コーフの村でMの老叔父さんと待ち合わせていたので、途中で休憩することもできず、店など一切ない道で止まることもできず、百キロの細道を実に2時間半走り続けた。運転人生で最も消耗したドライブだった。ハア😔
◇ ◇ ◇


長距離高難度ドライブのせいでだいぶ待たせてしまったMの老叔父夫婦とお昼を取り(義母BRの弟さんはそっくりだったw)、ようやくコーフキャッスルの丘を登っていく。――その城は遠路はるばるやって来た疲労困憊ツーリストへの褒美のような、絵本のごとき古城であった。すごい。ラピュタは本当にあったんだ的な美しさ。


コーフ城は、現王室の始祖ウィリアム1世(征服王)が1100年頃に築いた、イングランド屈指の堅城だという。中世には王が巡行で立ち寄る居城兼要塞として使われたそうだ。千年前に作られたとは思えない巨大な外壁が残っている。



この丘そのものが岩盤で、切り出した岩で城は組まれている。タワー部を登っていくと吹き抜ける風が恐ろしいほどで、気を抜くと階段や崖から転落しそうだ。


壁の内側には梁がめぐらされた穴があり、かつて内部には3階ほどの床のある城だったのだと分かる。


風をよけられる壁の際にシートを敷いて、サンドイッチのお昼をいただいた。眼下に観光列車と美しい村々が見える。すごいなあ。海は見えないので、外敵用ではなく内戦用の城だったんだろう。


コーフ城は何度もの攻城戦に耐え名城として名を馳せ、王党派と対立した議会政府軍すらも撃退し(右:英国で有名な「城主メアリー・バンクス最後の戦い」)、最後1645年に内部の裏切りにより落城したという。そして強固すぎる城は内乱の温床だと、政府に破壊された。日本と同じだ。徳川軍を二度に渡り撃退しながら、廃城令で破棄された上田城と同じだ。


こんな名城を壊すとは。コーフ城、小田原城、熊本城。昔の人はモノの価値を知らないとはいえ、残念すぎる。「残念すぎるという顔をして」とMに写真をリクエストすると、完璧な表情をしてくれた。うまい。
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城と麓の村で時間を過ごしながら、俺は帰り道をどうしようと考えていた。あの細く恐ろしい酷道A350を戻るのは、耐えがたい。疲労もある。
ビジターセンターでスマホのGEMINIにA350はムリだよと相談すると、「回り道ですが右に迂回しサリスベリーまで出れば、あとは太い1級国道で帰れます」とのアドバイスが得られた。時間がかかっても構わない。とにかく無事に帰りたい。それでいこう。
そしてGEMINIが正解だった。サリスベリー〜バースはカナダ日本レベルの快適な国道で、距離はずっと長いが往路より30分も早く帰宿できた。つまりGoogleマップは最短距離しか見ず、道の走りにくさは考慮しないわけである。英国ドライブでは当てにならない。
いやー大変だったとフラフラになって帰宿。疲労困憊の初イングランド・カントリードライブであった。
■6月4日 チェダーチーズのふるさとへ


【英国バース4日め】今日はチェダーチーズのふるさとであるチェダー峡谷と、英国屈指の見事な鍾乳洞を見てきた。


チェダーの村も絵本のようなかわいい村だった。湧き水が流れ、山には野生のヤギがたくさん住んでいる。裏山に特設の階段があって、博物館に入るとその山にも登れるようになっている。Mはおみやげにチェダーの洞窟で熟成された本物チェダーチーズを買った。


イギリス観光はとめどなく素晴らしいが、どこへ行ってもお金がかかる。名所の入場料2人と駐車場で50ポンド(CAD100ドル)が定番という感じ。観光料も食べ物も高いので、昼は宿で作ったサンドイッチを食べており、この旅行でうまいものはなにも食べていない。日本なら1万円あればお寺と博物館を見て、日本ならではのおいしいものが食べられる。だから日本旅行が人気なのだろう。
ヨークもバースも観光客はほとんど英国人で、インバウンドは見かけない。なのですべての価格設定が自国民向けなのかもしれない。ヨークで知人に尋ねたように、英国人には本当に1ポンド=1ドル=100円くらいに感じられるのかもしれない。でなければイギリス人だって、観光などやってられないと思う。
■6月4日 驚きの宗教都市Wells


チェダーからの帰路、
小さくてとてもきれいな町と評判の Wells に寄った。この 「国王から City の称号を授かったイングランド最小の町」には驚いた、人口1万の小さな町なのにバース並みに町並みと店がきれいで、側溝を清水が流れ観光客多く、
なんと壮麗な「パレス」が建っている。宮殿って! 王ではなくビショップ(司教)が住んでいるという「宮殿」があるのだ。

そして
こんな小さな町なのに大聖堂カシードラルがある! これがまたどうかしてるくらいに壮麗。
この町のサイズでなぜ大聖堂があるの。このキリスト教の過剰さはどういうことなのか。ビショップってなんなの?! キリスト教における王様?! キリスト教はほんと俺の理解を超えてくる。
調べると中世の都市は王都(London)、司教都市(Wells, Salisbury, Durham)、商業都市(Bath, Bristol)といったランク付けになっていたそうだ。City の条件は「大聖堂があること」で、Wellsは大聖堂があるから最小のCityとなるわけである。
で司教というのが現代の「教会の偉い人」というイメージとは別物で、「中世においては王侯貴族と同格の権力者で、軍事力を持ち、城を建て、税を取り、裁判を行う領主だった」のだそうだ。はー。――そう説明されても分からん(笑)。なんで教会の偉い人が国のナンバー2みたいな力を持てるのか。
「理由は単純で、中世ヨーロッパでは“神の権威”が国家権力の源だったから。王は「神に選ばれた」とされ、その“神の代理人”がビショップです」。はー。――そう説明されてもまだ分からん(笑)。
■06/04(木) □ さらばレンタカー徒歩徒歩
【英国バース最終日】もうナローロードの運転はコリゴリだなとレンタカーを早めに返却し、今日はバースの町をもう一度ゆっくり歩いた。町をくまなく歩き、写真を撮り歩いた。
レンタカーを返すのはグレートフィーリングであった。レンタカーは束縛だよね! 旅で車を借りると、有効に使うこと、傷つけないこと、道に迷わないこと、駐車場を見つけることという重大な責任が絶え間なく発生する。旅人なのに責任者になってしまう。そしてイングランドは道が狭いので、たとえ保険に入っていてもマジでその責任が重い。返してさえしまえばあとはこのバースの町で何のリスクも束縛もない、フリーなのだ。歩くことは自由で、車は不自由だ。
歩くだけで気持ちいいのがリゾートの良さで、そぞろ歩く以外に何もしないこと、それが一番贅沢なバケーションなのかもしれない。マイクロ4/3で写真を撮ってる女の子の背中がきれいだった。
宿のアパートがあるプルトニー橋。なんという絶好ロケーションに泊まれたのだろう。そこを抜けるとまた長大な高級アパート群、ロウラ・プレイスがある。ここも小説に出てくるのだそうだ。アパートが小説にどう出てくるのだろう。

バース上流階級の公会堂的建物あと。高級アパート群の住人たちが利用したであろうスポーツ施設があり、そこの公会堂的なものに歴史的な行事写真が飾られていた。


街に戻り、すべての路地を歩いていく。ここはまだ見てないなという路地が多い。Mも俺の写真をたくさん撮っていて、いい写真が多い。
ヨーロッパ街スナップはEM10mk2とGF10のカメラ2台持ちで、Mと街景は端正な20mmで撮り、
42.5mm F1.7を使ってボケをたっぷり取った写真楽しめた。2台持ちは面倒だが楽しい。


俺たちの泊まったアパートの窓が川面のメインストリートから見える。ほんと恵まれたロケーションだった。窓から見えていた川辺のメイズを最後に楽しんで、バース滞在は終わった。散歩と写真撮影の楽しい、美しい町だった。4泊5日で味わい尽くしました。
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