2024/10/12

【まとめ24年9月前半】クマ多すぎの9月

「 久々のフェンス粉砕」「豊かだった時代のロンサム・カーボーイ」「絶望的アベノミクスを学ぶ」「森のコテージとギターソング」「AIと遊ぶ」「怒りの葡萄たるべき私たち」ほか

■9月2日                久々のフェンス粉砕


日曜。朝からクマを追い払う怒号が近所から聞こえ、うちも注意してたのだがやはり庭に入られてしまった。バンバンと大きな音を立て追い払ったのが逆効果で、


 慌てたクマがクマ用に設けてあるくぐり戸に向かわずまっすぐフェンスに突進してしまった。ガラガラガッシャーン。ああああ。フェンス倒されたのは2年ぶり。はああ(ため息)。

うちにはクマが食べるものなどないので通るだけ。自然保護官は人的被害や差し迫った危険がない限り対処してくれないのだが、子供も外で遊ぶ日曜の昼間に住宅地を長時間うろつくというのはヤバい。おそらくすでに報告行ってるだろうが、うちからも電話しておいた。ハア。


人を怖がってはいるが「昼間に町に長時間滞在するクマはunusualでよくないわね」と保護官も同意し、要注意リストの方に回してくれたらしい。報告が重なればなんらかの対策をしてくれるのかもしれない。またあの罠(↑2019)だとか設置されるかも。 前回は空振りだったけど。

■9月2日                       大型犬の家

 親戚のサマーエンドなパーティに呼ばれていったのだが、大型犬がいる家って大変だよね。パワフル極まる子供が2人増えてるようなもの。俺のシャツやパンツにもよだれがたくさんついてしまったww まあたしかにお前たちかわいいけどもww

しかし娘が日本にいて不在なのでうちは今年の夏はまったく旅行しなかったのだが、ハイウェイを走っていると夏の終わりの遠出感があってよかった。秋にはさすがにどこかへ行こうと話している。写真は秋の美しい美しいフレイザーバレーのハイウェイ風景。(EM10+MZ1442) 

■9月3日               豊かだった時代のロンサム・カーボーイ


 昨日クマに倒されたフェンスを直す。2x4を新たに渡し強度を上げた梁を作り、バラバラにされた板を根気よくネジ止めしていると、娘と同い年の隣家の孫が「ハイTomo!」と声をかけてきた。おー久しぶり。ムスメは今日本に住んでるんだよ、知ってた? 「――すごいな、ジャパンか! ワオ!」

「日本て先進テクノロジーだよね!」「イヤまあ昔はね」「すごいよパイオニアとかアルパインとかケンウッドとか!」と、予想外な方向から日本スゴイきた。――ああそうか、君は今どき珍しい車好きのロンサムカーボーイだったね。クルマ音響ではまだ日本にアドバンテージあんのかもしれない :-) 


こういうかっこよくおしゃれなコマーシャルも、すべては豊かだった時代のものという気がする。80~90年代の、電気製品が作る個人の生活に夢があった時代。ジャパニーズドリーミング。

■9月3日                 絶望的アベノミクスを学ぶ

繁栄のカナダで暮らす俺は日本の衰退が悔しくてアベノミクスに関する書物を何冊か読んだが、「アベノミクスバブルの破局 (明石順平)」によるこのまとめに尽きる。円安不況と増税で生活が苦しくなり、働きに出た老高年と女性が雇用の数は増やしたものの、全体の収入と消費は増えていないのだと。全体は増えず人数が増えたのだから、個々の雇用は貧しくならざるをえない。逆も真で、国民を貧しくしたから雇用の数は増えたのだ。国民の労働時間総体が増えても富は減っているのである。

政治家と官僚にビジョンがあれば他国のように金融緩和で成長産業を作れたのだろうが、自民には実は経済政策はなく、さあ使ってくださいとアベノミクスが刷ったお金は日銀の国債と株買付により銀行と大企業と金融業界の中でだけ巡り巡って、(多くは外資らしい)資本家に渡ってしまう。政府の公共事業で建設業界にはお金は流れても、壊して建て直すという事業自体に生産性がないので持続可能ではなく、建設が終わればたちまち建設業界は冬の時代となり労働者は貧しくなる。辺野古建設に関わる沖縄県民など典型だろう。中止になれば彼らは困るのだ。

そして副作用の円安不況と国債利払いはすべて国民が負担するわけである。国が富むワケがない。お金の専門家である日銀がどうしてこんな自明な失敗の方程式を受け入れたかが知りたくてさらに何冊も読んだが、『金融緩和でトリクルダウンが起きれば一発逆転』というリフレ派にやれと言われたからやっているとしか書いてなかった。そんな馬鹿なという気持ちである。

■9月3日                岡本太郎を見るカナダの娘たち

娘は日曜、カナダから旅行中の大学時代の友人を連れ岡本太郎美術館を訪れていた。岡本作品も、企画展のゲスト作品もとてもよかったとのこと。

娘の滞在中にカナダから友人が旅行してきたのはこれで2人め。やっぱり旅行先として人気ありますわジャパン。きれいな作品を撮った、きれいな写真だな。

 二人はカナダの大学のアート系同窓生なので、話が弾んだことだろう。サカタくんという名のTシャツを着ている! シャツの由来は語って聞かせたのだろうか。画家の徳永雅之氏の夢に俺が出てきて、大きな蓮の花を運んでたという夢日記のTシャツなのだ。

■9月6日                     クマがいて迂回

今日は30度に達した。残り少ない夏が惜しいので、車で途中まで自転車を運び山際湿地へのクイックライドを試みたのだが、自転車に乗る取締官が立ち道が封鎖されていた。子づれの母クマがいるので安全のためハイカーを止めてるそう。あーなるほど。

よく見ると大人2頭子熊2頭くらいがいる感じ。向こう側のトラックは、クマのせいで作業ができず様子を見ている伐採業者だった。自転車に乗ったカッコいい女性たちは市の条例取締官で、直近ローカルでクマの人的被害は聞いていないけどねと彼女たちは言う。だけどやはり気をつけないと。 

すごいレンズをつけたネイチャーフォト女性が果敢にクマたちを撮っていた。クマが50mくらいまで近づくと、そそくさとカメラスタンドを畳んで距離を取る感じ。この距離でこちらに向かってくるとやはり緊張するよね。


これはさすがに通れないと諦めて別の道へ。あーやっぱり自転車ってノープランで自由でいいぜ。GX9の色は素晴らしいし、LM35100の写りもいいぜ。


 ――って、こっちにも親子グマいんじゃんww

クマ親子は気ままな牛歩戦術で道を横切りダンプを止めていた。まあこの辺の山道は元々テリトリーなわけで致し方ない。山をこうしてダンプとブルドーザで開発しまくるから、ここ10年クマたちが里に降りてくるようになってしまったのだ。人間のほうが気をつけるしかない。スローダウン、スローダウン。

(おまけ)クマざんまいと言える日だったのだが、うちにも夜中デカいブラウンクロクマがやってきていた。しかしモーションセンサーで発動する光とノイズのアラームで見事撃退に成功。――足跡のデカさよ!

■9月8日                 森のコテージとギターソング


 ノースバンクーバーの山中に住んでる友人宅に招かれご飯をいただいた。庭を川が流れる森の中のコテージ! 通勤とか超大変そうだけど、それが苦にならなければこれはすごいね。

 GX9は夜の発色がいい。会うたびにギター2本でジャムセッションする友だちと今日も音を合わせたのだが、久しぶりに歌うと俺も彼も高い声がほんとに出なくって、ビートルズソングの高音部がヒーヒーとか細くて情けなかった。前回一緒に歌ったのはもしかすると、コロナ前だったかもしれないもんねえ。 

奥様は「クルマの中でジョニミッチェルとかポールサイモンを大声で歌ってるから、あたしは高いキーも出るわよ」と言っていた。あなたもやりなさいと。

■9月9日             福島第一の男たち

#100カメ 福島第一原発。これは本当にすごかった。誰がどんな作業をやってるのかなんて初めて見た。とび職が働いているんだ。 線量が許す20分で鉛の遮蔽板を取り付け、数センチの誤差で引っかかってしまったクレーンを外すため高線量の建屋に駆け上る作業員。見ていて311当時と同じ緊張を感じた。 

あの遮蔽板をあと70枚も取り付けるだとか、気が遠くなるような作業で。ああいう現場の人たちが命と健康をかけ働いていて、費用は電力料金と税金で国民が負担し、政治は一体どう責任を取ってるのと考えちゃうよね。

■9月11日               AIと遊ぶ

うちの義母は超耳が遠いので、お医者などからの電話は取り継がず俺が用件を伝えてるのだが、低い声は特に聞きづらく俺が大声を上げてもなかなか通じない。あまり通じないと彼女がめげちゃうのでどうしたものかと考えていると、スマホに書いて見せたらどうと奥様がいう。そうか。

そこで義母にスマホの画面を見せながらGoogleの音声認識で伝言内容を話すと、画面にピコピコとリアルタイムで文章が出るので、まるでTVの字幕のように話が一発で伝わる。おおスゴイ完璧とお互い大喜びとなった。なぜ俺はこれに気づかなかったのか。 


この喜びを最近俺が遊んでいるMicrosoftの #Copilot にAIマンガ化してもらおうと、「音声入力アプリの使い方をグランマに教えている男を描いて。笑顔で、マンガスタイルで」と(英語で)頼むと、ちゃんと描いてくれた。すごいww しかし俺はこんな課長島耕作みたいな感じではないんだよな。 

ならば「ジブリスタイルで」と注文すると、ジブリスタイルというものを『宮崎駿』とAIが間違えているらしい絵が出たww 



最後に「ドラえもんスタイルで」と注文するといいのが出た!ww ドラえもんというよりも藤子不二雄の怖いやつ、喪黒福造、魔太郎って感じである。すばらしい🙂 2枚目のノビタとドラばあちゃんもいいよねww

■9月12日              将軍のヒットが日本に伝わらない

#クロ現 #SHOGUN 真田広之が斬られ役に殺陣をつけるシーンが映る。 #将軍 の剣戟のスピード感と凄惨さは過去に見たことないレベルで、気がつけば死という剣の実相に近いのではと感じた。グラフィック(グロさを含む見栄え)を追うハリウッドの格闘観と真田広之の美意識が融合してああなったのだなー。

#クロ現#SHOGUN の大ヒットを「日本人スタッフを大動員した本物へのこだわり、多様性の時代」というNHKっぽい診立てで語っていたが(それも売りにはしたろうが)、「言葉の通じぬ日本と西洋の価値観の交わりを、日本語で」と決めた米側プロデューサーがやはり偉いと俺は思った。なぜならその言葉の通じぬ国の、西洋から見た武士道というコペルニクス的転換と、それに呼応する粗野な英人の意気、そして日英の言葉を操るマリコさまの美に俺たち日本人も打たれたのだから。こだわりの本物なら大河で見れるが、見たことない武士道だからこりゃスゴイと驚いたわけである。 

日本人は「鎌倉殿」を見て鎌倉時代の野蛮さ、陰惨さ、ねじれた愛を新鮮に受け取り震えたが、#SHOGUN はそういう体験を世界に提供したのだと思う。テスラがいきなり世界トップを取ったような、金と人材とアイデアのすべてを一気投入するアメリカのやり方で、画期的な時代劇が作られたのだ。

■9月12日                怒りの葡萄たるべき私たち

映画『怒りの葡萄』を見た。いかに戦前とはいえ、大国アメリカでわずか80年前にこんな難民がいたとは。どこへ行っても居場所がない。正義を装う私兵たちが追い回す。いまも世界の難民たちはこういう思いをしているんだよなと胸が痛む。No direction home。 

子供の頃音楽の時間に歌った気がする「Red River Valley」が、『怒りの葡萄』の通奏音として流れている。娘たちは微笑み/丘に遊ぶ今日も/静かなるレッドリバーバレー/空に光る雲よ。そんな牧歌的な状況にない中盤まではただただ悲哀だけを感じさせ、しかし徐々に希望の歌となってくる。

トム・ジョードの決意の言葉は感動的だった。直接語りはしなかったが『怒りの葡萄』とはつまり、俺たちはみな怒りや喜びを持つ葡萄の一粒一粒だということだろう。やがて一房となるのだと。その豊穣な気持ちが彼の表情から溢れてくるのだった。これが戦前なんだから、やっぱりすごいね。日本人も怒りの葡萄となって自民を罰しないと、世の中よくなることはないのだ。

■9月15日             政権批判で笑えない時代

Tver「総理と呼ばないで」を2話見た。政権延命にしか関心がなく、支持率1.8%でピリつく総理という話。嫌われ総理、園遊会、口止め料は官房機密費。1997年、橋本総理の頃はこれがコメディになる牧歌的な時代だったんだなと思う。ドラマだから田村正和は今後立派な総理になるわけだろうが、現実はねえ…。 


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