2014/10/14

日記「人生までも連れてって(マッサン)」

「『マッサン』の日々が始まる」「想像の翼」「ゴーストだったドレスコーズ」「漕艇写真コンテスト」

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■14/09/28(日) □ 「マッサン」の日々が始まる
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 嵐の秋に備え、こないだあふれたフロントドライブウェイ・サンプの詰まりを本格的に掃除する。掃除をまめにしている限り流水量は大丈夫だと思う。こないだの爆発的雨のときは隣家のドライブウェイはやはり排水できず、20cm もオーバーフローしてたそうだ。非常時用に小さな予備ポンプを買っておくべきかもしれない。

 そして午後は屋根と雨樋掃除。よく働いた。よし。嵐の季節への準備はできた。



新朝ドラ【マッサン】が始まる。マッサンがエリーに広島弁で喋るというのが無理あるが(外国人は方言わからんだろう)、見知らぬ国での冒険にキョロキョロとするエリーが愛らしくて満足。

 シャーロットさんは「マサハルの家どこ?」といった台詞と一緒に体や視線がいつもひらひらと演技をしている。俺が一度だけ見てその妙味をたちまち理解したミュージカルの役者さんたちと同じで、小鳥のような可憐さでとてもよろしい。台詞がなくても彼女の気持ちが動いてることがどんどん伝わってくる。朝ドラの明治大正はそれが合う舞台なのだと思う。

 日本語がわからず困惑するエリーが気の毒で、ついていって俺が通訳してやりたくなる。実際日本人は外国人がわからなそうな言葉は避けて喋るし、日本語会話から置いてかれちゃってるなと思うとすぐに気づいて概要を教えてあげる傾向がある。これは日本人の美点だと思うので、史実ではあっただろうそうした政春の気遣いも描いてほしいところ。

 あと予告編でみた First whiskey! In Japan! という政春の英語芝居がカッコ良かったし全部ちゃんと喋ってるのに、字幕じゃなくボイスオーバーとなってたのが残念。これはお年寄り対策らしいのだが、そのためにクオリティを落としてほしくはない。


 その予告編【マッサン 50 ボイス】でのシャーロットさんの言葉が印象的だった。「家族から離れるのが怖かったし…それに怖かったのは…ほら…『失敗』ね。でも人生はアドベンチャーだから」と声が震えていた。日本中の朝を楽しくもがっかりもさせる、重大な役目なのだとわかっているんだろうね。

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■14/09/29(月) □ 想像の翼
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 昼前から雨が降り始め、午後には本降りとなる。昨日頑張って水回りを万全にしておいてよかった。

 【マッサン】エリーの英語には聞き取りづらい音が入っていて、あれはアメリカ人のシャーロットさんがスコットランド訛りをやってるのだと思う。米加人が英国ナマリを出すのは玉山鉄二が広島弁をやるよりずっと難しいだろうし、彼女は日本語もきれいなので耳と口がすごく利く人なんだろう。

 日英混じりドラマでは「このくらいの流暢さのヒトがこんな語彙を知ってるわけがない」というアラが日英とも必ずあるのだが(子供の日本語教育に苦労してるのでよくわかる)、 「マッサン」はそれが少ない。シャーロットさんに無理を強いずていねいに手を抜かず作っているのがわかる。逆にマッサンの英語は音が怪しくてもパッションと仕草で通じる。そこがいいよね。

 シャーロットさんの英語インタビューをちらと読んだのだが、「玉山さんと私の演技手法はまったく違う。しかしどちらが優れているということはなく、どちらも Work する(うまくいく)のです」と言っていた。やはり違いが見えている。それを合わせようとする技量と度量がある人なのだろう。俺はあまり関連記事で彼女の来歴等を調べたりせず、想像の翼を広げて楽しんでいる。

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■14/09/30(火) □ ゴーストだったドレスコーズ
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 ブルーハーツが出てきたとき日本唱歌的な単純メロディと情緒とドライさが入り交じるデスマス歌詞が画期的だと思ったし、ヒロトの無軌道なアクションにもニコニコさせられたが、以後のフォロワー的バンドはそこから画期性を抜き、音楽的ノーアイデアの補填に熱さをどくどく使用するものばかりだす。

 モンゴル 800 なんてギターを抱いたキロロであってロックですらないし、NHK MJ に出てくる若手バンドは皆そうした「みんな共感してくれ俺もするから!」てな熱さ原理主義で、どうぞ学園祭で骨まで燃え尽きてくれたらいい。


【ドレスコーズ/Ghost 】

 が、MJ でそういうバンドのあとに出た変な見た目のバンド「ドレスコーズ」が超よかった。 「そうさぼくはゴースト。生きてるみたいでしょ。でも心はもう死んでいるんだよ。君にすればもういてもいなくても同じ」――こういうのがロックだよな。絶望が音と言葉に向かっていってよかったと思えるような、そういうものが。

 「恋人がいなくなって、もう生きてる意味ないじゃん…っていう曲」と彼は紹介していた(笑)。音も声もメロディもすごくいい。「みんな共感してくれー」的な音楽をやってる連中はこれを聞いて絶望すべきである。

 ドレスコーズのファンのツイッターを見つけ、彼女のところからあちこちのリンクに飛び何曲も聞き、インタビューも読んでいいぞいいぞと盛り上がったところで、すでにバンドが解体しているという衝撃の事実を知った。俺は昨日 NHK 国際でドレスコーズを初めて見たのに、その番組の収録が最後だったようだ(ボーカルの志摩が単独で活動していくらしい)。あれはゴーストだったのか。生きてるみたいだったよ。ツイッターでおすすめされ気に入ったフジファブリックのボーカルがすでに亡くなっていたのに続く悲しき出会いであった。



 海外に住んでいて NHK 国際しかソースがない状態でもこうしていいバンドが耳に飛び込んでくるんだから、日本のロックは豊かである。自分の娘が聞いているイヤホンからシャカシャカと漏れ聞こえてくる米カ音楽の単調さには、彼女の音楽の空が暗く低くなっていく思いがする。

 音楽だけではなく書物や他の趣味にしても、手のひらのガジェットで Youtube から好きなものだけ吸い出して消費している今の子供らの摂取しているものは、俺の中高時代よりも貧しい。映画化されるようなベストセラーしか読んでいないし大ヒット映画しか見ない。見知らぬティーンが作った馬鹿ビデオなんかをジャンクフードとして大量に消費している。萌の年頃なら俺は本と音楽の虫だったぜ。昔は誰だってそうだったろう。マンガさえ読んでないのだから、現代北米ティーンの民度たるやなんともはやである。

 ネットで何でも手に入るが、新規に探さずとも大好物が常時手に入るので結局それしか食べなくなっちゃう。それが今の子供の文化摂取スタイルなんだと思う。お母さんにプッシュしてもらってせめて本だけでも、もうちと頭を使うものを読ませたい。

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 【マッサン】打ち水でお父さんに水をかけたりするベタなところが、外国人に見せるには恥ずかしい朝ドラスタイル(笑)。しかし喋る日本語に本当に魅力があるし、素で笑い顔が出るところがシャーロットさん素晴らしい。その笑いをカットしない現場もいい。あの笑い顔がベタさを変えて行ってくれるかもしれない。

 怒られるに決まってるのに法事の際中に嫁とひそひそ話して笑っちゃうあたり、マッサンはゆるくて明るくエリーに好かれるのもわかる。スコットランドで同様の苦難を経ていてもまだ二人は笑うことができる。お母ちゃんがつらく当たる意味もわかるでしょう。だからあんまりくよくよしないでね。両方ダメかと思うと落ち込むが、あっちもダメだったからイコールねと思えば気持ちは軽くなる。

 俺が見ている NHK ドラマに外国人が出ていることにMが気づき、どんな話なのかと聞く。「外国人の妻が明治の日本に来て、コンサバティブな家族と文化の違いに苦労しつつも夫のウィスキー製造を助けるというお話。クリシェ(ベタ)だがとてもチャーミング。何が話されてるかわからぬ妻のために通訳したくなるよ」と話す。「それは身にしみるわね。あなたの家族はコンサバティブじゃなかったけど、怖いオジサンがいたわよね(笑)」。

 エリー政春がああしてドタバタと失敗をする姿を見ていると、どうしたってMと日本で暮らしていた頃をなつかしく思い出す。外国人はその国の作法を習うのは楽しいことなんだよね。クリシェに満ちているのでMに見せるのはためらわれるが(そういうシーンはシャーロットさんに対してもどうも日本 TV はクリシェ多めですんませんねえ的な気持ちをやや感じる)、なにかいいシーンがあったら見せてやろうかなと思う。

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■14/10/02(木) □ 漕艇写真コンテスト
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 うちの奥様は漕艇という珍しいスポーツをやってるのだが(レガッタ的な超細長で浅い、漕いでないと不安定でヘタすると転覆するという滅茶苦茶ストイックなボート)、BC の漕艇協会が写真コンテストを開催したので張り切って応募した。数枚送った中でこの「霧の朝」はたしかに美しい。行けるかもしれぬ。

惜しむらくは防水コンデジで撮った写真なので、拡大すると画質が悪い。「賞的にはそこが脚を引っ張るかも…やはり一眼でないと…」と講釈すると、「誰がそんなものをあの霧の海に持って行けるか」と笑われた。なるほど。


(後日)この2枚のどちらとも違う写真がなぜかMの候補写真とされ、得票が集まらなかった。この2枚のいずれかならもっと票が取れたと思う。残念。

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 【マッサン】「私に怒鳴らないで!」と初めてエリーがピシャリと英語で言う。彼女が英語を話すとほっとする。視聴者のためとはいえエリーが政春に英語を話さないのは明らかに不自然なので、シャーロットさんのストレス解放のためにも英語の台詞を増やしてほしいと思う。

 まだ4日しか見てないのに親子の相撲ですでにジワジワと来てしまった。海を渡ってきた花嫁とそれを守りたくてもがく純なバカ息子というのが、もうそれだけでジワジワを含んでいるのかな。許していることを相撲で伝える父と土下座して否定せざるを得ない母というのも、ジワジワを含んでいる。

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■14/10/03(金) □ 人生までも連れ去って
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昨夜シャーロットさんのツイッターアカウントが見つかりさかのぼって読んでみたら、去年までは舞台の告知等を静かにポツポツと呟いていたのが、3月に突如日本ライフが始まり桜咲き、役者人生がめまぐるしく変転した様子がよく分かる。

 日本の春を楽しみ、食生活の変化から貧血になりお医者に優しくされ感激したり、コインの判別に苦しんだり、ルードそうな弟がはるばる滞在しにきてくれて超喜んだり。「聡明だけど異文化ゆえにドタバタ」な外国人を素でやっておられる。見たままの柔らかなお人柄なのが忍ばれます。

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 【マッサン】広島を去ろうとするエリーを政春が止める。いいからもうマサハルはエリーとは英語で話せ(笑)。「イエスといってくれるなら僕は…永久にここに住む! 一緒に歳を取りたいんだ!」と湖畔でエリーを泣かせたのに、日本語じゃ「亭主関白じゃ俺の言うことを聞けガー!」になっちゃう。日本語じゃロマンチックなことを言えんのだ。まあわかるが。

西洋から来たエリー(時代&地域的に「赤毛のアン」のプリンスエドワード島のマリラたちと同時代の合理性と強さを持っていると思う)にとっては、母親の反対をごまかしたことやこういうアホさは「?」なところがあると思う。しかし「なんでなんにも言ってくれんのォ」と父に泣き、「わしのそばにおってくれ」と妻に泣き、やがてエリーを抱きすくめその名をただ吠える政春のその子供みたいな直情ぶりを、彼女は愛さずにいられないのだろう。

 政春の握った手にエリーが与えたキスは、子供のすりむき傷にする母のキスのようだった。天を仰いでの「はい」は、すべてをいったん受け入れよう、彼を愛してるのだからという儀式に見えた。We can work it out、きっとなんとかなるわとあの仕草は言っていた。

 プリンスエドワード島の隣はちなみに「新たなるスコットランド」という名を持つ州で、アンはそこで生まれたのだ。マシューたちはスコットランド移民2世らしい。「赤毛のアン」と「花子とアン」はまったくつながっていなかったが、この物語はつながっている。そう感じさせるものがあると皆がささやき合っている。



 今日の「#エリーかわいいよエリー」は、彼女が窓を見上げ「蛍の光」を歌うところだった。声がかすれていたのは、飛び出た家から政春の宿舎まで泣きながら歩いた後だったんだろう。そして自分がこれを言っているのが信じられない、マサハルは信じられる? という表情で彼女は言った。「私を日本に連れてって」。

Take my hand, take my whole life too
この手を離さないで。人生までも連れてって
For I can't help falling in love with you
あなたを好きにならずにいられないのだから



(Presley /UB40 - Can't Help Falling In Love)

 Mと出会った頃、彼女の残り僅かな日本の日々を一緒に過ごしながらこの歌を何度も聴いた。この手を離さないで。人生までも連れてって…。俺はどうしたらいいんだろうといくら考えても答えが出なかった。あれも日に日に冷えていく秋の頃だった。

2014/10/04

日記「ビートルズセッション」

「グレン・グールド」「ティーンのコンピュータ知識」「新学期はじまる」「バカ雨の季節」「『マッサン』への期待」

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■14/09/14(日) □ グレン・グールド
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 階下のM母が大音量でクラシックピアノのソロ曲を聴いており、なんだか全然わからないがめっちゃいいなと思って誰かと聞くと「グレン・グールドのバッハよ」という。グレン・グールドって名前は聞いたことあるなと調べたら、カナダの生んだ天才ピアニストだった。すごくパンクなピアニストだったらしい。うわ、かっこよろしい。

 ウィキによれば彼は「音色の興味に訴えるよりも音楽の構造から生み出される美」を追求していたらしい。この音を聞けばなるほどと思うな。昨日日本語TVで9mmパラベラムバレットというバンドを見て、この人らは音の感じ方が俺とは違うんだろうなと思ったが、そういう感じはある。

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 夕方ガスを入れに行き、夕暮れの街を SIGMA で撮る。久々の SIGMA 19mm は距離が短くて心もとないが、やはり撮るといい絵が出る。



 SIGMA をつけていれば俺のカメラでのベスト画質がいつでも手に入るのだが、今は 40mm-70mm くらいの距離の人々を撮りたいんだよな。なんせ俺が一番多く写真を撮るのが、信号待ちのときだから(笑)。左は 40-150mm の 70mm、右は標準ズーム 42mm をデジタルテレコンで2倍にしたもの。この距離がほしいのだ。つまり換算 150mm あたりの。

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■14/09/17(水) □ ティーンのコンピュータ知識
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 iOS8 にアップデートした萌が「写真がほとんど消えた」と号泣。げげ。だからバックアップしてからやれと…しかしいくらなんでも OS がユーザーデータを消す理由がない、どこかにあるだろうと写真アプリ内を探したらあった。デフォルトで表示される「アルバム」では「Recent(最近)」というフィルタがかかり、古い写真が見えなくなっていただけだった。

 iOS は音楽もそうで、ファイル名一覧ではなくこの「ライブラリ」「アルバム」というものを見せたがる。萌はその「アルバム」内におり、そこでは古い写真がフィルタアウトされた「Recent」しか存在せず、大事な古い写真が消えたと萌はパニックになったわけである。その目隠しされた状態の「アルバム」から一歩外に出ると、古い写真が見つかった。

 つまりストレージに存在する写真を全表示する「ALL」というアルバムを iOS が用意しデフォルトにしとけば混乱はなかったのである。そういう気遣いなしに UI を変えたせいで、iPod を使って2年のユーザーが号泣したということは報告しておきたい。Google とアップルはなんでも勝手にやり過ぎる。



 自分はなんでもわかってると思っているティーンは親が iPod のことに口出しすると嫌がるのだが、実のところフィルタとかファイルシステムとか帯域幅といったコンピュータの基礎概念はわかっていない。だからこういうときにパニックになるし、友だちにビデオを見せるといって1ギガの動画をメールで送ったりして、家全体のネットをその間数時間遅くしたりする。動画は圧縮するとか、ちょっと学校でこのへんの基礎を教えてもらいたい。

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■14/09/22(月) □ 新学期はじまる
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 BC 州は教職組合が夏休みをはさんで都合5週間もの長期ストライキを打っていて、今日ようやく萌高校の新学期が始まった。萌の希望で学区外の遠い高校になったのでこれから帰路の半分はバス通学になる予定なのだが(行きはMが通勤途中に置いていける)、学割定期を調べてみるとけっこう高い。電話代よりも高い。定期よりチケットのほうが安く上がる。どうせバスターミナルまでは迎えに行くのでもうひと足伸ばして山の上の学校まで行っても俺の手間はさほど変わらんのだが、まあガス代がかかるので金の節約にはならんか。いずれにせよ不便なところにある学校である。むろんフランス語科だから遠路はるばるまで行かねばならんわけだが。

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 始業から帰った萌をピックアップして買い物へ。学区外からの特例入学だった関係でアート科目は希望の写真科に入れず陶芸科になったとのこと。まあ写真が好きって言っても最近は PEN など触らず iPod でしか写真を撮ってないわけで、楽してアートっぽいものがすぐ出来るカメラよりは手を動かし作る陶芸のほうがためになるとは思うけど(笑)。

 しかし時間割が判明し、えらいバランスが悪いので本人ともども驚いている。社会、アート、英語、数学という同じ科目を週を通して毎日やるんだそうだ。これが前期で、後期は体育、科学、情報、その他を毎日やり1年が終わるという。つまり前期は体育がなく、後期は毎日走るですよ。なにこれ

 このバランスの悪さは一体何なのかと驚くが、途切れることなく同じ学科を集中してやったほうが生産的であるという教育メソッドで、カナダでは一般的なんだそうだ。しかし飽きるだろう。マンネリ化するだろう。社会と英語と数学が嫌いな生徒は前期死にたくなるだろう。そういう問題は生じないの?



 新学期でいろいろとあるので萌が珍しくよく報告してくれるのだが、スポーツの交流戦等でライバルだったムスメ中キッズと V 中キッズは折り合いが悪く、あちこちで火花が散っている模様。ムスメたちがはしゃいでると V 中の連中が舌打ちして通るのだそうだ。おおアメリカの学園ドラマっぽい。

 この学科のアンバランスさやそうしたヒューマンリレーションのあれやこれやが入り混じり娘たちはストレスを感じているようで、「家に帰るとほっとする」などと殊勝なことを言っていた。まあ最初だけだろうそんなの。俺だって高校に入った頃気に食わなかったやつと、しばらくしたらバンドやってたよ。

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■14/09/24(水) □ バカ雨の季節
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 ドライすぎた夏が終わったと思ったら突然記録的な土砂降りとなり、家のまわりじゅうに水が溢れ出した。このまま放置して浸水してからでは遅いので、まず裏の排水ポンプを確認し、雨樋があふれて壁際に大量の水がダダダと落ちている箇所に波板を置いて水を芝まで誘導し、デッキ雨樋の詰まりを直し(リスのせいで栗のカラが大量にたまっていた)、最後にあふれ始めたフロントドライブウェイの排水口を直す。

 排水口があふれているということはフロントのポンプが機能してないかポンプまでの通路が詰まっているかなのでまずポンプをチェック。水量は通常通りで機能している。ならば詰まっているのだと棒を持ってきて排水管内をガシガシ突付くとすーっと水が引いていった。助かった。大雨の中1時間の作業であった。すでに全身ずぶ濡れ。

 夏前に掃除はしたのだが、こんなに早く水流が劣化するとは。これはなんとかせんとならんなあと憂鬱な気持ち。まずはドライブウェイ排水口に入る小さめの予備ポンプを買うのがフェイルセーフ策として吉かもしれない。

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■14/09/25(木) □ 「マッサン」への期待
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 【花子とアン】「赤毛のアン」出版にまつわるシーンで学者の茂木さんが出てきて台詞を棒読みし、ツイッターが失笑の嵐となる。この物語の一貫したテーマは「棒読み」だったな。役者たちがどれだけ心傾けようと、「花子とアン」にまつわる部分は脚本家によってあらかじめ一貫して棒読みされていた。その象徴として帝大生龍一と茂木さんが起用されたという(笑)。

 脚本家は「蓮子とデン」に惹かれ花子に興味を感じず、「花子とアン」を書くのにほとほと飽きてたんだろう。だとしても客が入ってるのにこの手抜きはないだろうと、蓮子の駆け落ちからあとの話には呆れていた。恋も争いも戦争さえもこの物語では、花子の横をそよ風のように通り過ぎていっただけだった。脚本家に人気があればこんなことが許されるんだから日本の TV 界隈は馬鹿ばかしい。視聴者の時間と楽しみをなんだと思っているんだ。

 花子が何をした人なのかをこの物語はついに描かないまま終わってしまった。何かが作り上げられるその様子こそがドラマチックなのにね。

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 そして次の朝ドラ「マッサン」の予告を見る。マッサンもエリーも相手の母語が棒読みにならないセンスを持ち、身のこなしや表情や声に役者を見ることのプレジャーが宿っている。そして何かを成し遂げることの喜びがしたたり落ちそうな物語の背景と、俳優陣の強烈なユーモアと。これはすでにサイコーな予感が。「あまちゃん」と同じ、これまで長いこと辛抱いるもの見せてすいませんでした的ワンダーになる予感が :-)。

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■14/09/27(土) □ ビートルズセッション
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 パーティに行く萌を SR 家で降ろし、晴れたので俺は自転車に乗りポートムーディの公園で写真を撮る。ここは自転車ロードではなく散歩の人が多くて走りにくく、景色も美しいが写真を撮るような景色ではない。それでもまあいい景色が目に入るとキッと止めて撮る。最近つけたハンドストラップのおかげでカメラが安定し、ブレないのでありがたい。

 今日の発見は初めてやってみたカメラの肩掛けスタイルが優れているということで、公園を歩きながらおっと思ったらカメラを構え即撮れるのは素晴らしい。バッグにカメラを入れていたら間に合わなかったシャッターチャンスをゲットできる。加えて肩からカメラでストラップのテンションが取れるので、ブレにも強くなる。首からぶら下げはどうしてもカメラおやじっぽくなる…というかそうであることがバレてしまうので避けたいが、肩掛けならバレにくいはずだし。



 夜恒例ケルト音楽同好会の夕べに参加し、例によって知らないケルト曲を耳で追いかけコードを拾いつつアコギでガツガツと伴奏する。気難しそうなピアノ奥様がチラチラ見てるので俺のロック式コードストロークが耳障りなのかなとチト心配したのだが、あとで「ギターのおかげでリズムがすごく出てたわ」と褒められた。ヨシ。



 で会がはけたあと、集った中で唯一俺と同じくケルト曲を知らないロック系ギターの R 氏とジャムセッションした。彼はとてもうまくて変則チューニングでツェッペリンの難解曲が弾けるのだが、人間が歌えるフツーの曲をからきし知らない。イエスの「ラウンドアバウト」とか「ムードフォーアデイ」も弾いてた。パーティなのにそんなの誰も歌えないし俺も合わせて弾きようがないって(笑)。

 なので「こうでこうでこうね、OK レッツゴー!」と客を飽きさせないために1曲 30 秒でコードを教え、ビートルズを歌いまくった。All My Loving、Please Please Me、Nowhere Man などなど。「ワオ。なんていいコードなんだビートルズ」と弾きながら驚く R 氏。当たり前だよ :-) While My Guitar ではクラプトンっぽいギターを彼がちゃんと弾く。いいぞ。

 やがて一緒に歌っていたレディから、「私バンクーバーでビートルズを見たのよ」と衝撃発言が飛び出した。まままマジですか。50年前だって。歴史だ。俺はいまヒストリーを目にしている。みたいな。

2014/10/03

【カメラ日記】ハンドストラップの効果大



 庭の栗の実が熟したらしく、近隣のリスたちが一日中ガサガサと木に登り栗を落とし自分の家へと運んでいた。あ! お前はこないだうちの煙突に入ってきたヤツじゃない(笑)?




 登るわ走るわ喧嘩するわ食い散らかすわとやりたい放題のリスたち。望遠 MZ40-150mm をつけてその大騒動を撮りまくるが、「木の葉の隙間のいい角度で」「ここぞという瞬間に」「ブレないように撮る」と複合必要条件が厳しすぎて全然ヒットが出ない。俺の E-PM1 はブレ補正が弱いのである。うまく撮れても拡大するとカリッと止まっていない。

 途中でいったん諦めてビデオカメラを出してきて撮ると、これが楽しい楽しい。動物写真は腕がよくないとまるでヒットが出ないのだが、動画はただレンズを向け追っていれば目前で繰り広げられる楽しいシーンがするするオートで SD カードに収まっていく感じ。リスたちが庭中を駆けまわり喧嘩していても延々と後を追い撮っていける。望遠も超長い(なんと換算 36.0-1260mm 相当)し、写真と違いブレても見れるし、電子式とはいえ手ブレ補正も効いてるからね。なんとイージーでファンなんだ。



 とはいえやはり美しいスチルを残したい気持ちは強いので、ビデオである程度いい絵を抑えるとまた MZ40-150mm に戻る。



その後市販のハンドグリップ
に交換。ややかさばるが安定。
もうカメラの持ち方や設定ではどうにもならんといろいろ試した末、ネックストラップを取り付け(見た目的に首からカメラをぶら下げるのが恥ずかしいので使ってなかった、これを指と手首にぐるっと巻き付けハンドグリップのようにすると、レベルの違う安定性が得られると判明した。なんというかカメラのあらゆるポイントに引っ張るテンションが均等にかかり、カメラ自体の揺れが劇的に減る。シャッターショックまで分散され、ガシャンという PEN のシャッター音がクシャっと小さくなった。おお。


 これでテストすると、手ブレ補正のヒット率がやはり格段に上がった。やった。





ワイルドサーモンを守れの歌人
手ブレが完全になくなるわけではないが、100mm では2枚連写すれば1枚、150mm でも3枚連写で1枚キープできるクオリティのものが確実に撮れるようになった。これでようやく実用になるな。屋内でも 40mm で 1/25s くらいまでカチッと止まり、これまでとはレベルが違う高精細の屋内写真が撮れる。やっぱりこれまでは俺の手がブレ過ぎていたのだ。

 調べてみるとこういう「ハンドストラップ/ハンドグリップ」は一眼ではポピュラーなアクセサリだったのだった。手ブレ低減効果も当然実証されていた。これを買っておけばよかったのか。今度買おう。

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 台湾で働きながら、カメラとレンズと写真に打ち込んでおられた FlatPedal 氏のブログを発見。同じオリンパスの入門機を使いながら、うまい人の写真は俺のとなんと違うのかと考え込んでしまった。

 FlatPedal 氏は外国でふーっと消耗しそうになりつつ暮らしてるという点も俺と共通するものがあり、オリンパス関連の記事を拾いながら延々とたいわんに何年分もさかのぼり読んでしまった。外国暮らしとはやはり満たされぬものである。絵になるところを探し求める写真趣味はそこを癒してくれる。

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 以下、最近の写真順不同。信号待ちの写真ばっかりだ(笑)。

 

2014/09/14

日記「空返事される父の背中」

「木更津キャッツアイでオフ」「夏服の女たちも見納め」「バンクーバー散策」「YT名画劇場」「絵にならない不幸-自転車泥棒」

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■14/08/31(日) □ 木更津キャッツアイでオフ
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 親戚のランチに呼ばれたが長駆出かけて飯を食い帰るだけなので俺は辞退し、一人でスパゲティを食べつつ「木更津キャッツアイ」を見ながらブログを書いたりカメラのテストをする。落ち着いた休日。

 「木更津キャッツアイ」は12年も前のドラマなのだが、アナーキーでキック力半端なくありつつ投げやりなところが全然なくちゃんとしていて素晴らしい。「あまちゃん」の頃みんながクドカン節として影の伏線的に楽しんでいたのがこれかーと改めて感じられる。

 それに櫻井翔が天下の二枚目とされてる理由も阿部サダヲがコメディ俳優として人気の理由も、これを見てよくわかった。阿部サダヲこりゃすごいわ、すべてがキレキレだったんすね。薬師丸ひろ子もすでにこの頃キュート極まりないコメディエンヌだったんだなー。なんにも知らなかったよという思い。

 こういうベースとなるエンタメ背景知識がない俺はやっぱり半分外国人で、「あまちゃん」を見る喜びも木更津ネイティブな人たちに比べるとやや体温低かったのかもしれない。それでも十分に楽しかったけど。

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■14/09/03(水) □ 夏服の女たちも見納め
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 もう日が射しても暑くなくなってしまった。夏服の女性たちもそろそろ見納めだなと望遠 75mm あたりでカシャリ。小心な俺はこれくらい遠くで、これくらい「レンズはそちらに向いてませんからご心配なく」なフリをしないと通りがかりの人を撮れない。ときには通り過ぎる人をやり過ごし、その美しい後ろ姿をありがたいありがたいと撮らせていただいたりしております。




久しぶりに萌と日本語勉強会、お題は進撃の巨人「紅蓮の弓矢」。家畜の安寧虚偽の繁栄この豚野郎とすごい歌詞なんで笑いながら意味を解釈していく。萌はいつもとはケタ違いの熱意でサビを歌える英詞にしていた。

 この歌は曲も転調の嵐ですごいんだが、萌はコードをネットで探し、間違ったところを耳で拾って一生懸命直し弾いている(ネットでコードを探すとどうして必ず間違っているんだろう?)。まあ頑張ってくれ。

 萌が自発的に(!)辞書を引いて調べたのだが、この写真の下に書かれたイェーガー(Jagar)って「狩人」って意味だった。おーなるほど。難解な歌詞を読解しつつ、こうして単語や意味がわかるたびに詞がアニメの世界観に見事に合っているので盛り上がるのである。グローバル学習である。




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■14/09/06(土) □ 空返事される父の背中
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 US オープン準決勝の錦織を見て緊張した静かな午後。錦織はブレイクポイントを握られぎりぎりジュースに戻し、しかしまたブレイクポイントを握られ……が1ゲームで10回ほども続いた第3セットあたりは本当に苦しかった。テニスって勢いでは格上に勝てないスポーツだなとつくづく思った。そのセットを取ったのだから本当に偉い。



 最近萌がなんの返答にも「ンー・フン」という空返事を使い始め困っている。「起きて朝飯食べなさい」「ンー・フン」「iPod はやめなさい」「ンー・フン」。そして何の行動も起こさない。

 返事界ではこれまで「はい」が最も好ましく「I know(わかってるから言わないで)」が最低だったのだが、「ンー・フン」はもはや口を開けることすらしない鼻音(だから表記不能)による I know であり、これはかなわん。完全に定着する前に消し止めたい。

 しかしやめろと言っても TV でもみんな言ってるしフツーだと萌は主張する。

「いや萌のンー・フンは I know をさらにレイジーにした、つまり《口を開いて返事をするのも面倒なときの I know》じゃん。わかる?」
「……」
「TV や会話の中ではちゃんとしたフィードバック(相槌)だけど、言いつけに《ンー・フン》というのはほぼ無視なの、わかる?」
「ノー」
「……」

 やれやれ。ため息。

『はい→うん→んー→Yeah→Ya→→(ここからはもはや返事としての魂を失っている)→→OK→I know→ンー・フン』

 という序列かな、日系ティーンエイジャーの返事ワールド。

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 【おやじの背中:なごり雪】大声を出さないと聞き取れず声量を上げると怒鳴るなという、うちのばば様と同じな西田敏行に苦笑してしまった。しかしペーソスある倉本聰人情噺として展開しまとまるのかと思ったら、最初から最後までわがままは許され皆に愛されて、よかったですね頑張った人生に甲斐がありましたねとしか言いようがない話だった。

 この「おやじの背中」連作はずっと見ているが、田村正和、役所広司とどの親父も愛らしい娘に大事にされ、よかったですねとしか言いようがないファンタジーばかり作られている。3作目にして老いの孤独がテーマなのかと思ったら、さらにしょうもない敬老ばなしだという。

 「おやじの背中」なんて大層なお題をつけるなら、愛されないおやじも描いたらどうなんだろう。そしたらなにか特別な感情が生まれるかもしれない。この連作に描かれたおやじたちとは違い十代の娘にンー・フンとあしらわれ憤慨している俺には、これらの話がリアルに感じられないのである。西田敏行は俺よりも上の世代なので、「なごり雪」もやっぱりどう説明されても空回りしてると思ったし。



 【倉本聰】俺とMが日本に住んでた頃に「北の国から SP」を毎週連続でやっていて、日本の超メジャーなドラマと説明するとMが食いついたので、純が東京の出稼ぎ先で事件を起こしてしまう回などを一緒に見た。Mはもごもご僕わ僕わ言う純にフラストレーションを感じ、「はっきり喋れ純!」と毎回イラついていた。まあそうだろうね。

 しかしとつとつと喋りながら純のために風呂を沸かしてやる五郎の姿には感動してましたよ。やっぱり日本の口下手な若者はどうだかわからんが、日本の寡黙なおっさんには世界に通じる魅力があるのである。

 Mと見た「北の国から SP」でもう一つ覚えてるのは純がラブホテルに入るも女の子に拒否されショボとなったときに女の子が同情してその気になってくれたシーンで、「男 は す ぐ こ れ だ!」と奥様が激高したことである。そそそそうなんですか(笑)。

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■14/09/08(月) □ バンクーバー散策
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 ついにMの博士論文審査。Mがこれほど緊張したのは出産以降見たことがないくらいな状態。教育系の専門的な分野で俺と萌は立ち会っても内容がわからんので来なくていいと言われ、バンクーバーダウンタウンを散策して待機し、打ち上げに合流することとなった。

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 久しぶりに歩くバンクーバーは日本食屋が非常に多くて、「Sushi なんとか」系は怪しいが丼専門店はちゃんと日本の人がやってるっぽい。そういう店の1つに行列ができてたので入ったのだが、めっちゃ大衆食堂的な作りで、1人客は相席する感じの店になっていた。

 おばちゃんが大声で注文を読み上げ、エプロンをした日本人のお姉さんが「すいません」とかいいつつさささっと走り回ってテーブルを拭いてくれ、お茶は自分で湯のみに汲んでくる。そして味もまったく普通においしい大衆食堂で満足したのだが、しかしカツ丼9ドルは大衆食堂の値段ではないような気がする。この店の作りと味でこの値段でこんなにお客が入るんだから、やっぱり日本人が普通の日本食を出せばカナダの外食産業では無敵という状態なんではないかと思う。



 しかし都会はタバコを吸う人が多いなあと気がついた。町のどこを歩いていてもタバコの煙が漂ってくる。俺も昔はタバコを好きだったんだけど、頭が痛くなってしまった。郊外のほうが明らかに空気はクリーンです。

 カナダは公共の屋内では全面禁煙なので大丈夫なんだけど、日本に行くと食べ物屋でタバコの煙に苦しい思いをする。禁煙を成し遂げた者はたいてい「もう余命いくばくもないと宣告されたらもう一度タバコを吸いたい」などと禁煙直後は言うんだけど、実際はもう吸えないんだろうな。あイタタタタタ…。





 夏休み中毎週恒例行事としてグランマとバンクーバーを散策している萌は「バンクーバーを熟知」しており、出かける前は俺を案内すると張り切っていたのだが、ガスタウン以外は知っているところはなく、あてどなくグランヴィルやロブソンをぶらぶら歩く。やっぱ俺たちは観光客ではないので、バンクーバーを歩いてもそんなに盛り上がるわけでもない。食べ物屋は充実しているがそうそう面白い店もない。レコード店や古い建物がある路地に入って写真を撮る程度。

 萌とグランマはいったい毎週ここで何をやってるのかと尋ねると、ゴージャスなランチを食べ図書館でグランマの本を借り帰ってくるだけらしい。なんだそうなのか。まあグランマも萌も外食が好きなのはわかるが、2時間半かけて往復して実質ランチを食べてるだけか。気長なことである。



 写真は前半ガスタウンは曇っていて色が出ず露出が合わず(空に引っ張られ地上が非常に暗く写る。中央重点測光で改善した)、途中から晴れたが撮るものが見つからず高層ビルばかり撮っていた。人を撮りたいのだが、やはり怒られそうな気がしてレンズを向けられない。



 そして審査が終わる頃に大学の会議室へ。まだ結果は出ておらず、取り囲む同僚の研究者たちが「素晴らしかった、絶対間違いない」と力説する中「駄目だったらもう論文書き直しなんてする気力がないからあきらめるわ」とそわそわするMを半時間ほど待たせ、審査結果が出る。合格! やっ・た。仕事をしながら途切れ途切れに研究と執筆を続け足掛け8年、ようやくM博士の誕生です。



 審査員や研究者たちとパブで祝杯を上げ帰宅。「当初思っていたほどの論文にはならなかった…」と本人が落ち込んでいたので心配してたのだが、皆が絶賛していた。やっただけのことはあったのだろう。本当に長いことお疲れさまでした。明日はお祝いになにかうまいものを作ってあげよう。

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■14/09/09(火) □ YT名画劇場
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 嘘かと思うが6月に始まった BC 教組のストライキは間に教師たちの夏休みをはさみ継続中で、8月から政府との話し合いが再開され、交渉が決裂に次ぐ決裂となっている。つまり小中高は新学期がいつ始まるかまだまったくわからないという状態。

 「政府はわざと交渉を決裂させ父兄の敵意を教師に向けようとしている」と識者は見るが、生徒も親もとにかくイラついている。学校を始めてオンゴーイングで交渉してくれまいか。子供がアホになっていく。学力はともかく、子供がスマホにかじりつきくだらん動画ばかり見る日々が続くのは耐えられん。

 夜は博士号お祝いに完璧な天ぷらを作った。うまい。おめでとう。

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BSで古い映画をやるというツイを見て、そう日本に住んでた頃は古い伊仏日米名画をたくさん見れたんだよなあと切なくなった。カナダじゃハリウッド以外のクラシックはまったく放送されないし、レンタルにも有料ネット映画にも在庫はほぼ皆無。俺はああいうものをもはや見れずに死んでいくのか…

…とふと前にチャップリンがあったなと思い立って Youtube に行ってみたらフェリーニの「道」があった。ああ素晴らしい。隅から隅まで美しい。なんとどこまでもかわいらしいと、ジェルソミーナと戦後間もないイタリアの景色や結婚式や大道芸の人たちの様子にただただうっとりさせられる。映画を見てこんなに美しいと思ったのはいつ以来だろう。まったくハリウッド大作とか CG とかどうでもいいな俺は。

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■14/09/10(水) □ 絵にならない不幸-自転車泥棒
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「道」に続き今夜もYTでクラシック映画「自転車泥棒」。ただ自転車を盗まれただけすべてが台無しになってしまう、戦争直後の貧困がヒリヒリと悲しい。

 俺は萌が大騒ぎする「レ・ミゼラブル」にまったく心動かず30分で見るのをやめたのだが、この映画は最後まで目を離せなかった。「レ・ミゼラブル」はヒロインとその不遇が美麗すぎて逆に「ここに描かれなかったのが本当の、絵にならない不幸だろう」と思ってしまい感動できなかったのだが、絵にならない不幸はこういうところに凝縮されていた。この映画にはストーリーなど何もない。「道」のような美しいシーンも特にない。主演の男は役者ですらないらしい。ただただ焦燥感だけが描かれている。それがどんな現代ハリウッド大作よりも痛々しいのだ。

 最後にセリエ A のローマとモデナの試合が出てきた。さすがはカルチョの国だ。――あ、Youtube には小津もあるではないか。見ねば。ありがたし。

2014/09/07

日記「一眼カメラは楽しい」

「レンズの味」「日系祭り」

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■14/08/18(月) □ 一眼カメラは楽しい
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旅行を終えルーティンに戻る。午後萌を連れ出しうちから一番近いハイドクリークトレイルを走っていると、上流に橋がありクリークの逆岸に渡れた。その先が林道になっている。こんなところがあったとは知らなかった。うちからわずか10分、直近の人家から100m くらいしか離れてないと思うがどうですかこの林道フィーリング。気持ちいい。サイコー。距離は短いけどね。

 いやー地元でも知らないところってあるもんだなあとウキウキ走っていると、やがてトレイルの分岐があり、右が森の出口、左が根っこだらけで自転車では登れなそうなラフなトレイルとなっていた。この左のトレイルがどんな塩梅なのかと徒歩でちょっと覗いてみると、曲がり角でなにかと鉢合わせしてしまった。(うわ!)瞬間頭真っ白……鹿だ!

 数秒で我に返り、はは、ハローと声をかけつつじりじりと下がり静かにカメラを取り出し、緊張で震える手でカシャ。やっぱりちょっとブレたけど、この近さよ。最短で5mほどだったろう。カナダの自然はスゴイなあ。遠くまで行かなくても、家から自転車10分で野生の鹿だもんね。

 しかし鹿だったからよかったがこの森にはクマもときどきいるわけで、バッタリと出くわさないように気をつけなければ。クロクマは森で人に会っても関わりあったりはしないそうだが、鹿でもこの近さでいきなり会うとやはりヒヤリとしたよ。クマなら何もなくても俺はショック死する。

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 しかしこの森の暗い中で撮った写真が明るすぎ、見た目 EV+1.0 くらいになってしまっており修正できないほど色が飛んでいる。このカメラは暗いところを明るく撮りすぎるのだと再認識した。暗いところでは露出を下げるべきなんだ。夜の室内もそうで、-0.3EV~-0.7EV くらいにすれば見た目の明るさと同じになるしシャッタースピードも上がる。シャッタースピードが上がる分ズームすればボケを増やすこともできる。そうか。なるほどねー。


ズームしてスポット測光して背景を落とすという
いろんな新開発技を盛り込んだ勉強ショット
このところこうして露出についてよく考える。たとえば島で多かった逆光時は EV でプラス補正するのではなく中央重点測光にすればよかったのだと気がついた。逆に白い花をスポット測光すると輝度が下がり白飛びを防げる。なるほど。「ハイキー」で白を飛ばしたり「ローキー」で対象以外の背景を切り捨てるなど、調光でいろいろやれることがあったのだ。忘れていた。そこを気づかず使っていたのだから、これからさらに可能性は広がる。



 オリンパス・ペンミニ E-PM1 を買って1年になるが、夏の旅行とその後のエディット&テストで測光調光をいじるようになり、ようやく一眼の使い方に開眼してきた気がする。腕はともかく画質はまだ上げることができる。ホワイトバランスの色を微妙に調整することすらできる。PEN はほんとうに素晴らしい趣味カメラだ。

 一眼は楽しい。こんな安いマイクロフォーサーズと標準レンズでも、ほんと一眼カメラは楽しい。俺のは処分品でコンデジみたいに安かったのだが、こんな価格でここまで遊べるものなんてどんな世界でも他にないだろう。

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■14/08/21(木) □ レンズの味
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M母の用足しのため遠路バンクーバーへ。俺は単なる運転手でやることゼロなのでせめて写真を楽しもうと、久々に SIGMA 19mm をつける。今日は屋内撮影だろう。

 モールで長時間待たされなにもいいことはない陰鬱な日だったのだが、帰ってカメラの写真を見て慰められた。久々に使った SIGMA はやはりいい絵だ。柔らかで細部までくっきり写っている。i-Finish とのマッチングも絶妙である。ここ数週間は標準ズーム MZ14-42 の可能性を切り開くために単焦点 SIGMA は封印していたのだが、使ってしまうとやはり絵は二段違うと思う。

 帰る道すがらバシバシ撮った、ジョイスステーションの陸橋下などバンクーバーのなんてことない街景がいちいちいい。最近はズームを使っていたので、背面モニター上では 19mm は短いなあと感じていたのだが、PC の大きな画面で見ると車の窓から見ていた景色が 3/4 くらいのスケール感で十分な迫力で撮れている。19mm(換算 38mm) というのは絶妙だな。




もう1つの交換レンズ MZ40-150mm は俺の E-PM1 の効きの弱い手振れ補正が 100mm 以上のブレを止められないのでまったく仕事をしていないのだが、たまに持ち歩くとこんな写真が撮れる。坂の上の信号待ちでビルの見え方が面白いなとなにげなく撮った写真に、全然気づかなかったが鳥とマツダがきれいに写っていた。こうして撮るときには気づいてないようなものが撮れるところが望遠の魔力だな。

 一眼はやっぱりレンズ交換やレンズごとのクセ把握が面倒で、高性能なコンデジにしてしまいたいと思うこともあるのだが、しかし一眼にはどのレンズをつけてもそのたびにいいなあと思うレンズの味がある。SIGMA をつけるとなんと描写が細かいのかと感動し、40-150mm をつけると撮れる画面の迫力におおと興奮し、標準レンズをつけると小さなズームでなんでもよく撮れる便利さにありがたい滋味を感じる。これが味わえるのは一眼だけだからなあ。

 ほんと 14-75mm(換算 28-150mm) くらいの広角~中望遠ズームが出てほしい。コンデジは普及品でも換算 125mm くらいはあるので、巨大ズームに付け替えないとコンデジより遠くが撮れないことだけがマイクロフォーサーズの弱点だと思う。



 帰ると萌の「進撃の巨人セット」が揃っていた。カッコいい :-)! 手の噛み跡はグッズが届く前から毎日描いているエレンの歯形。デカくない(笑)?

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■14/08/30(土) □ 日系祭り
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朝の日本語 TV でバーナビー日系祭りの告知があり、駆けつけ日本の屋台食を食べ、和太鼓と神輿とボサノバシンガーと津軽蛇味線のパフォーマンスを見てきた。神輿のお姐さん(なんていうんだっけ、上に乗る花形)がかっこよし。ちゃんととび職っぽいシャツも着てるし(笑)。

 すごい盛況で混雑しており、食べ物ストールはドコモ長蛇の列、20分待ちくらい。外で梅ホットドッグなるものを食べている時に屋内ステージでボサノバシンガーが歌い始める。低い声でビートルズやクラプトンをいい感じに歌ってるのをスピーカで聞いて後から駆けつけたのだが、見た目はまったくの日本人なので軽く驚いた。声からしてもっと白人っぽいハーフの人かと思った。名前と喋り方(英語)は明らかに日系二世以降だった。カナダで育ち低い声で歌い続ければ、日本人の骨格でもこんな低くシルキーな声になるんだなあ。

 このステージでの催し物がどれもよくて、夕方に組まれていた「日系タレントショー」も超見たかったのだが(――のど自慢的催し物で、おそらく子供が Jpop を歌うのだろう――)、シニア席のパイプ椅子5列くらいしか座る場所がないのでそうそうゆっくりともしていられない。それに前に来た時に見た盆栽の展示品などもなく、食べ物関連は超充実していたのだが見るべきもの時間つぶしになるものがない。下の写真は唯一の展示、戦時中の日系人収容所のキャンプ模型。

 結局タレントショーまであと2時間つぶす方法がなく、計2時間半ほど楽しんで帰宅しました。楽しかったけど、もっと見て回るものがほしかったな。そこが惜しい。

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 日系のお祭りだからフルサイズの一眼を持ってるおじさんたちがたくさんいたが、飯盒みたいないかついボディに天体望遠鏡みたいな望遠レンズをつけて撮ってるのを見ると、人ごとながらめんどくさいことをやってるのうと思う。俺は小さな PEN に標準レンズで気軽に写真が撮れて幸せだと思った。

 しかし標準ズームの 42mm で撮った神輿写真は、背景のビルがもっとボケてたらよかったなあと思う。MZ40-150mm をつけてたらもっとボカせたなー。模型写真だって SIGMA F2.8 をつけていたらもっときれいに撮ることができた。MZ14-42 はいいレンズだが暗いと解像力が大きく落ちるのである。やはりMZ14-42は万能だが、写真を撮りにでかけるならどっちか1本の交換レンズは必ず持って行くようにしよう。