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■12/08/17(金) □ 京都入り
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いよいよ京都に入る。予定通りに汽車を乗り継ぎホテルに着き、飯を食い散歩し、飲み物と晩飯の買い出しを済ませてカナダから飛行中のMたちを待つ。ここまで問題は特急しなのの横揺れによる俺の乗り物酔いだけで、非常に順調と言える。
京都の暑さは想像通りで、長野の3割増しほど。到着した4時頃は曇っていたのだが、買い出しに歩いていると湿気がうはっと息苦しいほどだった。じわじわ出てくる汗の量が違う。
晩飯は街角で見つけた京風お惣菜の詰め合わせ弁当。うまかった。しかし品物の取り方がわからず店員さんに話しかけると、完璧に無視されて驚いた。やや腹が立ち大声で「すいません!」というとビクっとされ、そこからはちゃんと応対していただけた。あれが京風のコミュニケーションなのだろうか。
Mの飛行機は20分遅れで6時半に大阪伊丹に到着。シャトルタクシーを予約してあるので、何も問題がなければ京都着は8時頃になるだろう。言葉が通じない3人組なのでここが一番心配なのだが、空港タクシー会社側が外国人に慣れてもいるだろうしな。
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20:30 ようやくカナダ後発組到着。乗り継ぎにトラブルはなくタクシーライドは快調だったそうだが、京都であちこちのホテルに寄らねばならず遅くなったらしい。致し方なし。お疲れ様でした。
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■12/08/18(土) □ カラスの足あと銀閣寺
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朝めし前にM萌と3人で散歩し、下鴨神社へのショートカット道を発見して戻る。日本食を心待ちにしていたADの期待に答えるホテルのバフェット朝食をたっぷりといただいた後、すでに気温がギンギンと上がっていく中をもう一度下鴨神社へ案内していった。
参道はセミの声が暴力的なまでにかしましい。特にこれといってスペクタキュラーなところはない神社だが、代々の天皇が祈祷を行うなど由緒正しい場所らしい。SHが各種お守りをさっそく買い込み、20 年屋根に残るという屋根材を買って寄付する。
しかし境内を見学しているとガンガンと気温が上がってくる。本殿右手に清水を流す「御手洗社」というところがあったので、許可をもらいここで足を冷やさせてもらうことにした。この気温の中信じられないほど冷たい水で助かった。日本観光の一発目、ホテル散歩のついでに来た神社として文句なくいいところであった。
そしてホテルに戻り荷造りをし、これから4夜を過ごす宿(レンタル借家)へ移動。普通の現代住宅だが、京都らしく狭いところに狭い間取りで建っている家であった。
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昼飯後、銀閣寺へ。15 年前に来た銀角があまりによかったのでMはその徒歩圏内に宿を取ったのだが、入ってみてあれれという感じ。あの完璧な庭(銀沙灘)がえらいデコボコになっている。
あれは一糸乱れぬ完璧さだから『いったい何百年同じ形を保っておるのじゃろう......』と悠久の時を感じ禅的感動を呼ぶわけで、こんなデコボコだと『作業員ちゃんとやってんのか、だいたいこれって若い僧が修行でやるのかと美的イメージを描いていたが、作業服のおっちゃんたちが仕事でやってるのか......』とたちまち下衆な雑念が湧いてしまう。寺と山には変わりはなくても、砂があれではほとんど台なしと言わざるをえない。
雨もぽつりぽつりと降ってきて、裏山を巡り歩く道も気もそぞろになってしまう。高みから下界を見下ろせば昔と変わりなく美しいが、なんなんだあの穴ボコ砂場は。
1周した後、解せなさに我慢できないMに促され、「これは鹿でも入ってきてるんですか」と係員に話しかけ聞いてみると、「ハチがねえ。そこらじゅうがハチの巣だらけになっちゃって、それを狙って鳥も降りてくるんだよ」と超予想外の答えが返ってきた。―――ハチぃ!? つまりあの銀沙灘は蜂の巣だらけになっているらしい。殺生のできぬお寺だから駆除できないのだろうか。わからん(※)。
(※)あとで調べると、「絶滅危惧種の蜂」が巣を作ってるという説が見つかった。だからといって放置していてよいものなのだろうか。動物園にでも保護してもらえばいいではないか。
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うーん残念だったなあと帰路に着くと豪雨。寒くはないし宿まで徒歩10分なのだが、これから戻って着替えてレストランに行くのも億劫だということになり、スーパーで弁当その他を買って帰ることになった。非常にしょぼい晩飯となってしまった。まあみんな疲れてるしな。ふう。
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萌は銀閣寺の途中から機嫌が悪くなり、宿に戻るとイトコたちがいる長野に戻りたいなどとぼやき始めた。大人は観光が楽しいだろうけど、子供は子供同士で遊びたいのという。まったくそれは当然なのだが、まあ今日は疲れと期待はずれ銀角と大雨でネガティブになってるんだよ。明日からきっと楽しくなるよ。
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■12/08/19(日) □ クール極まる二条城
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灼熱の京都、本日は二条城へ。平屋の城なんてどうということはなかろうと思っていたのだが、もう二の丸を見た瞬間にノックアウト。なんてかっこいい建物なのだこれは。大きさや古さではなくデザインが素晴らしい。萌&ADも胸打ち震えた顔。この城一発で萌の観光不機嫌は払拭された。クール極まる二条城。
写真は撮れないが内部も隅々まで隙なくみごとな二条城。彫り物など江戸期の名工がここに集めまくられたんだろうな。襖の絵はどれも見たことがあるような感じで、切手になってるやつなのかもしれない。俺はこれまであまり歴史的サイトに行って興奮したことはないのだが、この二条城は戦国時代に家康と秀頼が会見したとか、幕末には慶喜が常駐したとか俺でも知ってる歴史事件に満ちた場所である。大政奉還が告げられた大広間を覗き見たときにはさすがにおおおと声が出、興奮してMたちに解説してしまった。
(右)将軍居室だそうです。質素。
しかしこれが日本の覇王の出張城だったのだから、武士というのはストイックなライフを送っていたのだなあと思う。建物と絵や彫刻類にすごい金がかかっているのは明らかだが、どこを取っても居室と事務室と広間ばかりで、豪奢な家具とかパーティルームなんぞはないらしい。ここで営まれたであろう大名の常駐生活は、飯を食い書を読むくらいしかやることがなさそうである。
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しかしここの二の丸庭園は遮るものなき灼熱地獄だった。どこもかしこも白く明るく日陰がなく、陰影のある銀閣寺型日本庭園とはまるで違う。金満オヤジ錦鯉入り日本庭園の原型が徳川家のこれなんだろうなと思う。とにかく暑くて暑くて危険を感じ、全員途中で空調のある休憩所に逃げ込むと、そこの冷気は天国であった。
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その後に錦市場のアーケード街に行ったのだが、もうSHとMが暑さと疲れでダメとなり(アーケード自体は空調が効いて涼しかったのだが)、観光を中止して帰宅。ADは夕方憧れの会席料理を食べに行ったが、Mはそのまま体調を崩し晩飯も食わず、俺と萌は近所のピザ屋でまずくて高いピザを食うことになってしまった。ふう。やっぱ暑すぎるわ京都。
しかしこの暑いのに京都の街はすごい外国人比率である。特にフランス人が多い。うちが泊まってる家はフランス人の経営だし、二条城行きのバス乗り場で車椅子で困ってる人がいたので通訳を買って出たのだが、彼女と同伴者はフランス人だった。彼らは二条城内で後から追いついてきたのだが、この酷暑の二条城の庭すらも車椅子で散歩していたので驚いた。根性あるなー外国人ツーリスト。
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■12/08/20(月) □ 京都フードがはずれ続き
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本日は清水寺と三十三間堂。清水はいつ行ってもいいところで、三十三間堂のご本尊はすごかったが、とにかく暑すぎてミニマムな観光しかできない。朝早く出て最低限のものを見て、猛暑に疲れ午後は宿に戻り、ネットに張り付いて次の日の予定を立て周辺の食事処情報をさがすという日々。ふう。
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旅先で一番困るのはやはり今も昔も食べ物である。インターネット時代になってかえって情報過多で選択できない。それにたとえネットでよさそうな店が見つかったとしても、旅行者が腹が減ったタイミングでうまい塩梅にその店の近辺にいるなんてことはできんのである。
寺の周辺は土産物屋ばかりでうまいものなどなく、腹ペコで移動し暑さに負け手近なものを渋々食うという繰り返しになっている。今日の昼は祇園でバス停を降りその場にあった蕎麦屋となってしまった。値段も味も並だったが、信州から来て京都でそばを食っても仕方がない。もっとこうなんというか、ここを見てここで食えという決定版がほしい。イージー観光がしたい。
一番うまそうでカナダからの客人も食いたそうなのは実はデパ地下の食品売り場に出てるものなのだが、こういうのは出先で買っても食う場所がない。テーブルを置いてフードコートにしてくれたらいいのに。京ナスの漬物なんて試食すると超うまいんですけど。
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晩飯。酷暑の中寺だけ見て回るきつく単調な観光でうまいものが食えていないことに俺は責任を感じ、日が落ちてからもっと京都らしい古い町並みを見せうまいものを食わせたいのだがと誘ったが、SHが昼間の疲れから食事に出かけたくないという。あまりの暑さに足がむくんで痛いというのだ。
仕方がないので俺たち3人だけで祇園に向かう。はっきりとは覚えてないのだがこのあたりだろうと花見小路という道に入って行くと、そこがドンピシャで石畳の舞妓まちだった。これだこれだ。これをSHたちに見せたかったんだよ。昔「都をどり」を観劇した劇場も見つかった。なつかしいな。
ぐるっと散歩して河原町方面に戻り、うまそうなお好み焼き「壹錢洋食」を発見し食べる。ゴチャゴチャっと雑貨が並べられた店内で、オムレツとお好み焼きの中間みたいなものが出てきてなかなかうまい。こういう旅行をイメージしてたんだよな。ブラブラ歩いて、その土地の安くてうまいものを食って。しかし昼間は暑すぎてそううまくいかないわけである。四条の橋の夜景もいい感じだし。SHたちが明日の夜このあたりに来るようお薦めしよう。
食後周辺を歩いたのだが、どこもバー街とピンク街になってしまった。夜は観光客が歩く場所ではないのかもしれない。ここで土地カンのなさでこれ以上の探索は断念し、ケーキを頂いて帰路へ。
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■12/08/21(火) □ 旅はつらいけれども
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【京都最終日】本日は京都最終日、朝早く出て東寺の骨董朝市へ。市場は 10 数年前同様最高にたのしかったけれど、今日も極度に暑かった。帽子と濡れたてぬぐいで体を覆いこまめに休憩と水分を取りつつも、SHたちはお昼でリタイヤ。人生でこれ以上暑い思いはなかなかしないのではないかと思う。暑すぎて立ち止まり写真を撮ることすらできなかった。みな戦利品はそれなりで満足したけれど。
SHと萌はおみやげ用のキモノを買い、ADは筆で書かれた古い帳面のようなものを買ってきた。見てみると野菜○○銭、餅○個などと達筆な細筆で品目がぎっしり書かれており、明治時代の商店のツケ帳らしい。つまりこれは百年前の経理簿の一種だよと教えてやると、経理士のADはなんて完璧なおみやげを手に入れたんだ俺はと感動していた。たしかに(笑)。
Mは染物のきれいなのれん(新品)を値切り大量購入。俺は製作者のおっちゃんが自らたたき売りしていた和包丁を購入。これをカナダに密輸入しなければならない。
今日も飯ははずれで、熱暑と空腹でフラフラと東寺をさまよい出て、見える範囲にある食べ物屋はしょぼい蕎麦屋が1軒だけなのである。味も見た目通り。これほど観光客が空腹を抱えさまようロケーションになんで蕎麦屋1軒しかないのか、京都人の商売感覚が不思議だ。単に古い町ゆえに土地がなく、きれいでおいしい店を出せないのだろうか。
暑さでヘロヘロになったが昼飯で持ち直したので、宿に戻るSHたちをバス停まで送り、俺たち3人はもうひと頑張りしてマーケットに戻る。戻ったが午前中に目星をつけておいたものを購入するのが精一杯で、時間をかけ新しいものを探索するのはさすがに無理だった。そんなことをしたら倒れてしまいそうだった。
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そして、京都は今日が最終だからもう1件頑張ろうと俺たちは京都国立博物館へ向かう。特別展示「大出雲展」とあるので、神社の収蔵品かー、まあしかし国立なんだから常設展はそれなりのものがあるだろうと入ってみたら、出雲大社の収蔵品だけをぐるりと見せられ終わり。埴輪が想像よりでかいのには驚いたが、それ以外は何もなかった。えーこれだけ?? と、出口で全員口あんぐりである。
「ほんとにこれだけなの? イングランドのナショナルミュージアムは1日で見きれないくらいあって、全部無料だったよ」と言われるが、出口に来てしまったものはどうしようもない。俺たちにできるのは苦情を書くことだけだと、日英文併記で苦情アンケートを投函し出館。
これが県立で 500 円くらいだったらまあ許すが、国立で 1300 円でこの展示内容では、「国立」のバッジを頼りに酷暑の中バスを乗り継ぎやって来てロッカーに荷物まで預けてしまった気持ちも時間も労力も、報われるわけがない。
展示品がしょぼいのはまあ仕方がない。英国の博物館がすごいのは帝国時代に世界中からものを盗んできて返さず飾ってるからで、そんなのに張り合ってくれとは思わない。しかし国立なんだから安くはしてほしいし、展示品の説明にもっと頑張ってもらいたい。すべての展示品に基本的に「○○時代。○○で使われたらしい」としか書いてないのである。それ以外に外国人に対して訳せるような情報がない。これは不確定な情報を与えるわけにはいかないという学術的生真面目さからそうなってるのだろうが、しかしお客さんはそれじゃ白けるのである。たとえばあの銅鐸を1室に何十個も置いて「古墳時代。祭事に使われた」としか書いてないんだから、真面目もたいがいにせよとしか言いようがない。
博物館とはいえ客商売、展示は表現ではないか。古墳時代に祭事に使われたらしいとしかわからないなら、その利用想像図などを「想像」と明記してつければいいのである。日本はマンガの国なのだから、曲玉をつけた古代人が銅鐸を持って踊ってるみたいなマンガをつければいい。鑑賞者は古代のことを正確に知りたくて来てるわけじゃないのだ。なにか見るに値するものを見て、なるほどねと納得したいのである。
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夜、SHとADに祇園に行きなとお勧めするも、東寺の消耗で出かけられず、今夜も晩飯は宿で残り物をいただくことに。俺と萌は出かけて近所でカレーを食った。カレーはフツーにうまかったが、今回カナダ組はホテルの朝飯と料亭の会席以外食べ物全敗である。案内する身としては忸怩たる思いである。
うちの奥さんは京都が本当に好きで、ここに住みたいという。俺も春に来たときはそう思ったが夏は過酷だ。夏の京都は猛暑と湿気とスコールの完全なる熱帯だ。よくこの気候で寺が何百年も持つものだ。
しかし「こんな真夏に寺を巡ったり炎天下の路肩を延々と歩くのは自分たちがツーリストだからで、京都に住んでいたらこんな過酷な日々を送るわけがない。だから大丈夫」と彼女はいう。なるほど。
じっさい旅というのは、住むことに比べたらずっとタイヘンなことなのであるよな。お金もかかるし体力気力もいる。どうしたら安価にラクに最善な行動をできるかは、そこに住んでいないとわからないのである。旅はタイヘンだ。オースザンナ、泣くじゃない。旅はつらいけれども、泣くじゃない。すごい景色や物や人を見られることだけが、その労を癒してくれる。
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というわけで、カナダ家族を引き連れての旅・京都編は本日で終了。いくらネットが発達しても、動くのは人間なんだから旅はそんなにラクにはならないなと思い知る旅であった。明日からはおばあちゃんちでまたのんびりさせてもらいます。
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