2012/09/12

【日本滞在記5】戸隠忍者の謎が解ける

「意外や信州も暑い」「須坂観光」「日本のおばあちゃん」

=======================
■12/08/22(水) □ 意外や信州も暑い
=======================

京都の宿を早めに発ち、京都駅で買い物等をする。Mたちは駅ビルでばっちりうまい炭焼きうな重を食べられたそうで、京の食はどうにか惨敗を免れた感。俺は萌を本国よりうまいので有名な日本のマクドナルドに連れて行ったのだが、京都駅マクドの味はカナダとまったく同じかそれ以下で、胸が悪くなりそうだった。食うんじゃなかった。長野まで汽車でゆっくりと移動。いやはや京都は暑かった。春に来た時の半分も楽しめなかったな。

----------------------
長野に着くと家族が、「....これ京都より別に涼しくないんじゃない?」という。う。たしかに大差ない。京都じゃ家に TV がなかったので天気概況をチェックしてなかったが、どうやら現在日本は全面的にヒートウェイブに覆われているらしい。まずい。まあ須坂はもうちょっと涼しいよ。本当なんだ。

京都でろくな物を食えなかったので楽しみにしていたおばあちゃんのご飯は、野沢菜、須坂地場きゅうり、果物、サイコロステーキその他。京都でのダメ飯無念を一発で拭い去ってくれるうまさである。おばあちゃんが例によって品数を揃えすぎて主食だけで2食半分くらいあったのだが、暑さに異常に強く胃が鬼のように強いADが素晴らしい勢いでうまいうまいうまいと食いまくる。はるばるカナダから連れてきた甲斐があった。素晴らしい。

萌も大好きなこの家に帰ってきて大喜びなのだが、長野は異常に、異常に夏休みが短くもう小学校が始まっており、萌が京都であれほど恋しがった子供たちはやってこず。萌はがっくりきていたが、京都じゃ TV も見れなかったからと夜はリビングの定位置につき麦茶を入れ、カナダじゃ見ない日本の番組を見るのであった。京都に行くまでずっとこうして、おばあちゃんとオリンピックを見ていたようにね。

=======================
■12/08/23(木) □ 須坂観光
=======================

朝からうちの兄貴謹製のローストビーフが出てきた。めちゃくちゃうまいが朝からこんなストロングなものは食えんと思っていると、ADがこれもバクバクと全部食いおばあちゃんを喜ばせる。

◇


信州の観光初日はうちの墓参り、次いで須坂市内の田中本家博物館へ。ここは旧家の家の中に家宝を展示しているだけの小ぶりな博物館なのだが、展示品の説明を読んでみるとどの絵も、パトロンである田中家に招かれた地方画家ががこの家に逗留して描いた絵なのだった。つまり「この家で描かれた絵」がこの博物館のテーマなのである。

それは非常にナイスなテーマであり、皆に説明するとなるほどと喜ばれる。絵に付けられた詳しい説明を伝えていると、「京都国立博物館よりずっと説明がいい」と家族が笑う。まったくだよな。

そしてここは庭がいい。信州とはいえ日向にいれば京都と大差ないような暑さだが、日陰の風通しのいいところにいればやっぱり違う。休憩室とされた庭を見わたせる風通しのいい茶室でぬるいお茶をもらっていると、これはもうアニメ「サマーウォーズ」の縁側のような気持ちよさであった。

◇

萌のイトコたちが放課後やってきてくれた。しかし小2のTSまで宿題がえらいあるとのことで、帰ると1時間以上机に張り付いている。俺が子供の頃はこんなになかったぞ。毎日の拘束時間がカナダより長い上に夏休みが他県より短く、さらにこんなに宿題があるのかよ。口には出さないが俺も萌も顔を見合わせるのであった。

宿題が終わるともう晩飯で、すると平日なので子供たちはそうそう遅くまで遊んでもいられず、早々に帰宅。もう何度も遊べないのにと萌はホトホトがっくりきてました。バカめ長野教育委員会。

=======================
■12/08/24(金) □ 日本のおばあちゃん
=======================

本日は小布施の寺と北斎ミュージアムへ。ADとSHは北斎を知らなかったのだが、画力と構図の見事さに一発でノックアウトされポスターを買いまくっていた。北斎って京都のお寺でもポスターを売ってたけど、著作権ないんだろうな。小布施は丸儲けなんじゃないのかな。

皆に説明するためにパンフレットを読み、「ミスター高井という金持ちの地方名士が北斎ら著名人を招いて絵を描かせていたのだよ。でそのミスター高井の子孫が、この小布施栗菓子屋/酒屋の店主なわけだね」と説明していると、そうだったのかと自分にも改めてよく分かる。パンフレット読むべし。昨日の田中家にも北斎を呼ぶだけの財力があれば、北斎ミュージアムは須坂にできていたのかもしれないね。でもまあミスター高井は自身も文人だったようだから、単なる商家とは違うか。

桜井甘精堂でうまいそばと栗ご飯を食べたあと、手打ちそば実演を10分もじーっと見学してしまった。素晴らしいよな、ああいう職人技を見せてくれるのって。しかし桜井甘精堂のあの栗ご飯&そば定食が 1500 円ほどというのはすごいといつも思う。須坂宗石亭のとんかつ定食 850 円なんて、いずれADが食ったらたまげるだろう。カナダでそんな値段でうまいものなんか食えるはずがない。

そして各自カナダへのおみやげを買って帰宅。充実した観光日であった。暑さも峠を越した感あり。

----------------------
日本がどれほど暑くとも、うまいものを食わせておけばADたちは基本ハッピーである。おばあちゃんのうまいものが毎食炸裂し、SHは暑さで本領を発揮していないがADがそれを補うほどうまいうまいと食いまくってくれ、おばあちゃんも目を丸くして喜んでいる。隣の客はよく肉喰う客なり。ADはカナダ人だが北ドイツ出身なので、日本の酢や味噌などのストロングな味なども大好きなのだ。

おばあちゃんはこの夏 30 日間俺たちに何を食わせるか、それだけに集中し暮らしているようだ。俺たちや子供らがいい夏を過ごすことに喜びを感じ、自分は暑いから出かけるのはゴメンだよとあの斑尾以外外出せず、食材を買い3食あつらえ俺たちの世話をせっせと焼いている。この滅私奉仕の心というのはほんと日本の母ならではだよなあと思う。ほんとうに頭が下がる。

俺は家族のために四六時中通訳をやってるのだが、俺の家族向け通訳は名人の域に入ってきた。伝える必要がないところはスパっと省略し、精髄だけを瞬時に伝えて話をコロコロとロールさせている。うちの母さんの食べ物&地元話題の豊富さと、ADの好奇心とが噛み合って、食卓は毎夜笑いと幸福感に包まれている。

=======================
■12/08/25(土) □ 戸隠忍者の謎が解ける
=======================



本日は長野の霊峰戸隠の忍者屋敷へ。ここはさまざまな仕掛けが仕込まれたよくできた忍者屋敷で、何度行っても楽しい。初めて行った萌のイトコたちも、チャイルドライクなADも大喜びであった。

昼は草むらにシートを敷いて、買い込んできた菓子パンその他でピクニック。やっぱりあそこまで上がると涼しい。戸隠奥社参道入口のあのあたり(標高 1200m)まで上がってちょうど、バンクーバーくらいの気候だなと思った。暑さに苦しんでいたSH姉も一息ついていた。


見るたびにあの夏を思い出す、美しい写真たち。


◇

戸隠では過去2回外国人忍者に遭遇している。7年前は忍者屋敷展示館で、「『忍者村現当主』なんてイマドキいるわけないよな」と写真を見て英語で軽口を叩いていると、いつの間にか音もなく迫っていた修行中のドイツ人忍者に背後を取られ、「その方は私の師匠だ!」ときつい声で叱責され冷や汗をかいた。


自称「ウェールズの鷹匠」氏 (2008年)

どうということはないこの人形が実は
4年前は中社前の土産物屋で、「ウェールズからきて鷹匠の技術を習っている」という男と出会い話をしたのだが、あとから彼が戸隠紹介の TV 番組に登場し、実はアメリカ人忍者だったと判明したのである。必要もないのに俺たちに身元を明かさず嘘をついていたのだ。忍者だからとしか言いようがない。

で今回は外国人を見かけなかったので忍者事件もさすがにネタ切れかと思ったのだが、4年前鷹匠と出会った同じ中社前土産物屋でADが忍者のキーホルダーを買っていると、店の親父が俺に話しかけてきた。

「それは私だと、お連れの方にお伝えください」。

―――は? 意味がわからず、「つまりこの人形のモデルになったということですか?」と尋ねると、彼はにこやかに宣った。

「そうではなくて、私なんです。私が6万の弟子を持つ、戸隠村忍者の当主なんです」。

―――え、えーっと驚愕し、2人揃って飛びすさり頭を下げ店を飛び出て奥さんたちにこの大発見を報告していると、興奮したADが「ちょ、これはスゴイ。もう2個買ってくる」と再度店に駆け込んだ。すると気をよくしたのか当主は、計3個の忍者人形に「ウンバハンヤラヌワカソワカ」みたいな気を送り込んでくれたんですよ! 忍者マジックですよ! すごくないですか? ADは当然随喜の涙であった。

3回目にしてついに、伝説の『忍者村当主』に出会ってしまったこの事実。その人がしがない土産物屋の亭主として、ちゃんと世を忍ぶ仮の姿でいたという、その道の密やかさ。しびれる。あのウェールズの鷹匠がこの店に入り浸っていたのも道理で、あの店は忍者の隠れ家だったのだ。そうだったのか。そうだったのだ。すべての謎が熱風に吹かれた氷のごとく解けていく、真夏の信州旅なのである。

2012/09/08

【日本滞在記4】灼熱京都の旅

「京都入り」「カラスの足あと銀閣寺」「クール極まる二条城」「京都フードがはずれ続き」

=======================
■12/08/17(金) □ 京都入り
=======================




いよいよ京都に入る。予定通りに汽車を乗り継ぎホテルに着き、飯を食い散歩し、飲み物と晩飯の買い出しを済ませてカナダから飛行中のMたちを待つ。ここまで問題は特急しなのの横揺れによる俺の乗り物酔いだけで、非常に順調と言える。

京都の暑さは想像通りで、長野の3割増しほど。到着した4時頃は曇っていたのだが、買い出しに歩いていると湿気がうはっと息苦しいほどだった。じわじわ出てくる汗の量が違う。



晩飯は街角で見つけた京風お惣菜の詰め合わせ弁当。うまかった。しかし品物の取り方がわからず店員さんに話しかけると、完璧に無視されて驚いた。やや腹が立ち大声で「すいません!」というとビクっとされ、そこからはちゃんと応対していただけた。あれが京風のコミュニケーションなのだろうか。

Mの飛行機は20分遅れで6時半に大阪伊丹に到着。シャトルタクシーを予約してあるので、何も問題がなければ京都着は8時頃になるだろう。言葉が通じない3人組なのでここが一番心配なのだが、空港タクシー会社側が外国人に慣れてもいるだろうしな。

----------------------
20:30 ようやくカナダ後発組到着。乗り継ぎにトラブルはなくタクシーライドは快調だったそうだが、京都であちこちのホテルに寄らねばならず遅くなったらしい。致し方なし。お疲れ様でした。

=======================
■12/08/18(土) □ カラスの足あと銀閣寺
=======================

朝めし前にM萌と3人で散歩し、下鴨神社へのショートカット道を発見して戻る。日本食を心待ちにしていたADの期待に答えるホテルのバフェット朝食をたっぷりといただいた後、すでに気温がギンギンと上がっていく中をもう一度下鴨神社へ案内していった。


蝉の声降り注ぐ参道/地元の人々が水を汲みに来る清水。


参道はセミの声が暴力的なまでにかしましい。特にこれといってスペクタキュラーなところはない神社だが、代々の天皇が祈祷を行うなど由緒正しい場所らしい。SHが各種お守りをさっそく買い込み、20 年屋根に残るという屋根材を買って寄付する。

しかし境内を見学しているとガンガンと気温が上がってくる。本殿右手に清水を流す「御手洗社」というところがあったので、許可をもらいここで足を冷やさせてもらうことにした。この気温の中信じられないほど冷たい水で助かった。日本観光の一発目、ホテル散歩のついでに来た神社として文句なくいいところであった。

そしてホテルに戻り荷造りをし、これから4夜を過ごす宿(レンタル借家)へ移動。普通の現代住宅だが、京都らしく狭いところに狭い間取りで建っている家であった。

----------------------

穴ぼこだらけの銀沙灘

昼飯後、銀閣寺へ。15 年前に来た銀角があまりによかったのでMはその徒歩圏内に宿を取ったのだが、入ってみてあれれという感じ。あの完璧な庭(銀沙灘)がえらいデコボコになっている。

あれは一糸乱れぬ完璧さだから『いったい何百年同じ形を保っておるのじゃろう......』と悠久の時を感じ禅的感動を呼ぶわけで、こんなデコボコだと『作業員ちゃんとやってんのか、だいたいこれって若い僧が修行でやるのかと美的イメージを描いていたが、作業服のおっちゃんたちが仕事でやってるのか......』とたちまち下衆な雑念が湧いてしまう。寺と山には変わりはなくても、砂があれではほとんど台なしと言わざるをえない。


寺と裏山遊山は変わりないけれど。

雨もぽつりぽつりと降ってきて、裏山を巡り歩く道も気もそぞろになってしまう。高みから下界を見下ろせば昔と変わりなく美しいが、なんなんだあの穴ボコ砂場は。

1周した後、解せなさに我慢できないMに促され、「これは鹿でも入ってきてるんですか」と係員に話しかけ聞いてみると、「ハチがねえ。そこらじゅうがハチの巣だらけになっちゃって、それを狙って鳥も降りてくるんだよ」と超予想外の答えが返ってきた。―――ハチぃ!? つまりあの銀沙灘は蜂の巣だらけになっているらしい。殺生のできぬお寺だから駆除できないのだろうか。わからん(※)。
(※)あとで調べると、「絶滅危惧種の蜂」が巣を作ってるという説が見つかった。だからといって放置していてよいものなのだろうか。動物園にでも保護してもらえばいいではないか。

◇

うーん残念だったなあと帰路に着くと豪雨。寒くはないし宿まで徒歩10分なのだが、これから戻って着替えてレストランに行くのも億劫だということになり、スーパーで弁当その他を買って帰ることになった。非常にしょぼい晩飯となってしまった。まあみんな疲れてるしな。ふう。

----------------------
萌は銀閣寺の途中から機嫌が悪くなり、宿に戻るとイトコたちがいる長野に戻りたいなどとぼやき始めた。大人は観光が楽しいだろうけど、子供は子供同士で遊びたいのという。まったくそれは当然なのだが、まあ今日は疲れと期待はずれ銀角と大雨でネガティブになってるんだよ。明日からきっと楽しくなるよ。

=======================
■12/08/19(日) □ クール極まる二条城
=======================


すごーいと感動のサカタ萌

灼熱の京都、本日は二条城へ。平屋の城なんてどうということはなかろうと思っていたのだが、もう二の丸を見た瞬間にノックアウト。なんてかっこいい建物なのだこれは。大きさや古さではなくデザインが素晴らしい。萌&ADも胸打ち震えた顔。この城一発で萌の観光不機嫌は払拭された。クール極まる二条城。

写真は撮れないが内部も隅々まで隙なくみごとな二条城。彫り物など江戸期の名工がここに集めまくられたんだろうな。襖の絵はどれも見たことがあるような感じで、切手になってるやつなのかもしれない。俺はこれまであまり歴史的サイトに行って興奮したことはないのだが、この二条城は戦国時代に家康と秀頼が会見したとか、幕末には慶喜が常駐したとか俺でも知ってる歴史事件に満ちた場所である。大政奉還が告げられた大広間を覗き見たときにはさすがにおおおと声が出、興奮してMたちに解説してしまった。


(右)将軍居室だそうです。質素。


しかしこれが日本の覇王の出張城だったのだから、武士というのはストイックなライフを送っていたのだなあと思う。建物と絵や彫刻類にすごい金がかかっているのは明らかだが、どこを取っても居室と事務室と広間ばかりで、豪奢な家具とかパーティルームなんぞはないらしい。ここで営まれたであろう大名の常駐生活は、飯を食い書を読むくらいしかやることがなさそうである。

◇


お嬢様は悠然と微笑んでますが、肩にかかったのは実は濡れ手ぬぐい。
カメラマンが暑さでふうふう言いながらの撮影。


しかしここの二の丸庭園は遮るものなき灼熱地獄だった。どこもかしこも白く明るく日陰がなく、陰影のある銀閣寺型日本庭園とはまるで違う。金満オヤジ錦鯉入り日本庭園の原型が徳川家のこれなんだろうなと思う。とにかく暑くて暑くて危険を感じ、全員途中で空調のある休憩所に逃げ込むと、そこの冷気は天国であった。

◇

その後に錦市場のアーケード街に行ったのだが、もうSHとMが暑さと疲れでダメとなり(アーケード自体は空調が効いて涼しかったのだが)、観光を中止して帰宅。ADは夕方憧れの会席料理を食べに行ったが、Mはそのまま体調を崩し晩飯も食わず、俺と萌は近所のピザ屋でまずくて高いピザを食うことになってしまった。ふう。やっぱ暑すぎるわ京都。

しかしこの暑いのに京都の街はすごい外国人比率である。特にフランス人が多い。うちが泊まってる家はフランス人の経営だし、二条城行きのバス乗り場で車椅子で困ってる人がいたので通訳を買って出たのだが、彼女と同伴者はフランス人だった。彼らは二条城内で後から追いついてきたのだが、この酷暑の二条城の庭すらも車椅子で散歩していたので驚いた。根性あるなー外国人ツーリスト。

=======================
■12/08/20(月) □ 京都フードがはずれ続き
=======================


暑さが感じられる清水舞台の写真。灼熱の光で背景が飛んでます。

本日は清水寺と三十三間堂。清水はいつ行ってもいいところで、三十三間堂のご本尊はすごかったが、とにかく暑すぎてミニマムな観光しかできない。朝早く出て最低限のものを見て、猛暑に疲れ午後は宿に戻り、ネットに張り付いて次の日の予定を立て周辺の食事処情報をさがすという日々。ふう。


清水の本堂は開放的でよかった。


◇

旅先で一番困るのはやはり今も昔も食べ物である。インターネット時代になってかえって情報過多で選択できない。それにたとえネットでよさそうな店が見つかったとしても、旅行者が腹が減ったタイミングでうまい塩梅にその店の近辺にいるなんてことはできんのである。

寺の周辺は土産物屋ばかりでうまいものなどなく、腹ペコで移動し暑さに負け手近なものを渋々食うという繰り返しになっている。今日の昼は祇園でバス停を降りその場にあった蕎麦屋となってしまった。値段も味も並だったが、信州から来て京都でそばを食っても仕方がない。もっとこうなんというか、ここを見てここで食えという決定版がほしい。イージー観光がしたい。

一番うまそうでカナダからの客人も食いたそうなのは実はデパ地下の食品売り場に出てるものなのだが、こういうのは出先で買っても食う場所がない。テーブルを置いてフードコートにしてくれたらいいのに。京ナスの漬物なんて試食すると超うまいんですけど。

----------------------
晩飯。酷暑の中寺だけ見て回るきつく単調な観光でうまいものが食えていないことに俺は責任を感じ、日が落ちてからもっと京都らしい古い町並みを見せうまいものを食わせたいのだがと誘ったが、SHが昼間の疲れから食事に出かけたくないという。あまりの暑さに足がむくんで痛いというのだ。


都をどりの劇場/京都らしい鴨川の夜景


仕方がないので俺たち3人だけで祇園に向かう。はっきりとは覚えてないのだがこのあたりだろうと花見小路という道に入って行くと、そこがドンピシャで石畳の舞妓まちだった。これだこれだ。これをSHたちに見せたかったんだよ。昔「都をどり」を観劇した劇場も見つかった。なつかしいな。

ぐるっと散歩して河原町方面に戻り、うまそうなお好み焼き「壹錢洋食」を発見し食べる。ゴチャゴチャっと雑貨が並べられた店内で、オムレツとお好み焼きの中間みたいなものが出てきてなかなかうまい。こういう旅行をイメージしてたんだよな。ブラブラ歩いて、その土地の安くてうまいものを食って。しかし昼間は暑すぎてそううまくいかないわけである。四条の橋の夜景もいい感じだし。SHたちが明日の夜このあたりに来るようお薦めしよう。

食後周辺を歩いたのだが、どこもバー街とピンク街になってしまった。夜は観光客が歩く場所ではないのかもしれない。ここで土地カンのなさでこれ以上の探索は断念し、ケーキを頂いて帰路へ。

=======================
■12/08/21(火) □ 旅はつらいけれども
=======================


首まで覆った帽子と手ぬぐいとサングラスと日焼け止めで暑さに対抗するSH姉。

【京都最終日】本日は京都最終日、朝早く出て東寺の骨董朝市へ。市場は 10 数年前同様最高にたのしかったけれど、今日も極度に暑かった。帽子と濡れたてぬぐいで体を覆いこまめに休憩と水分を取りつつも、SHたちはお昼でリタイヤ。人生でこれ以上暑い思いはなかなかしないのではないかと思う。暑すぎて立ち止まり写真を撮ることすらできなかった。みな戦利品はそれなりで満足したけれど。



京都東寺のマーケットでおっちゃんから
買った和包丁。安いけど凄まじい切れ味。
SHと萌はおみやげ用のキモノを買い、ADは筆で書かれた古い帳面のようなものを買ってきた。見てみると野菜○○銭、餅○個などと達筆な細筆で品目がぎっしり書かれており、明治時代の商店のツケ帳らしい。つまりこれは百年前の経理簿の一種だよと教えてやると、経理士のADはなんて完璧なおみやげを手に入れたんだ俺はと感動していた。たしかに(笑)。

Mは染物のきれいなのれん(新品)を値切り大量購入。俺は製作者のおっちゃんが自らたたき売りしていた和包丁を購入。これをカナダに密輸入しなければならない。

今日も飯ははずれで、熱暑と空腹でフラフラと東寺をさまよい出て、見える範囲にある食べ物屋はしょぼい蕎麦屋が1軒だけなのである。味も見た目通り。これほど観光客が空腹を抱えさまようロケーションになんで蕎麦屋1軒しかないのか、京都人の商売感覚が不思議だ。単に古い町ゆえに土地がなく、きれいでおいしい店を出せないのだろうか。

暑さでヘロヘロになったが昼飯で持ち直したので、宿に戻るSHたちをバス停まで送り、俺たち3人はもうひと頑張りしてマーケットに戻る。戻ったが午前中に目星をつけておいたものを購入するのが精一杯で、時間をかけ新しいものを探索するのはさすがに無理だった。そんなことをしたら倒れてしまいそうだった。

----------------------
そして、京都は今日が最終だからもう1件頑張ろうと俺たちは京都国立博物館へ向かう。特別展示「大出雲展」とあるので、神社の収蔵品かー、まあしかし国立なんだから常設展はそれなりのものがあるだろうと入ってみたら、出雲大社の収蔵品だけをぐるりと見せられ終わり。埴輪が想像よりでかいのには驚いたが、それ以外は何もなかった。えーこれだけ?? と、出口で全員口あんぐりである。

「ほんとにこれだけなの? イングランドのナショナルミュージアムは1日で見きれないくらいあって、全部無料だったよ」と言われるが、出口に来てしまったものはどうしようもない。俺たちにできるのは苦情を書くことだけだと、日英文併記で苦情アンケートを投函し出館。

これが県立で 500 円くらいだったらまあ許すが、国立で 1300 円でこの展示内容では、「国立」のバッジを頼りに酷暑の中バスを乗り継ぎやって来てロッカーに荷物まで預けてしまった気持ちも時間も労力も、報われるわけがない。

展示品がしょぼいのはまあ仕方がない。英国の博物館がすごいのは帝国時代に世界中からものを盗んできて返さず飾ってるからで、そんなのに張り合ってくれとは思わない。しかし国立なんだから安くはしてほしいし、展示品の説明にもっと頑張ってもらいたい。すべての展示品に基本的に「○○時代。○○で使われたらしい」としか書いてないのである。それ以外に外国人に対して訳せるような情報がない。これは不確定な情報を与えるわけにはいかないという学術的生真面目さからそうなってるのだろうが、しかしお客さんはそれじゃ白けるのである。たとえばあの銅鐸を1室に何十個も置いて「古墳時代。祭事に使われた」としか書いてないんだから、真面目もたいがいにせよとしか言いようがない。

 博物館とはいえ客商売、展示は表現ではないか。古墳時代に祭事に使われたらしいとしかわからないなら、その利用想像図などを「想像」と明記してつければいいのである。日本はマンガの国なのだから、曲玉をつけた古代人が銅鐸を持って踊ってるみたいなマンガをつければいい。鑑賞者は古代のことを正確に知りたくて来てるわけじゃないのだ。なにか見るに値するものを見て、なるほどねと納得したいのである。

----------------------
夜、SHとADに祇園に行きなとお勧めするも、東寺の消耗で出かけられず、今夜も晩飯は宿で残り物をいただくことに。俺と萌は出かけて近所でカレーを食った。カレーはフツーにうまかったが、今回カナダ組はホテルの朝飯と料亭の会席以外食べ物全敗である。案内する身としては忸怩たる思いである。

うちの奥さんは京都が本当に好きで、ここに住みたいという。俺も春に来たときはそう思ったが夏は過酷だ。夏の京都は猛暑と湿気とスコールの完全なる熱帯だ。よくこの気候で寺が何百年も持つものだ。

しかし「こんな真夏に寺を巡ったり炎天下の路肩を延々と歩くのは自分たちがツーリストだからで、京都に住んでいたらこんな過酷な日々を送るわけがない。だから大丈夫」と彼女はいう。なるほど。

じっさい旅というのは、住むことに比べたらずっとタイヘンなことなのであるよな。お金もかかるし体力気力もいる。どうしたら安価にラクに最善な行動をできるかは、そこに住んでいないとわからないのである。旅はタイヘンだ。オースザンナ、泣くじゃない。旅はつらいけれども、泣くじゃない。すごい景色や物や人を見られることだけが、その労を癒してくれる。

◇

というわけで、カナダ家族を引き連れての旅・京都編は本日で終了。いくらネットが発達しても、動くのは人間なんだから旅はそんなにラクにはならないなと思い知る旅であった。明日からはおばあちゃんちでまたのんびりさせてもらいます。

2012/09/04

【日本滞在記3】思い出が宿る野山

「理想の釣り堀アゲイン」「気合いの盆踊り」「甥たちとジャムセッション」「悲運のジャズマスター」

=======================
■12/08/11(土) □ 思い出が宿る野山
=======================

弟一家と共に、週末の1泊旅行。コンビニでランチを仕入れて野尻湖畔でピクニックをし、週末を過ごす斑尾ホテルタングラムへ。


国道から三水側へ抜け斑尾を望む風景(c こま犬の詩)


今回は無口な甥KN中3も同伴なのだが、道中三水村の美しい田園風景を見て「すごいな...(スケッチブックを)持ってくればよかった...」とか後席でブツブツつぶやいていた。お。お前は絵を描いたりするのかい、だったら見せてくれよと話しかけるが、そこでゴニョゴニョと返事が返ってこない。なかなか複雑なやつである。しかしこんな風景に声を立てるほど心を動かすなんて、見どころあるではないか。

信州でもこの三水~信濃町の道中は本当に美しいといつも思う。このあたりを旅していると、「ここはMさんが好きなんだよね。あそこでこんなことがあってね」とM奥様の話が自然と出てくる。今日はそんな話ばかりしていた。実際俺の長野の思い出は、すべてMと共にある。自分が通り過ぎた景色につよい旅情が宿っている。



ここはとんでもない山奥を無理やり切り開いた孤立リゾート地なので周りに散歩するところもなく、むかし春に来たときには遊戯施設も稼働しておらず退屈したのだが、真夏はリフトや乗り物類が当然フル稼働して盛り上がっていた。リフトで山腹中盤までウィーンと上がって景色を楽しみ、ローラー式のボブスレーで滑走していると、これはもうミニウィスラーでありばっちり楽しい。いちいち金がかかるけど。



意外にコントロールが難しいのがこのボブスレー。この写真を見ればボブスレーが外のバンクに張り付いて曲がると誰しも思うのだが、実際は車体が外に流れるどセンターを進むので、人の体だけが遠心力で外に流れ怖い(笑)。2回目にお尻を外に出し上体をリーンインするというフォームを見い出し、安定コーナリングを実現した。

天気もいい具合に曇り加減で暑くなく、プールに温泉にレストランにミニジブリ博物館(ジブリ関連商品の膨大なコレクション売り場、1時間近くも粘ってしまった)まであって、思ったよりもずっと楽しいホテル滞在となった。萌はラピュタの紋章が入った見事なハンカチをMIおばさんにプレゼントしてもらいました。


=======================
■12/08/12(日) □ 理想の釣り堀アゲイン
=======================


素人目には渓流にしか見えない桃源郷

パンくずで釣れまくりの笑顔
今日は雲が切れ、高原リゾートタングラムでも日差しがきつくなりすぎたので、超楽しかったボブスレーをもう一度だけやり早めにチェックアウトして、4年前に行ったあの素晴らしい釣り堀に向かった。自然の川の横に側流を作り、そこに鱒を放して釣り堀としてるのだが、ほんといいところである。見事に造形された渓流風庭園ともいえる。

食品の持ち込みもOKで、2千円の釣竿数本とバーベキュー炭を借りれば家族が1日超涼しい川辺で遊ぶことができる。滑り台などの無料遊具もある。この川と風が1人およそ千円ですよ。何をやるにも大金を取られるホテルに比べ、なんというチープな商売をやってくださるのだろう。ありがたやありがたや。(フィッシングランドはなおか)

この日はエサのイクラの食いが非常に悪く、場主がこれを使ってくれとカステラを配って歩いていた。か、カステラですか。しかしたしかにこれだとよく釣れる(笑)。カステラが尽きた後は当然ながら各自工夫が発動して、うちは手持ちのパンに移行し、これでもって子供たちはしこたま釣り上げたのであった。よしよし。釣りは昔から俺はやる気がしないのだが(とことん才能がなく、ひとと同じ竿を使ってもまったく釣れないから)、人がやってるのを見たり手伝ったりするのは実に気分がいい :-)。





 帰路何十年ぶりに暴走族を見た。野尻湖から長野方面に 30 台くらいがブォンブォンとものすごい音で流してたのだが、みんな制限速度を守り、ちゃんと信号で停まるのがおかしかった。途中バイク不調で路肩に停まった奴が後から追いついてきた時には、うちの車内の子供たちが拍手してました :-)。

----------------------
そしていったん家に帰って休み、夜はさらに須坂横町のお花市(お盆のお花を売る商店街の祭り)へ。これも4年前に楽しんだ恒例の夏祭りである。コンサート、風船釣り、流しそうめん、かき氷。ホテルに釣りにお祭りに。子供たちにはなんて盛り沢山な素晴らしい週末だったことでしょうか。

お祭り用に開放されていたナイスな蔵造りの旧商家博物館に入ってみたら、古いステレオでなにか音楽をかけてるおじさんがいる。―――あ、「バタフライ」だ。「これは岸部シローですね」と声をかけると「ええっ!」とおじさんの声が裏返った。この町で岸部シローのソロ曲を知ってるなんて、俺とこの人の他に何人いることだろう。変な人が変なところにいるものである :-)。

=======================
■12/08/14(火) □ 気合いの盆踊り
=======================


タッタカターのタ、そーれ。
横町盆踊り。萌は晴れ着に身を固め気合いを入れ、踊りの先生の後ろについて振りを習い、ぴしりゆらりと踊りまくった。恥ずかしがっていたイトコAちゃんたちも励まされて元気に踊る。よしよし。

須坂のこの「タッタカタ音頭」はなかなかいい歌と踊りである。「長野びんずる」は音的にも踊りもバラバラで見ていて気持ちが盛り上がらなかったが、こうして歌と踊りがあり全員が揃っているとやはり気持ちがいい。子供の頃に知っていた町内のおじさんが、当時から一切年を取ってない(笑)風体でゆらゆらと踊っていた。ああいうおじさんでも踊れば妙に様になり、若いもんより格好良く見えるのが盆踊りのよさだな。

◇

長い手脚を優雅に揺らし熱心に踊る萌の姿に2人の日本舞踊指導先生が目を細め、さかんに声をかけてくれる。この様子を見て「これはきっと区長賞がもらえるね」とおばあちゃんがいう。たしかに客観的にいってこの中で一番熱心に踊ってるからなと思っていると、あに図らんや「区長賞」はただ酔っぱらって盛り上がっていた親父となってしまった。えー?

どうやら区長賞その他の賞は事前に決まっていたらしく、その他の3賞もあらかじめ紙に書かれた住所氏名が読み上げられていた。なーんだ。全員関係者の知り合いなんだろうな。萌は結局何ももらえずじまいで、「なんであのおじさんなの!」とがっかりしていた。賞品を置いて子供を発奮させておいて、頑張った子供の心の機微がわからぬところがせっかくのお祭りに水を差す主催者である。

まあ先生たちは明らかに萌が頑張ってるので喜んでくれてたよと慰めつつ帰って行くと、帰り道でその踊りの先生が萌を見つけ、「あ、さっき一生懸命踊ってくれてた子じゃない!」と声を上げ、まるで舞いのように道をナヨナヨナヨっと渡り駆け寄って来た。

「あなたよかったよー。なにか(賞を)あげたかったんだけどねー」と彼は温かい言葉を萌にかけ、なにもないんだけどと手に持っていたとうもろこしをくれたのであった。やっぱりね。衆目の中認めてもらうという子供が一番うれしい展開にはならなかったのだが、分かる人にはわかってもらえていたのである。まあよかったよかった。

=======================
■12/08/15(水) □ 甥たちとジャムセッション
=======================


大学時代に使っていた、超懐かしいギター、
グレコブギーとK少年。
ギターとドラムにハマっているという甥ID兄弟が、楽器を持ってやってきてくれた。ギターのKにはこの実家2階に死蔵されていた俺のジャズマスター(Fender Japan)とグレコブギーを披露し弾かせる。持って行って気に入ったらそのまま使っていいよ。いらなくなったらまたここの2階に戻せばいい。俺は弦が1本足りないアコギで、HKは持ってきたボンゴ。Kが驚異的に古い音楽を知ってるのでストーンズなどをガンガン合わせて弾け、お客にも大ウケして盛り上がった。

Kは弾き方にクラシックギター出身らしい癖があるが、これはもう放っておいてもレパートリーが増えうまくなるのは間違いない。コードのトランジションで遅れずきっちり曲についてくるあたりは高校生離れしている。HKは以前送ってもらった DVD で見た通りピークが拍子のアタマにきてしまう子供リズム乗りなので、リズムのアタマにアタックがくると8ビートはロールしないんだ、アタマには足がズンと入り、3拍目のスネアにアタックが来るんだよと教え矯正していくと最後には明らかに良くなった。最後にやった「Paint It Black」なんか、何も知らぬおばあちゃんにすらたいしたもんだねと大拍手される出来であった。よしよし。

----------------------
Kはいったいどうしてこんなに古いロックを好きなのかと聞くと、友達や書籍からの影響らしいが、彼の音源は主に Youtube なんだそうだ。何かで「○○はすごい」とか聞いたり読んだりすると、即 Youtube で聞くのだという。あーなるほどね。俺の時代はレコードなんてそうそう買えず、友達とロック喫茶と FM ラジオだけが頼りだったから、今の子供のほうがロックに詳しくなっても不思議はない。

俺はスティーブ・ジョブズが世界を変えたと大騒ぎする人々の気持ちがさっぱりわからない。市井の人々があちらこちらで声を発し、これが素晴らしいんだ、これを聞いてほしいと Youtube で発信することができる、このインターネットこそが世界を変えていると思う。これを醸成した個々の技術者が世界を変えたんだと思う。

Kは Youtube で俺のバンドの「パレスチナの憤り」も聴いたのだそうだ。うひゃー。ありがたいことです。どうやって見つけたんだろう。

=======================
■12/08/16(木) □ 悲運のジャズマスター
=======================

あすは京都へ出発。掃除をし、萌にはジャーナルを書かせる。俺も日記を全然書いてないな(※)。アンドロイド Google フォンはやっぱりよほどの短文でなければ文字入力したくないデキだし、持っていった Acer ラップトップもキーボードが悪くて打つ気がしなかった。

(※)この日記は、取っておいたメモを元に思い出し追記している。

過去いろんな旅行で詳細な日記を書いていたのは、あれは全部 Pocket PC のおかげなのだったと改めて思う。カナダに帰ったら、アンドロイドから昔の Pocket PC 体制へ戻ろう。

----------------------
送り盆を済ませ暑さにふうふう言っていると、またID兄弟が訪ねてきてくれた。秋から交換留学で行くノルウェイに持って行きたくて、俺のジャズマスターを長野の楽器屋で修理してもらったのだという。

楽器屋は弦を張り替えブリッジを調整し電気系のホコリを取ってくれたというのだが、しかし細い弦を張りブリッジを下げたらしくテンションが低すぎて音がペンペンになり、音がまったく伸びずほとんどまともに弾けなくなってしまった。あー。なんだこれは。なんて下手な調整なんだ。阿呆めが長野の楽器屋。


真冬のスタジオで弾いたジャズマスター (1994)

こんな状態じゃわざわざ旅に持って行っても仕方がないので、「これじゃ音が埋もれてしまってバンドじゃ自分の音が聞こえないと思う、持って行かない方がいいかもしれん」とアドバイスしておいた。俺が使っていた太い弦を張れば直るかもしれないが、直らなかったら使いものにならない。94 年の CD 録音から 20 年で初めて陽の目が当たるかもしれなかった俺のジャズマスターなのだが、残念。俺の悲運のジャズマスターよ。

2012/09/02

【日本滞在記2】ボドゲ宣教の日々

「ワーバスキッズ大ヒット中」「家花火大会」「呪いのミイラ」「男子サッカーも負け」

=======================
■12/08/04(土) □ ワーバスキッズ大ヒット中
=======================


ワードバスケットキッズ、詳細はこちら(ぐんまさん)
【ワードバスケットキッズ】今日は TV ゲームとトランプ以外のゲームはやったことがないであろう甥中高生2名に加え、後ろからずっと見ていたおばあちゃんもついに参加してのワーバス大会となった。しかも初戦はなんとおばあちゃんが勝利(笑)。素晴らしい。

 このメンツでは萌のしりとり力が冴え渡り、年上の日本男子陣を抑えての2連勝を飾った。「むじんとう」で勝利を決めた時にはイトコ男子どもからどよめきが起こり、萌はうれしそうだったな。

 このゲームを気に入ったおばあちゃんからは、これは年寄り同士でもできそうだから1つ買って置いていってよと注文が入った。了解しました、お安いご用です。

----------------------
 甥2名のところには以前カルカソンヌも送っておいたのだが、ルールがわからず全くプレイしていないという。じゃ今度教えるから持ってきてくれと命じ、今日は「コロレット」「お邪魔者」を続けて紹介した。

 口数が少なくじっくりと考え込むタイプらしい弟KN中2は、反射神経型のワーバスと口で丁丁発止する「お邪魔者」は向かないようだったが、コロレットでは「......あそうか、こっちに置けばおじちゃんが困るんだ......」と小さな声を立て、そのゲームの仕組みにいたく感銘を受けていた。ああいうやつがボードゲーマーになるのかもしれない。そうなればいいんだけどな。そうなれば彼のオタクライフは豊かになるだろう。

=======================
■12/08/05(日) □ 家花火大会
=======================

 本日萌は弟 OKO 家キッズとプール。俺は本格的に京都の下調べをするためにフリー Wifi を探し炎天下の市内をさまよう。携帯ルーターはお母さんとのスカイプでガンガン容量を食っており、こうしたネットサーフィンに使う余裕がないのである。

 しかしスキャナ上でフリーに見えるアクセスポイントは全部ソフトバンクのラインだった。ソフトバンクに限らんが、パスワードを入れないとアクセスできないポイントをああして信号の見かけ上はフリーにしてるのは時間の無駄だよな。なんなのだろう。

 結局市内にはどこにもなしと判明。市役所の無料サービスに満ちた「観光振興コーナー」みたいなところがすごく有力だったのだが、そこにも Wifi はなかった。やれやれ。調べないとあれこれ心配なんだがなあ。

----------------------

スローシャッターで花火を撮りまくる。
夜OKO家とご飯をいただき、家の前で花火大会。そして残り時間でMIさんもOKOも加わり「ワーバスキッズ」で超盛り上がる。しかし7人戦ともなると場札の更新が早くて早くて、おばあちゃんは完全に取り残されてしまった。言葉を思いついても言う前に次の語に変わってしまうのだ。ゲームとしては5人くらいまでが限度だな。

 おばあちゃんが抜けた後も延々と盛り上がり、今夜も合計10戦近く戦う。萌とMIさんが2勝ずつ、酔っ払ったOKOが全敗であった。あちらのお宅でも発注するそうです。売れまくりだな(笑)。

=======================
■12/08/07(火) □ ボドゲ宣教の日々
=======================



外が暑過ぎるので子供たちは日中屋内で遊んでいるのだが、放っておくと皆DSばかりで延々と時間を過ごしてしまうので、毎日ボードゲームを伝授している。

 今日は午後、Nちゃん4歳/TS小2/Aちゃん小5を相手に本格ボードゲーム【チケットトゥライド Euro】をやってみる。Nちゃんはサイコロで出た目だけ路線を敷く(点はチケット達成時のみ)というお味噌ルール。その他は◆場札3枚取り◆フェリーとトンネルは普通路線扱いという2点で簡易化する感じ。配られたロングチケットを全員達成したところでゲーム終了の簡易ライドである。

 で始まると早々にTSが「黒が欲しいんですけど、交換して」と言い出す。なるほどそれはいいな、じゃあ黄色をくれたら交換してやろうと◆手番に手札交換お願いOKも適用。これでTS/Aちゃんともテキパキと工夫しスムーズに色を揃え、素晴らしい勢いで路線をばしばし敷いていく楽しいゲームとなった。

 やっぱりサイコロだけじゃいくら幼児でも面白みに欠けるようで、Nちゃんはチケットを2枚達成して飽きてリタイヤしてしまったが、ちゃんと色カードを揃えてロングチケット1枚で終了というのは子供らにはちょうどいいゲームの長さと複雑さで、テンポよく楽しいゲームの結果TSの勝利。非常に満足感の高いゲームとなった。よしよし。

----------------------
 次は「お邪魔者」。全員2~3度目ゆえ役割に応じ何をすべきかよくわかってない状態でカオスとなるが、ジャマをすることがストレートに楽しいようでお邪魔者となった小2TSはもう中盤から顔がニヤケっぱなし。

 しかし大人とやっても思うが「お邪魔もの」は案外ゲーム勘を要すゲームで、各々がうまく行動しないとあっさり終わってしまう。小学生くらいでは盛り上がるまでは至らないな。これは今回の旅ではハズレな感じ。

 中3KNと高1KSには「カルカソンヌ」を指導。「こうすると相乗りできるし、こうすれば乗っ取ることもできちゃうんだよ。すごいと思わない」と力説するも、「はあ」と曖昧な反応しか返ってこず、意外なほどウケなかった。うーむ。ボドゲ宣教は難しい。

=======================
■12/08/09(木) □「呪いのミイラ」
=======================

 今日も午前は子供たちと遊び、午後は萌を連れ出し初の買い物行。百円ショップその他。


ヘップバーン的?なリゾートガール

磁石のボードを挟んで、見えない冒険者を
恐怖のミイラが追い詰める。
行く前は嫌がっていたのだが百円ショップに入ると萌は買い物ハピネスが着火し、おみやげや身の回り品を買いまくる。この帽子とサングラスで週末のリゾート1泊旅行への準備万端ですよ。俺もボードゲームにぴったりなフェルト生地などがみつかり大喜び。

そして、昔Aちゃん家に送ってあげたのだが磁石をなくしてプレイ不能になっていたというゲーム「呪いのミイラ」のために小さな強力磁石を購入し、帰宅してさっそくやってみた。これは傑作。写真を見れば一目瞭然のゲームで、ミイラでも逃げても面白い。

 唯一難点としては、捕まったプレイヤーが再スタートする地点が決まっているため、その出口付近にミイラがいると逃げられず立て続けに捕まってしまうことである。このへんはなにかルール上の調整が必要だろうな。

----------------------
 【オリンピック女子サッカー・アメリカ-日本】試合前は悲観していたのだが、意外や今日のアメリカはブラジル・フランスよりも弱い。日本は中盤のパス回しが WC 時より落ちているが、攻撃陣は WC より調子がいい。これは勝てる。勝てるぞ。

 しかし、日本が絶好調なら今日のアメリカの出来なら負けるはずがないのだが、今大会宮間と鮫島のキック精度はどうなってしまったんだと途方に暮れるような勝負パスのまずさ。ここぞというところで宮間のキックがつながらずヘロヘロと相手ボールになっていく。これでは日本は攻撃にならない。好調な FW 陣と川澄に期待するしかない。

 試合終了。日本は十分に戦え、絶好調旧姓永里が何度もポールを叩き1点は奪えたものの、米国の強力ミドルの2点目には恐れいった。岩渕のショットを止めた GK ソロにも恐れいった。いい試合でした。お疲れ様、そしておめでとう両チーム。

=======================
■12/08/10(金) □ 男子サッカーも負け
=======================

 【オリンピックサッカー・日本-韓国】うーん、日本にとってはいつでもやりにくいチームだが、時代が逆戻りしたかのような日韓戦だった。日本守備陣は縦ポンの競り合いでどうしてもパクチュヨンら韓国 FW に勝てない。そして日本は遅攻でぐだぐだとボールを失うの繰り返し。このオリンピック代表チームは序盤走れた頃のカウンター力は素晴らしかったけれど、それ以外はまだまだ修業が必要だったということだな。準決勝メキシコ戦とこの試合は、執着心が感じられない試合をしてしまった。

 韓国は前線の2人の簡単な1・2コンビネーションだけで日本 DF が狭めていく方向から逃れシュートチャンスを作ることができる。なんで日本選手はあれができないのだろう。全速で動きながらのボールコントロール力が足りないのかな。

 韓国の一流選手を相手にした時に、日本の若年層が1対1で勝てないのはどう見ても明白で、そこを乗り越える力を持つものだけがA代表に上がり、韓国と互角に戦えるようになるのだろう。残念だが今のところは仕方がない。お疲れ様でした。