■ 05/04/15(金) ■ 「浪漫飛行」
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NHKの音楽番組で米米クラブの人が「浪漫飛行」という昔の歌をやっていた。あらためて聴くとすごくいい歌だなと思う。全曲通して聴いたのは初めてなのだが、あの頃日本の80年代の気分とこのメロディが、まったく知らぬ間に俺の胸に密着しているのであった。「そして僕は途方に暮れる」を聞いてもおなじ感覚を感じる。
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■ 05/04/16(土) ■ パッキング開始
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昨日成田のホテルの予約をし一安心。Pocket PC で時差を確認するとホテル入りはちょうどカナダ時間夜の零時で、ここからさらに長野まで直行で4時間移動せざるを得なかった前回は無理無理であったとあらためて反省する。今日からは物理的なパッキングを開始だ。今日を含めて準備はあと3日。前日にならないと本当の荷造りというのはできないものなのだが、できるところだけやっておこう。
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■ 05/04/19(火) ■ つくづく遠い日本とカナダ
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萌は旅行の興奮に加え昨日日本語幼稚園の買い物ごっこでアイスにマシュマロにジェリーと全部食べたそうで(晩飯前にそりゃ食べさせすぎですぜ先生)、シュガーブーストがかかってしまい夜眠れず、寝てからも何度も悪夢で目を覚まして大変であった。俺も眠れたのはやはり2時。ふー。まあ皆通常の疲れの範囲内、大丈夫。
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◆10:47 チェックインと食事を済ませ、それでもまだボーディングまで1時間半。早く来たお陰でいい席が取れたが、時間を持て余す。萌はJALのカウンターで、「どうしてみんな(ここでは)日本語喋ってるの? 私も日本語喋っていいの?」と、すでに普段とは違う日本っぽさに興奮している。
◆14:07 離陸後小1時間、萌は先に子供ミールをいただき、リラックスしている。今のところ窓から異世界の景色を眺め、本を読みおもちゃで遊ぶなどこれ以上ないほどこの飛行機の旅を楽しんでおり、それが俺たちをリラックスさせてくれる。各席ごとにエンターテインメントボックスも備わり、快適この上なし。出発は遅れたのだが追い風で到着は早まるようだし。
◆16:40 ベーリング海上空、アラスカにさしかかるあたりからすごい氷の世界が続いている。海の水が静止しているのは、あれは凍っているのだろう。すごい。このまま萌が寝てくれれば浪漫飛行なのだが、興奮しているのでそうはうまくいかず、退屈して「早く日本へ行こうよ」と俺たちを困らせ始めた。これ以上は望めないほど恵まれたフライトだが、やはり10時間は死ぬほど長い。休憩がないからなあ、空の上では。
◆20:36 最後の機内食を終え、着陸まで1時間半。萌はついに寝なかった。ホテルにつく前にバタリであろう。まあ致し方なし。つくづく遠い、日本とカナダ。
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◆01:33 ホテルの売店でおにぎりを買って食べ、今寝るところ。疲れた、クラクラする。
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■ 05/04/21(木) ■ ホテルのナイスな朝
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日本時間の夕方に寝て午前3時に皆起きる。風呂に入ったりして6時頃まで時間をつぶし、散歩。この「成田ビューホテル」は、建物は古いが景色がよく、安くて従業員が親切で文句ない。美しい庭を歩くと雨上がりで気温は低いのだが、湿気があって肌ざむさを感じない。不思議にやさしい湿度感覚。これで30度とかになったら灼熱地獄なわけだが。
萌は昨夜飛行機が着陸体勢に入る頃予想通りに眠さと疲労がキックインし、タービュランスの揺れと気圧変化の不快さと疲れが一気に押し寄せて泣いてしまい、悪いことに早目進行だったフライトが最後に着陸順番待ちで30分以上も遅れて1時間もそのまま待たされ、よほどにつらかったようだ。ホテルで寝る間際、「カナダに帰るときにも飛行機に乗らなきゃならないの?」と涙声で訊ねていた。
で着陸すると同時に萌は眠り、そのままMの肩でずっと寝ていてほしかったのだが、ターミナルへ向かうバスに乗るときに気配でまた目を覚ましてしまう。そこからはとにかく最短時間でのホテル入りを目指す。
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入管で「娘さんは日本国藉を持っているのでしたら日本の旅券を取得していただきたい」と、『神国日本の血が入ってるくせに異国の旅券を持つとはナニゴトだ』と言いたいとしか解釈できぬことを役人に言われる。「カナダで生まれカナダの正式なパスポートで日本に入るんですよ。何が問題なんですか。日本の戸籍には入っていますが、住んでないのに日本のパスポートなど取りようがないじゃないですか」とやや語勢を強めると、役人は黙ってハンコ類を押し始めたのだが、パスポートを返すときにもう一度、目を合わせずうつむいたまま「日本の旅券を取得してくださいね」とつぶやくのであった。
もう返事もせずにその場を去ったが、いったいあれはなんだったのであろうか。神国日本の血を汚すからカナダの国籍所有は望ましくないと言いたいのはよ~く分かるが、国際取り決めにのっとって発行されているパスポートに難癖をつけるいわれがないではないか。理解できん。荷物受け取りに向かいながらMが笑い、「トモ、声が明らかに怒っていたわよ」という。「まったくだ。今度あんなことをいわれたら、もうすでに純粋な日本の血じゃないんだから手遅れだ、余計な心配はせんでくれと言うよ」。
ホテルへのシャトルバスを待ちながら、萌は「ここ本当に日本なの?」と訊ねていた。泊まりのホテルへのチェックインは実にすんなりと進み(―――さすがに土地柄で、「とにかく一刻も早く休みたい」という飛行機客のニーズに答える迅速さだった―――)、移動パート1は終わり。ひゅー。ここまでで本当に存分に疲れた。このあと長野まで直行した3年前は、子供連れの移動のしんどさを知らぬが故の暴挙であった。萌はホテルに着くと興奮が疲労を乗り越えて躁状態になり、延々と眠れなくて困ったが。
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◆11:57 新幹線で軽井沢を通過。乗り継ぎでかなりバタバタして俺とMは疲れているが、至極順調。萌は「おばあちゃんに会ったらね、あのね、あのね........」と盛り上がっている。
◆15:57 じいちゃんばあちゃんとひとしきり遊び、今は落ち着かせて眠るためにビデオ鑑賞中。おばあちゃんには十分萌との遊びを楽しんでもらえました。ふー。
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■ 05/04/22(金) ■ MYさん訪問
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皆でできるだけ長く寝ようと努力したが、4時半には目が覚めてしまった。萌は元気&ハッピー。天気がよくないのが残念。
萌は依然疲れとイレギュラースケジュールとで食が進まない。ちょっと食べては止めてしまう。3人とも疲れもあり、今日は散歩とMYさん訪問以外はぐったりする予定。夕方いとこボーイズが押し寄せるとのことなので、できれば萌に昼寝をさせたいところ。
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萌を寝かせようと車で市内を30分ほど走ったが効果なし。しかし春の日本の野山は美しい。角を曲がるたびに今満開の桜を中心に鮮やかな緑の風景が目に飛びこんできて、3人でうわおと声を上げてしまう。
結局眠れないままボーイズがやってくる。KSが昔同様萌と控えめに遊んでくれる。HKは3年前ほどこの世の外にいる感じはせず、照れてかわざと粗暴に振る舞っている。KNも言葉によるコミュニケーションが可能になっており、せっかちなのか何を言いたいのかよく分からんが(笑)、さかんに話し掛けてくる。
そのうちに萌が牛乳カートンロボットを通じてHKチームに入り、意気投合して一緒に遊び始める。これはえらく予想外であった(笑)。遅れてきたIDボーイズは、3年前と変わりない。
萌は限界までボーイズと遊び、晩飯時に気を失いそうにまで疲れたのだが、興奮したソウルはなかなか鎮まらず、そこから1時間映画を見せていても寝てくれなかった。やれやれ。
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■ 05/04/23(土) ■ 一日AIちゃんと遊ぶ
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真夜中過ぎに地震で目を覚ます。Mも俺もとっさに萌に覆い被さる。ものが倒れてくるほどの震度は感じなかったが、ガタガタガタと振動が長くて相当に恐ろしかった。萌はさいわい目を覚まさず。震度は4で、ガラスが割れた建物が1軒あったとのこと。
地震のあとも外で人が騒ぐ物音で目を覚ましたりし、俺もMもなかなか寝不足が直らない毎日。
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今日はまる一日AIちゃんと遊ぶデーだった。遊んで遊んで疲れ果て、晩飯時にはなかば失神状態でそのまま2階へ。今日はスンナリと寝てくれ、除々にだがタイムシフトはできている。なぜなのか今も毎日、「ここ本当に日本なの?」と訊ねている。夕方疲れてくると、カナダ以外の場所にいるということに非現実感を覚えるらしい。
萌より1歳下のAIちゃんは、最初の30分ほどだけお母さんを必要としていたのだが、その後はお母さんが出掛けても俺と萌と元気に遊び、いい感じであった。いかにも「幼児」という感じ。萌がお姉さんに見える。
MYさんの話し方が都会の娘さんから2児の母親になってることに気が付いた。MYさんは自分でも、「須坂の量販店で服を探すのが普通の感覚になった」と笑っている。3年で変わるものはいろいろあるなあ。
OKOの家に行くと、吉祥寺のアパートで一緒に暮らした時代のものが残っていて、俺たちの青春の匂いがする。
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■ 05/04/24(日) ■ 小布施の川遊び
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今日もみな5時前起き。まあ萌の体調はよさそうなのでよし。今は働いているので日曜しか空いていない小布施のPM家へ。PMは普段一番苦手な日本語で話すことが多いせいもあってか、Mともうとことん喋りまくっていた。
ランチのあと子供たちと川へ行く。萌はボーイズのあとを追って、石の河原を跳びまくる。「おーい!ちょっと待てよー!」と口調がアニメの冒険少年になってるのがおかしい。
Kは美しい少年で、陰影を感じさせる性格や年下の萌を気遣うやさしさも相まって、こりゃ中学とかに入ったらえらいこっちゃだなとMと言う。Hの方は逆に気の強さが男子に人気を博しそうだ。
夜、PMとMYさんがそれぞれ自分の可能性を結婚と出産で断念していることの切なさをMがいう。―――うーん、それは俺も同じだからなあ。カナダにいると退屈だが、だけど萌のお陰で明日を待ち望んで生きていられるんだよねと話した。
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■ 05/04/25(月) ■ トモ発熱
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萌も10時間近く寝たらしいのだが、朝機嫌悪し。アニメを見たいとダダをこね、下のコタツルームに降りる。俺は時差はほぼ解消したが風邪をひき、筋肉痛がひどい。Mは相変わらずの睡眠障害と花粉症(?)による声枯れ。今日は天気も悪く、買い物程度で静かにしていよう。まあ萌の機嫌次第だが。
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俺の筋肉痛は休んでいても全然よくならず薬に頼る。こないだのフルーのときレべルでしんどい。風邪をひくたびにこんなになってしまうなんて、なんかこれがトシなのか、マズイ........という感じ。
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■ 05/04/27(水) ■ 発熱 39.2℃
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おとといの後半から昨日はほとんど起き上がることもできず、母さんに連れられて医者に行き、薬を処方してもらう。検査でフルーではなく風邪だと判明したが、あまりにしんどくて母さんの決めるがまま、医者でも母親に病状を説明してもらい診断と指示を聞いてもらうという、40過ぎて情けない状態であった(泣笑)。
とにかく薬を飲んで寝て汗をかき、丸一日で耐えられないつらさは脱したが、今日も俺は出歩くのは無理。Mと萌は幸い昨日より体調がいいので、電車に乗って長野市へ買い出しに出ていった。
二人が出たあと風呂に入るとかなりの空腹を感じ、昨日の残りのサカタレストラン宗石亭バーガ―を食べる。うまい。肉自体がうまいよなあやはり。昨夜母さんが作ってくれた野菜炒めも、カナダでは味わえない野菜のやわらかさで、柔らかいゆえに加熱が最小で済む(かつガスの炎による短時間一気調理)ので実にみずみずしくうまい野菜炒めになっていた。ああいうのを食べると、カナダではこんなのは作れないよなあと無力感を感じる。
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■ 05/04/30(土) ■ 宝の山を整理&臥竜山
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起きるとやっと全快を感じ、2階に山積みになったトモM日本時代の宝の山を整理し始める。けっこういいものがゴロゴロ見つかるが、カナダに何を送るか悩む。日本の郵便は高いからなあ。それにある程度いらないものはゴミにも出そうと思ったのだが、それも数日やそこらでは無理。いらない雑誌その他は八幡ハウス取り壊し時に破棄してもらうべきであった。とりあえず掘りだしたなつかしいTVとVCRは滞在中使えそうだが。
午後臥竜山公園へ。桜は俺の病中に散ってしまい完全に見逃した。が新緑が美しい。子供の頃はバカにしていた公園だが、大人になってから来ると箱庭的美しさに満ちているなあ。
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