傷つけないこと、道に迷わないこと、駐車場を見つけることという重大な責任が絶え間なく発生する。旅人なのに責任者になってしまう。そしてイングランドは道が狭いので、たとえ保険に入っていてもマジでその責任が重い。返してさえしまえばあとはこのバースの町で何のリスクも束縛もない、フリーなのだ。歩くことは自由で、車は不自由だ。

歩くだけで気持ちいいのがリゾートの良さで、そぞろ歩く以外に何もしないこと、それが一番贅沢なバケーションなのかもしれない。マイクロ4/3で写真を撮ってる女の子の背中がきれいだった。



宿のアパートがあるプルトニー橋。上からは道路に見えるが、両側に商店が載った橋なのだ。1770年代の設計段階から都市開発のランドマークとして、「ベニスのような商店付きの美しい橋」として構想されたそう。この橋を渡って3軒目のビルにアパートはあった。着いたときにこんな観光地どまんなかに泊まるのかと笑ってしまった。遊覧船が行き交う川が宿から少し見えた。


橋をわたるとそのプルトニー家の都市開発会社が作った長大な高級アパート群、ロウラ・プレイスがある。ここも上流階級の散歩・社交・訪問の舞台で、ジェイン・オースティンが実際に歩いたエリアだそうだ。



バース上流階級の公会堂的建物跡が残っている。当時の行事の写真や絵が飾られている。ロウラ・プレイスの住人たちが利用したであろうテニスコートがあり、まさに軽井沢。散歩、テニス、公会堂でお茶、夜はローマンバスのポンプルームで舞踏会という18世紀の社交界があったのだ。今も続いているのかもしれない。 


街に戻り、すべての路地を巡り歩く。ここはまだ見てないなという路地が多い。Mも俺の写真をたくさん撮っていて、いい写真が多い。


イングランド街スナップはEM10mk2+20mm、GF10+LM42.5mmに落ち着いた。Mと街景は端正な20mmで撮り、


42.5mm F1.7を使ってボケをたっぷり取った写真も楽しめる。カメラ2台持ちは小さなマイクロ4/3ならでは。LUMIX 12-35 F2.8をつけておけば万能なのだが、そして12mm広角は写りもとても面白いのだが、あのレンズは重くて2台持ちではキツイ。


最後にアパートの窓から見えていた川辺のメイズも解いて、バースを味わい尽くしたねと満足する。さあ荷造りをしよう。メイズから俺たちがいた窓が見える。よい滞在だった。散歩と写真撮影の楽しい、美しい町だった。

2026/08/01

【2026イングランド旅行記②】リゾート古都バース:見られるために歩く都市

「見られるために歩く都市」「地下に眠るローマンバス」

■5月31日               リゾート古都バースへ

【英国6日目】次の滞在地バース(Bath)へ移動中。ロンドンへの長距離卜レインは混んでいて、そこら中にアーセナルサポが乗っている。なにがあるんだろうとトレイン内からサッカー詳しい親戚にテキストすると、CLは負けプレミアリーグは勝ったので(20年ぶりだろう)、ロンドンで祝勝パレードがあるらしい。

ロンドンで降りると彼ら彼女らは歩きながら、朗々とチャントを歌っていた。ハハ、イングランドだなあ。 

パディトン駅で乗り換えたロンドン → バースの高速トレインもハルトレインと同じく日立だった。イギリス中を日立が走ってるのかすごいなと俺は驚いた(実際2000もの日立車両が走っているらしい)。えらいねえ日立。

イギリスの日立トレインは、席が予約されてるかどうかサイン表示があるのが素晴らしい。

俺たちは予約アプリの不備で指定席が取れてなく、とりあえず空席に座りどうしようと様子を伺っていたのだが、予約表示を見た地元の人が「あそこの2席は予約ないから座れるよ」と教えてくれた。予約のない席は自由席の切符で座って構わないというルールなのだ。

合理的で無駄がない。ケチケチしていない。得する者はズルだと妬む文化もないのだろう。英鉄道と英国民えらい。運賃は新幹線よりだいぶ高いが。

ただ日立のせいじゃないと思うが、俺たちの乗った日立トレイン車両はバース駅でプラットフォームからはみ出し、ドアが開かず降りられなかった。ウソだろウソだろといいながらトランクを引きずり通路を駆け抜け、後方ドアから降りねばならなかった。渡英初日の暑さによるピカデリー線全線停止といい、英国鉄道のおおらかさというか、苦笑するしかない。 





 

大昔にローマ人が温泉ローマン・バスを開拓し、Bathの語源となったというバース市は、駅に降りるやいなや風景の美しさに笑ってしまった。駅裏が運河! 

駅自体も古風で美しい。時間が止まった町、フェリーニ『8 1/2』の温泉場世界に来ちゃったじゃん! って感じ。 pic.x.com/8XPSlLiwQf

フェリーニあるいはトーマス・マン的欧州リゾート世界。四方を山に囲まれ、古いものに取り囲まれるこの心地よさは京都のようでもある。 pic.x.com/ZaCzsBKIJA 

誰もがゆったりと景色を味わい、散歩している人しかいない。生活から切り離されたこの感覚はまさにリゾートで、軽井沢のようでもある。いやー和むなー🙂 pic.x.com/qt3ZbRw16V 

レンタルアパートへと歩きながら、こりゃすごいねとMに声をかける。小さな頃の家族旅行でこの町に寄り、以来一度はゆっくり滞在をと焦がれたというMがうれしそうだ。

駅から15分ほどのアパートは、上の写真にある世界的に有名なプルトニー橋のたもとという奇跡のロケーションだった。 1774年に建てられた、橋の上にベーカリーやショップが載ってる世界に3つしかないという橋である。窓からは川沿いのカフェやメイズが見える。こりゃすごいねと浮かれが止まらない。

晩飯はこの旅で初めて自炊をする。コメが食べたかったウマ! とMともどもしみじみと味わう。お肉はカナダで売ってないタイプの細切れベーコン。塩が強いので調味料がいらない。米はレンジで温めるレトルト。

ロンドンは別だろうがイギリスは驚くほどホワイトな国で、田舎ではほとんどアジア人を見かけない。なのでヨークシャーでは米を食べる場所がなかった。これはカナダでも田舎に行くと同じ。アジア飯屋がなくて米が食えない。旅するたびに米が食いたくなるのである。

■6月2日                    「見られるために歩く都市」


【英国バース2日め】M待望のバース市内を歩く。橋のたもとから高台まで歩き、高台から別の道を選び下っていく。すばらしい景観だ。

しかしこういう築200年級(18世紀後半、250年前!)の古い住宅に住むのは大変だろう。隙間風も雨漏りもありそうだ。外装の修理をする業者の足場がどこに行っても立っている。世界遺産ゆえ外観を変えることは許されず、Bath Stone(バース石)という石灰岩でできた外壁の石を一枚ずつ直すという、手間のかかる作業をやってるのだそうだ。

そして18世紀に富裕層の集合住宅として作られたというロイヤル・クレセントに出る。なんだこれは。住宅ってw 国会議事堂だろうこれはww pic.x.com/wTq0ZLHYED 


ロイヤル・クレセントはMが好きな19世紀英国小説、ジェイン・オースティン(映画「プライドと偏見」の原作者)作品に出てくる名所なんだそうだ。貴族と上流階級が別荘としていた(今もいる)という。ひゃー。

これも同じく、ジェイン・オースティンに登場するザ・サーカスという、円形に並んだ3つの巨大マンション。すごい。

当時のバースは上流階級の社交のための都市、「見られるために歩く都市」という言葉があったそうだ。昨日到着したときにそう感じたもんな、誰も急いでいない、皆が散歩している町。避暑地ではないが英国のリゾート軽井沢だったんだろうね。ロンドンから直通列車もあるし。

Mが興奮するのは、日本人が軽井沢万平ホテルを見て皇室のロマンスやジョンとヨーコに思いをはせるようなものだ。宮崎駿「風たちぬ」も万平ホテルが舞台だった。

ジェーン・オースティン・センターでMが友人へのお土産を買う。ここで働く女性たちはビクトリア期の衣装をまとい、クラシカルな古英語風のアクセントで接客をしていた。素敵だ。

■6月2日           地下に眠るローマンバス

いったん宿に戻ってランチを取り(旧軽銀座の裏に宿があるような便利さ!)、Mが子供の時に訪れたというバースの最大観光施設、ローマンバスを見に行った。古代ローマ帝国の貴族が作った温泉施設の上に、18世紀王室が温泉プールを作ったという遺構である。

18世紀のプールはどうということはないが、地下のローマ時代の風呂遺構が素晴らしい。ヨーク・ミンスターの地下遺構もローマ時代のものだった。この「ローマ時代のイングランド」というのが世界史無知の俺にはピンとこないのだが、ローマ帝国は本当にヨーロッパ全土を支配し、英国も西暦43年から370年ローマ人が君臨していたのだという。英国の地下を掘ればローマが出てくるとは、想像もしなかった。

その頃日本は「弥生時代の途中から古墳時代の終わり」となるから、前史時代の話だ。文字もない。そんな時代にはるかローマから軍隊と官僚が派遣され、こんな温泉治水施設を作るという高度な文明が、ローマ=ブリテンにあったのである。驚きだ。

しかしこの史跡が20ドルくらいなら見て損はないと思うが、Mが値段を見るなと俺に警告してたのでその倍以上の料金なんだろう。そのオーバープライスを思うだけで感動が減る。イギリスはなにもかも素晴らしいが、いくらなんでもと思う観光料の高さにゲンナリさせられる。

だがここもMの文学的憧れ(ジェーン・オースティンに出てきた「ポンプ・ルーム」という社交場がローマンバス2階にあり興奮していた)と、子供の頃の来てすごかったという思い出コミの観光なわけで、料金高いと不平を言ってそれを無碍にするわけにはいかない。子供のMにとってイングランドは、魔法の泉が湧くような場所だったのだ。

今日はよく歩いた。小さな町を15キロもくまなく歩いたのだった。