2026/09/22

【2026イングランド旅行記(終)】追憶の1993年旅とすばらしき英国のトトロ

「大英博物館と追憶の1993年英国旅行」「冬のニューマーケット競馬場」「雨のテートモダン美術館」「すばらしき英国のトトロ」「さらば麗しのイングランド」

■6月11日     大英博物館と追憶の1993年英国旅

本日は大英博物館。見たいものは見当ついてるので、午前中はゆっくりコベントガーデンを歩いた。博物館にばかりこもり、ロンドンタウンを歩いたのがこれが初めてであった。イングランドはどこを見ても美麗ですねえ。街の光と空気が、俺のカメラできれいに写し取られている。


「英国で人気のKatsuカレー」というものを話の種に食べた。カツじゃなく『蒸しチキンが数片乗った、薄味カレー風味の豆ご飯』だった。うまくはないが豆なので、問題なく食べられた。

そして【大英博物館】へ。「アッシリアの人頭有翼像」に圧倒される。俺は巨石文明に弱い。大きさと重さの畏敬に打たれてしまう。子供の頃読んだ『三つ目がとおる』にもマヤの巨石文明が描かれていた気がする。

回廊の最後にあるもう一つの人頭有翼像。これが最大で一番すごかったな。しかしよく見るとどちらの像も上下にカットされていた。あんな巨大神物をカットしてまで収奪してくるんだから、当時の英国の不遜さはトランプ並みだなと重い気持ちも湧く。現地には人足代しか払わなかったそうだ。

 

ミツビシ寄贈という日本のフロアが予想外によかった。あれは日本の威信と公費をかけて、クールジャパン政策の一環で展示に力を入れてるんだろうと思ったが、ミツビシがメセナ活動として頑張ってるとのこと。えらい。メセナ活動なんて言葉は30年ぶりに聞いた。日本国内の経済はそれどころじゃないので。

少なくとも同型土器が数十並んでいた京都国立博物館や、考古学・歴史的価値の高いものの所蔵がメインである東京国立博物館より、文化的なものを並べたこちらのほうが外国人にはずっと面白いだろう。一番上の階なのに若いお客が多かった。日本のインバウンドへの導線にも確実になっている。

事前にプランした1階の巨大物、2階のマヤその他、3階の韓国、日本フロアを見終えると、大英博物館は意外ともう見たいものがないなと感じた。少なくとも、見れども見れども終わらないV&Aのような途方もなさはない。

俺たちは1993年、知り合って最初の旅でアテネ・パルテノン神殿に行ったので、ギリシャの彫像の破片たちは見なくてもいい。彫像より神殿本体のほうがはるかにすごい。

その旅のロンドン編で大英博物館もすでに来ており、ミイラなどはもう一度見たいとも思わない。なのであの透過光美しいホールでの軽食時間コミ3時間ほどで、サクッと終了した。

V&Aの方が見るもの無尽蔵でカオスで面白かったのもあるし、もう博物館見すぎて俺たちが消耗してたのもある。あとから思えば日程限られた旅で、あんなに博物館ばかり行かず、もっとロンドンを歩けばよかった。V&Aもナショナル・ギャラリーも最高すぎたが、大英はパスしてもよかったのである。

        ◇    ◇    ◇

【追憶の1993年英国旅行】

あの1993年の旅で滞在したロンドンの友人アパートは、あれはどのあたりだったんだろうとMと話す。二人とも全く覚えていない。

「Oxford Street沿いに高級スーパー・マークス&スペンサーがあった。ハイドパークまで徒歩圏内だったかも」とMはいう。この記憶と93年という年度でAIに調べてもらうと、173 Oxford StreetのM&Sでしょうと出た。――カルチャーの町ソーホーじゃん! そういえばフーやボウイが出たロックの殿堂マーキークラブに連れてってもらったわ! すごいところに泊まってたんだな。

そんな良い場所に、若者たちがシェアする大きなフラットがあったんだ。昔だなあ。今なら到底無理だろう。英豪日本の若者が住むロンドンの巨大フラットに、遠く日本から来た日本とカナダの恋人たちが滞在するなんて、青春映画みたいな話だ。

泊めてもらった家のギターでデビッドボウイなど英国ロックを弾くとすごくウケて、楽しかった。俺は初めての海外で、ローマ、アテネとカルチャーショックに打ちひしがれていたのだが、イギリスに来ればやっぱり俺のギターも英語も通じるじゃんと気持ちが明るくなった。あの旅はその後の、どこに住み誰と会っても俺は俺でいられる人生につながっている。

今思えばナショナル・ギャラリーが徒歩圏内というロケーションに泊まっていながら、そのありがたみは分かっていなかった。行った施設は大英博物館、ウェストミンスター、ハイドパークくらいだ。どこもなるほど素敵だねくらいな感じで、今回の旅ほど観光の記憶は残っていない。若く、バカであった。

情報もなかったのだ。昔は紙の地図すら持たず、俺は日本語版、Mは英語版の「地球の歩き方・ヨーロッパ」を携え、そのロンドン編についてる小さな市街図を頼りに歩いてたんだよな。信じられない心細さだ。

当時は今よりも旅行者には物騒なことも多い時代だった。ローマではジプシーの子供たちに取り囲まれるスリ被害にも遭ったし(ポケット空っぽで無事)、アテネではコーラで100ドル取られるボッタクリ詐欺にも遭った(警察を引き連れ乗り込み取り返す)。ロンドンの空港には、機関銃を持つ警官が立っていた。93年はIRAテロのさなかだったのだ。

   ◇    ◇    ◇

【冬のニューマーケット競馬場】

ロンドン友人宅で数日過ごしたあと、競馬好きな俺のために競走馬の聖地ニューマーケットへ行ってみようとなり、今思うと信じられないが、宿も取らずに列車に乗った。バックパッカーが海外で宿を調べて取る方法など、当時はなかったのかもしれない。

ニューマーケット駅前通り。今もなにもない。
ニューマーケットの駅に着くとすでに夜、そこは駅舎もない露天の無人駅で、駅前に町はなく真っ暗だった。小雨も降っており、一体どうすればいいのかと途方に暮れた。

とにかく明かりのある方向へと歩いていくとやっと町が見えてきて、そこにあった最初のホテルで幸いにも宿が取れた。助かったと心底思った。

夜が明けて町に行くと、競馬のオフシーズンは競馬博物館すら閉まっていた。冬に観光客など来る町ではなく、そんなことも知らずに来てたのだ。あの頃を思い出すと、how stunned we were (なんてアホだったの)と俺たちは笑ってしまう。

散歩以外何もすることがない。散歩して、カフェの紅茶で温まってはまた散歩した。しかしあのニューマーケットの丘を見られたのは本当によかったな。競馬雑誌によく載っていたあの丘を、競走馬と調教騎手たちがテクテクと降りてくる様子をゆっくりと眺めた。美しかった。あれは93年英国旅のハイライトだった。


ロンドンの友人アパートに戻り、その年のクリスマスを迎えた。ツリーがないねと大きなクラフト紙を買ってきて、豪日カップルと4人でツリーを作った。その写真が残っている。壁のポスターと安いソファの横に、手作りのツリーが立っている。Mも俺も子供のように若い。

ピカデリーサーカスでMが俺に飛び乗っている写真もある。この写真やペーパーツリーの画像が手元にあるのは、娘が古いアルバムから見つけて興奮し、スマホで撮影して送ってくれたからだ。若いバックパッカーたちの、あの冬のロンドンの空気が写っている。

■6月12日          雨のテートモダン美術館

【英国観光最終日】英国旅の最後は、ロングランヒット中の舞台版『となりのトトロ』が締めのイベントとなった。

最終日なので時間までできるだけの観光をしようと、朝は雨の中テムズ河畔を歩き、「元発電所の圧倒的な建物でピカソやダリを」とGEMINIにおすすめされたテート・モダン美術館へ。

しかしここはどうということはなかった。元発電所といえど中にタービンが残ってるわけではなく、ただがらんどうの大きな建物で、内装外装とも古くもない。俺が警備員として守っていた調布基地の廃ボイラー工場や立川基地の廃工場のほうが、禍々しい機器補機が残っていてはるかにすごかった。

「追憶の調布関東村(1990)」

テートモダンでは、80年代を思い出させる、既視感に満ちたポップアートの巨匠リキテンシュタイン・ルームが一番よかった。この部屋に入ったとき、あの時代のポップアートへの郷愁が俺の中に眠っていたことを知った。マンガのスクリーントーンを巨大化したような、インクと紙の時代の質感。雑誌『宝島』の時代。イイ。もっと壁一面にたくさん貼っておいてほしかったが。

他の抽象作品はロンドンだから特別にすごいということもなく、良いものはよい、そうでないものはそれなりにという感じで、1時間でサクッと切り上げる。俺たちは古典が揃い『オフィーリア』があるという、テート・ブリテン美術館のほうに行くべきだったのかもしれない。

そして歩道橋ミレニアムブリッジを渡り、ウェストエンドのシアターに向かう。どこを眺めても面白い町だよね。やっぱりもっとロンドンを歩くべきだった――旅の終わりに何度もそう思った。

劇場が立ち並ぶウェストエンドに入ると、人々が上を見上げているのに出会った。何があるのかと聞くとここはロンドンオペラ座で、ワールドカップ開幕を祝い2階のデッキにオペラ歌手たちが出てきて歌うのだそうだ。そんなハプニングにたまたま通りかかるなんて、さすがビートルズの屋上コンサートの町ロンドンである。それは見たいものだと20分ほど待ったが、始まらずあきらめて劇場へ。


■6月12日          すばらしき英国のトトロ

Mが渡英前に発見して絶対行くわよと盛り上がり、俺は写真を見て(えー大人がサツキとメイをやるの?…)と非常に懐疑的だったのだが、いやスイマセンでした。良かった! 

トトロのストーリーとキャラはやはり一級品で、イイとしか言いようがない。それを余さず舞台で再現するアイデアが素晴らしかった。

マックロクロスケの逃亡、トトロの発見、雨だれが落ちてくる様子、種が発芽して森になるシーンなどなど。誰もが知るそれらの名シーンをどう表現するのかと待ち構えていると、予想以上の大仕掛けだったり、予想を裏切る工夫だけでシンプルに表現したりする。その一つ一つになるほどこう来たかと、よく知る古典を新作で味わう良さがある。再現してなかったのは入浴シーンくらいかも。 

ストーリーを完璧に追いつつ、台詞と演技で皆のキャラがアニメより膨んでいるのがまたイイ。ハキハキの北部英国アクセントで話すサツキは愛らしくポジティブで、メイはオリジナルより若干moreワガママになっている。カンタはサツキと仲良くなりたいと鶏たちと相談する。全員原作を損ねない範囲でアニメより一言多くワンキャラ余分に載っており、「メイのバカ、stupid Mei!」と日本語セリフも随所に挟まれ、海外でリライトされた物語として味わいを増している。

出演者は全員大人だがこのキャラの膨らみもあって、俺が心配してた大人が子供のフリをしている茶番感はない。英国らしさのちゃんとある「となりのトトロ」になっていた。

音楽は久石譲監修らしく期待してたのだが、ここは実は味気なかった。何年ものロングランゆえか楽団の演奏と音のミックスが洗練されすぎて、舞台上に楽隊は見えるのにスタジオ録音にしか聞こえない。どれだけ楽団員に目を凝らし耳を澄ませても生音が聞き取れず、まるで劇伴のクチパク演奏みたいであった。芝居そのものは十分に楽しみつつ、音にライブ感がないと名曲が流れてきても、不思議なほど音楽の感動スイッチは入らないものだなと俺は思っていた。

 

俺はけなげなサツキの声が好きで、アニメを見るたびに目頭熱くなる。「どうしたらいいのか分からないの!」で毎回じわっとなる。この舞台のサツキの声にも泣かされた。

後半はメイやトトロの名を叫ぶサツキの声に胸かきむしられ、ハンカチで涙を拭いながら見ていた。恥ずかしいので横は見なかったが、Mも泣いていたそうだ。大満足である。拍手。

涙を拭いて写真を撮り、ムスメに送った。「いや、素晴らしかったよ。大人がサツキー? と疑った私が間違っていた🙂」。


■6月12日               さらば麗しのイングランド

本日帰国便。荷造りを終え、フーとホテルチェックアウトまで過ごしているところ。自宅の家事や猫の世話などやりたいことがたくさんあって、旅の終わりにほっとしている。イングランドは美しい国だった。どこを歩いても絵になる。しかし、何をするにもお金がかかる国でもあった。もしお金の心配がなければ、まだまだ見たい場所は尽きなかっただろう。

この駅で足止めくらったのだと写真を撮る


初日に運転停止という大トラブルを起こしたピカデリー線に、再び乗って空港へ向かう。長い旅だった。英国人は旅行好きで、カナダにも日本にもよく来るが、こんなイントレスティングな国なら国内旅行だけで一生楽しめるだろう。そこは日本みたいでもある。古い国はどこへ行ってもなにかがあり、旅行が楽しいのだ。カナダは田舎に行くと自然しかない。

ヒースロー空港でデビッド・ホックニーの訃報を見かけ、そういえばホックニーはどこの美術館にもなかったなと思った。現代美術のテートモダンも展示は薄くて。――あ、そうか、英国作家の作品は英国作家美術館テートブリテンにあったのか! あああああ…後悔。

お疲れ様でした。楽しく充実した旅だった。さらば麗しの国、イングランドよ。


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