2012/07/27

日記「ゲーム好みは十人十色」

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■12/07/17(火) □ ゲーム好みは十人十色
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気が付けば日本行きまで2週間を切った。今朝、滋賀からMたちの待つ京都へ大雨の中バイクで向かわねばならないが、土地勘がなく地図もよくわからず滋賀県内をうろうろするという悪夢を見た。後から焦らぬようリストを作り、準備を始めよう。

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こないだMKのところで遊んだ「D&D:ウォーターディープの支配者」がボードゲームのポッドキャスト「ボッパイ」でちょうど取り上げられていた。「D&D愛があるならこんな雑な展開はせんだろう」と俺も思ったことを2人はまず語る。で俺はそこで否定的な気持ちになってしまうわけだが、お2人はそこから「アタマおかしい画期的w」と喜び組展開していた。やっぱオモシロがりの達人は違う(笑)。ゲームの感じ方というものは実に人それぞれで、たとえば音楽よりも個人差が大きいかもしれない。

従来のD&Dシリーズのボードゲームは、Lord of Waterdeep よりもRPGっぽいらしい。それを聞いて、俺と萌がウォーターディープで盛り上がらなかったのはRPGっぽくなかったからだなと納得した。昔のゲームはおそらくウォーターディープよりゲームバランスやメカニクスは雑なのだろうが、そっちのほうが楽しそうだ。ボードゲーム上で短時間でD&D本編のような体験ができるゲームがもしあるのだったら、それは是非やりたいというかMKに買わせたい(笑)。

RPGっぽさといえば俺と萌がゼルダをいつも途中でやめてしまうのも、神殿謎解きだけが延々続き、ドラクエ的RPGの大きな楽しみである買い物や成長や宝探しがないからだと思う。ドラクエはゲームの愉しさが見事にパックされた総合エンターテイメントだが、ああして何十時間もビデオゲームを突き詰める根気は今は俺にも萌にもない。リソースマネージ系のボードゲームが楽しいのは、ドラクエのお金やりくりに似た楽しさが短時間で得られるからというのもあるだろう。サンファンの差額を払って高価な建物に建て替えるカードなんて、武器の買い替えとまったく同じうれしさだと思う。

MはPRGをやったことはないが、いまどんなに疲れた日にも必ず1ゲームはやるほどグレンモアにはまっているのは、遊びにおける売買と拡大再生産の楽しみを気に入ってくれたからだろう。ありがたいありがたい。すげえ強いし。

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■12/07/18(水) □「アルカディアの建設」をお試し
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すごくないすかこのエポック社ゲーム感
次のゲーム候補を探していて、見た目がすんばらしいのが見つかった。テトリス風タイル置きパズルと市場経済を、俺が子供の時に遊んだエポック社のボードゲームみたいなプラモデル構造にまとめ込んだすごい見栄えのゲーム、「アルカディアの建設」。写真を見た瞬間しびれた。興奮する。

そしてこれがオンラインゲームサイト Yucata で試せるのを発見。やった。1人2役で試してみる。

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ブラウザで試せる「アルカディアの建設」
ふむ。ボードは思ったより狭いんだというのが第一印象。―――そして、こ、これは意外や難しい。タイルを置くごとに、「ここに置いたら次の手番で敵に完成されてしまう」というジレンマがある。しかもカルカソンヌと違い、自分のワーカーは建物を建てても回収できない。ここでルールを読んで、ワーカーは4回しかできない換金時に2個ずつしか補充されないと判明。いったん配置したら換金までは自分のワーカーなしになるんだ。それでどうやって点を取るんだ?

仕事を終えた自分のワーカーが帰ってこれないというのは、ルールが間違ってるんじゃないのかと思うくらい厳しい制限だ。驚いた。自色ワーカーが欲しくてどんどん換金すると、4回の制限を使い切り後半点が取れなくなってしまう。自分の色ではない「中立ワーカー」はタイル配置でけっこう補充できるのだが、このワーカーは建築に関わっても自分のコイン獲得にはならないのである。

あーそうか。これはタイルをうまく配置することで、1人の自ワーカーが関われる建物を増やす=取れるコインを殖やす、といった感じのストイックなパズルゲームなんだ。いかにワーカーを使わずしてタイルでタイルを完成させつつ、敵の相乗りを予防するか。そういうゲームだ。したがって最適化のために一手一手を考えこまなければならない。写真を見て想像したのと全然プレイ感が違う。囲碁かなにかのようである。大変だが面白い。プレイ時間は長くはなく、クレストを取って換金するのは楽しい。

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1ゲーム目で流れとコツがわかり、数ゲーム真剣にやってみた。やってる間ずっと、「このタイルを置いたら相手は最大2個しか置けないから俺が次のターンで2個置いて......あ、相手が中立コマを使ったら俺のワーカーが置けなくなる、駄目だ」と脳内順列シミュレーションをやってる感じ。一度や二度では定石が全然見えてこない。建設と言いつつ建築感は特にない。

建築感といえば中央の城も、実にかっこいいのだがこうしてゲームをしてみるとレートの上げ下げを行うための数値操作に過ぎず、その数値上げ下げは面白いがタイルがあれば済む程度の仕組みだった。あの城の建築自体に3D的なゲーム性があるわけではない。そこは残念。

見た目からマルチプレイヤーテトリス&陣取り的な軽いゲームかと思ったのだが、これは重厚な囲碁的なものだな(囲碁のルールは知らないけど、イメージで)。先手不利気味のジレンマ型対戦パズルである。ワーカーの補充があれば見た目通りのゲームになると思うが、それがないことでジレンマ濃度が滅茶濃くなっている。これはたしかに面白い。中毒性がある。面白いのはたしかだが、俺は疲れてるときにはこういうアブストラクトなゲームはやりたくならないだろう。

というわけで、試せてよかった。こうしてメーカー公認のサイトで実際に遊んでみられるというのは素晴らしいことである。これで気に入れば自信を持って買えるし、気に入らなければ他のゲームを探せる。買ってみたが気に入らないというのが、作者にとってもゲーマーにとっても最も不幸なことなのだから。いろんなゲームを探し試してみたい。

2012/07/20

日記「ティーン文化との折り合い」

「奥様ついにグレンモア開眼」「勝ったのはわしらではない」
※追記あり(青字)
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■12/07/10(火) □ 奥様ついにグレンモア開眼
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アグリコラは無事売れた。夫婦でゲーマーだという奥様がバンクーバーからわざわざ買いに来てくれ、俺同様「アニミープルがない」とがっかりするかなと心配していたのだが、内容物を確認し問題なし。「ルールを読んで、うちの家族には難しすぎると思ったんだよね」と話すと、俺より数段シリアスなゲーマーらしくうちは大丈夫だとにっこりと帰っていった。よかった。

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売却損はメールオーダーで買った場合の送料程度で済んだので、このお金でまた違うゲームを探そうと考えていると、夕方うちの奥様Mが初めてグレンモア2人戦をやろうと言ってきた。最近萌に誘われるとMは断らないのでしょっちゅう3人戦をやっており、これまで5ゲームほどやったと思うが、2人戦は初めて。やりますやります、願ってもない。

中盤まではMと作戦がバッティングしないよう、彼女がほしそうなタイルをやや譲り気味で俺はプレイしたのだが、Mは実際ゲームはなんでも強く、肉屋・歳の市作戦でバリバリ得点していく。そこで俺も追いつくために本気になり、最後に作物を全5種類出して大歳の市で売り12点という大車輪を2回まわしたのだが、それでも10点足りず負けた。うーん、いいゲームであった。Mの力がここまで来ると、萌もこのゲームは大得意なわけだし、本気で考え打たないと俺は勝てないな。素晴らしい。

◇

アグリコラ体験後にグレンモアをこうして楽しんでいると、ライトゲーマー向けのグレンモアの長所がよくわかる。プレイの自由度が高いことと、ビギナーでも選択肢の良し悪しがわかること。この2点は本当に美点だ。


カワサキさん作・完璧なるグレンモア日本語ルール解説
世界最高水準の明解さ。
たとえばカタンをやるたびに俺は「サイコロの目が出ずなにもできず3ターン経過」みたいなままならぬ展開にうんざりするのだが(それがなければ最高に面白いと思う)、グレンモアには「何もできないターン」がない。タイルは毎ターン必ず取れるし、取ればなにごとかメリットがある。

そしてメリットを最大化する方法は、場に出ているタイルの効能を説明してもらえばビギナーでも見当がつく。「じゃ作物をたくさん作ってその《歳の市》で売る」とか、「村がたくさんあるから、その《村×3点の城》を買う」など、すぐに見通しが立ち楽しんでもらえるのだ。↑こういう解説を読みながらルールを理解してしまえば、カタンよりビギナーにやさしく、ライトゲーマーでも存分に戦えるゲームだと思う。

(追記)拡大再生産の名作プエルトリコから「俺が自分のためにこれをやったら敵にもメリットが大きくなってしまう」というジレンマを抜いたあたりにグレンモアは位置しており、そこがファミリーゲームとしてちょうどいい。そこが物足りないヘビーゲーマーにはプエルトリコがある。

◇

俺から見て「アグリコラ」は、この自由度と見通しという2点においてライトゲーマーに厳しい。

①アクション数が圧倒的に少ない(自由度低)
②選択肢は無限にある(見通し困難)

という組み合わせから、1手番の重みが俺がこれまでやったゲームで最も重く、なにをどうしたらベストなのか常に多数の要素を計算しなければならない。そうしないとうまくいかず面白くならないところに大変さを感じる。遊びとしての重労働という感じ。


BoardGameGeek フォーラムでアグリコラを楽しめなかったと長文評を書く人たちは、だいたい俺と同じことを書いている。

『信じられないくらい優れたデザインですばらしく最適化されているが、まったく容赦無い作りになっている。最低でも2ターン先の計画を立てられなければ、それをできるプレイヤーを相手につまらないプレイとなる。天才の仕事だし高いランクにふさわしいが、自分はプレイしていてそんなに楽しいとは思わなかった。』

てな具合。まあやってて疲れるということですね。もちろんこうしたネガ意見は、ごく少数派なんだけど。

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■12/07/14(土) □ ティーン文化との折り合い
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夏休みに入って以降萌の機嫌がいいので最近ほとんどケンカしてないのだが、「この夏日本に行ったときに、日本の子供たちと萌を比べるな」的なことをMに言われた。

そんなバカなことをするわけないだろう、したこともないと俺は言うのだが、ケンカをしていた春頃に俺が萌に言った「カナダのティーンの喋り方や態度は私にはアノイング(不愉快)だが、それは文化的な違いなので仕方がない。とにかくお互いケンカにならないようにしよう」という妥協案が、Mと萌には「日本の子供のほうがベターだ」と聞こえるのだという。そんな。そんなこと言ってるわけじゃないのだが。

カナダで育った子供と日本移民の親が衝突するという話は昔からよく耳に入り、それは親が母国の文化を押し付けるからだろう、俺はそんなことはせんと常々思っていたのだが、しかし実際こういうことなんだろうなと最近わかってきた。親が文化を押し付けなくても、子供のほうがどんどん変わっていくゆえに価値観の衝突はどうしても起きるのだ。

俺は日本文化を押し付けたりはしてない(と思う)し、日本の子供のほうがいいだなんて思ってはいない。しかし「イノセンス=幼稚」「ルード=クール」「勝手=自立」と思ってるとしか思えないカナダのティーン文化に萌が染まり、態度振る舞い言動が粗雑になっていくのは単純に腹立たしいし、それは隠せない。そこをスルーなんてできないタイプの親が衝突するわけである。

まあもし日本に住んでいたら「~じゃね?」とか萌が喋り、それにきっと俺はイラついていただろうな。夏休みに入りこうした態度が萌から消えたのはおそらく、萌が中学でのストレスからフリーになり、小学校時代の気の置けない友達とサマースクールに行ってるからだと思う。この夏休みの間はややイノセント側に戻ってる感じだ。

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ともあれ、「萌は自分の文化的アイデンティティを模索してる最中なんだ。年齢的にみな人種意識も芽生えているので難しい年頃だ、寛容になってやれ」とMはいう。たしかになあ。それは全くその通りで、今萌は2つのナショナリティを持つ難しさを抱えているのである。それはやはり気の毒に思う。不愉快な態度やオロカさを看過することはできないが、とにかく文化的な差異によって萌の気持ちを傷つけることはないよう、よりいっそう俺の側で気をつけていかねばならない。肝に銘じます。

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■12/07/15(日) □ 勝ったのはわしらではない
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今日は朝昼晩と3回家族でグレンモアをプレイした。かつてのチケライ Euro を超えた大ヒットゲームとなりつつある。

俺は連敗してるので、夜のゲームでは酒工場を取りMが好きな酒作戦を妨害する策に出たのだが、この奇策が裏目に出てワーカーが不足し、作物が取れず肉屋が稼働せず、中盤にしてドツボにはまってしまった。後から牛歩でワーカーと作物を取る策に切り替え追い上げたが大敗。Loch Oich(村の全タイルをアクティベートする神様タイル)をMに渡したのが最大の失敗だった。俺が取ってもたいして点にはならなかったのだが、必要はなくてもタイル数の多いMに渡すべきではなかった。あれを俺が取っていたら萌の勝ちだったと思う。俺の悪手で萌の勝ちゲームを潰してしまった。すまん。

しかしこの失敗してしまった悔しさが楽しい。グレンモアは優秀な家族ゲームだと思う。作物の生産とマネージとお買い物と構築を楽しみながら40分で終わり、その間に皆がいい手を打ったあれは失敗だったと思えるところがいい。俺はソロでこのゲームをやったりするくらいで得点法は家族内で最も多く知ってるわけだが、だからといって勝てるわけではない。勝つには良いアイデアと良い判断と少しの巡り合わせが必要なのだ。

これがカルカソンヌだと、どうやったって BSW で鬼のドイツ人に鍛えられた俺が勝ってしまう。妨害法やブロック法を覚えてしまった萌もビギナーとは勝負にならないため、あれほどの名作なのにうちではもうほとんどプレイされてないのである。カルカソンヌを打ちたいときは、俺は BSW に行ってカリカリと戦っているのだ。

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今日3戦3敗(汗)して見えてきたのだが、2人戦で萌相手にプレイするときにはいい勝負になる俺の打ち方が、3人戦では通用しないらしい。先ほどの Loch Oich 譲渡以外これといって下手な手を打ってる自覚はないのだが、点が伸びないのだ。

3人戦ではなにが違うかというと、俺はほしい店や城タイルが出るとしばしばタイル5~6枚分の大跳びをするのだが、このせいで畑や家畜のタイルがあまり取れず――というか畑・家畜・村の基本タイルをあきらめ大跳びしないと、早い者勝ちのいいタイルはなかなか取れない――、産出する作物が不足してしまう。当然歳の市や肉屋での換金頻度が低いし、城を買う資金も不足しがちだし、村も取れないのでワーカー数も足りなくなってくる。で3人戦だと次の手番もなかなか回ってこず(常に最後尾プレイヤーが手番)、俺が先頭で待っている間に2人はザクザクと作物を出し、コツコツと点を取っていくのだ。俺も獲得した大物タイルの効果で後半はどーんと点を取れるのだが、気がつけばそれでも追いつかないほど離されているわけである。

さらに3人だと中央市場での作物売買が活発になり相場が動くので、作物をコンスタントに産出して売るだけでもバカにならない資金が入る。だれかが作物を買うとその市場価格が上がり、その作物を自分の畑で作れる自営農家は余剰作物をいい値段で売れるのである。萌はこれで毎ゲーム10金以上の点を稼いでいる。得点上も資金繰り上もやはり作物は不可欠。グレンモアはやはり作物を作ることが基本のゲームなのだ。序盤の地道な農作業による地固めが必要なのだ。

というわけで明日からは地道な農家です。勝ったのはわしらではない。百姓たちだよ(志村喬)。

2012/07/11

日記「幻惑のワーカープレイスメント・アグリコラ」

「超大作をついに購入」「ゲームの目覚めを語り合う」

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■12/07/06(金) □ 超大作をついに購入
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新ボードゲームがほしいほしいとあれこれ考えていて、昨日まで買うことはまったく考えてなかった長重複雑難大作ボードゲーム「アグリコラ」をつい発注してしまった。詳しい経緯は恥ずかしいので省きますが、勢いで。


手に入らなかった哀しみの動物たち
ところが箱を開けてみて、肝心のアニミープル(動物コマ)が入ってないことに愕然。今頃になって調べ、日本版にはついており英語版はついてないのだと判明した。な ん と い う こ と だ。アグリコラの記事でこの動物コマがない写真は見たことがないが、なんと別売りオプションなのだった。精緻趣味を満たすあの動物たちを柵に囲いたくて買ったのに。あのミープルをグレンモアでも使うためにも買ったのに。こんな大作をよく調べもせず買ってしまうなんて。俺は馬鹿だ。

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仕方なく泣く泣く検品とテストプレイ。ゲームの進行のおよそはネットで読んで知っているのだが、さすがに名にしおうわかりにくさである。

1時間半かけてルールを解読し、入門用の「ファミリールール」で最初の収穫(R4、ステージ 1)までやって流れはわかった。収穫できるとやはりうれしい。ルールを読むのに時間がかかっているが、ゲーム自体はソロだと1ラウンド最短2手で終わる。

初収穫でやっと楽しくなってきたが、しかしこれは当面 PC 版のソリテアでやったほうがいいな。木のディスク(コマ)補充やカードのハンドリングが大変すぎる。数を忘れず把握するのが大変な上に、キューブやミープルと違いアグリコラの木のディスクはひどくつまみにくいし滑るのでイライラする。アニミープルがないんだから指先で遊ぶ快感はもとより半減なわけだしな。片付けて PC 版でチュートリアルを続行。

処理は間違いまくってるだろうがソリテアで1回最後まで行ってみて(このソリテアは資材の補充は自動でやってくれるが、得点や食べ物生産量は自分で計算する)、30点となった。家と柵を作ったあとは何をしていいのかわからなかった。「小さな進歩」と「職業」の内容がわからず無視してやってたので、これがだいたい「ファミリー(入門用)ルール」相当だろう。感想はまあ楽しいが、この入門ルールでもワーカーを置く選択肢は10~30と、宿命のライバル(?)「プエルトリコ」より多い。本ゲームはこれにランダムでカードが14枚加わるのかと、今から途方に暮れる。

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■12/07/07(土) □ 幻惑のワーカープレイスメント
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誕生日。朝起きたら私の PC キーボードの上に折り鶴が山盛りになっていた。うちの娘はツルはお祝いのものと思ってる模様。なつかしい方からお祝いのメッセージも届いていた。優しいなあ。


汗だくな誕生日であった。
誕生日はともあれやっと雨季を抜けドライな夏となったので、懸案の庭の材木ゴミを捨てるために1人汗だくで庭掃除をする。疲れたので晩飯も作れずラーメン。具もない、キャベツだけの素ラーメンです。こんな学生みたいなものを誕生日に食うとは。

◇

そして夜はアグリコラ研究を再開。昨夜から必要な資料を全部揃え、疑問点をつぶしながら PC ソリテアを通算で5回ほどやってみて、このゲームの概要はわかった。

序盤の食料供給の難しいマネージメントは楽しい。中盤までにうまくシナジー(相乗効果、特に食糧供給サイクル)を組まないと、後半どれほど家畜を殺しても間に合わなくなるあたりはよくできてると思う。労働者を増やし、柵を作り家畜を飼うあたりまでは希望通りの面白さがある。しかしそこから先に進むために「小さな進歩」「職業」カードを選ぼうと思うと、五里霧中になってしまう。選択肢が多すぎるし、その効果が微妙すぎるのだ。

「プエルトリコ」に比べほとんどのカードのメリットが曖昧というか、ピンポイントの特定場面だけで薄くメリットがあるというデザインになっている。たとえば「大工」は家を建てるのに木を2個少なくできるが、家を建てる機会はゲーム中最大3回しかない。そのために貴重なワーカーを【今】派遣すべきかどうか。そこが現時点で俺には判断つかない。木が6個たまったときに取れば同じ1ワーカーで同等の効果が得られるのだから、待ったほうがいいのではないかと考えあぐねてしまうのだ。プエルトリコなら建築の機会は10回くらいあるから、大工カード(採石場)の強さは誰でもわかる。それに見合ったコストを払い手に入れるべく、ビギナーでも迷わず努力できるのだが。

このカード価値判断のつけ難さはこのゲームの持つクセでもあるだろうし、すべての行動にコストとしてワーカー1人が一律にかかる(+強力な選択肢には資材その他が必要)「ワーカープレイスメント」という仕組みが持つ難しさでもある。この仕組みではワーカーコマがゲーム中最重要な通貨なのだが、上記の木の収穫時期に象徴的に見られるように、為替レート(1ワーカー配置の価値)はタイミングによりさまざまに変動する。単価均一で商品の価値がそのときどきで変わるという、相場のばらつきと駆け引きを生むシステムなわけだ。したがってタイミングの良し悪しが命運を分ける。そして同じワーカープレイスメントのストーンエイジや Lord of Waterdeep と比べ、アグリコラではそのシビアさが極めつけなのである。見極めを誤ったらたちまち食い詰めえらいことになる。

多すぎるカード選択肢のそれぞれでこのタイミング判断が係数として入ってくるわけだから、思考は:

『次の収穫で麦は2取れて牛が1増え、牛はかまどで3食料になるから+5、ワーカーは3人で食料が9必要で...うちは○○がいてキノコが1つ取れるから+1、もしオーブンを買えばパンは+2で....残り2ラウンドだから収穫前にオーブンを建てるためには石を取って.....次のターンで土を取らないと間に合わないが........もう1ターン待てば○○が1個増え食料を3増やす○○が買えるので.......あーガガープシュー......』

みたいな感じになる。かくしてキャパシティ乏しき俺の計算脳はハングアップする。係数が増えすぎるとゲームは数学になってしまう。実際アグリコラは数学的すぎて、木や動物の増減の計算ミスを避けるためのツールがあちこちで発明されているくらいである。

この変数的なばらつきを乗りこなし、単一では薄いカードのメリットを組み合わせ戦略で最大化することを楽しく悩ましいと感じる人にとってこのシビアさと多様性が魅力なのはわかるが(パン焼き窯だけで何種類もあるんだからね)、打ち手や処理を考える俺はまるで黒板の前でうんうんと唸る生徒だ。進歩テキストなんてもういやだよ。職業選べってそれはちょっと。シナジー効果やめときなって。こうした楽しみが計算量に裏打ちされるゲームでは、雨のよく降るこの星では、俺は自分の打ち手の良否がわからない。幻惑のワーカープレイスメント。

誘っても決してボードゲームをやってくれない人はまさにこの黒板前アタマ真っ白フィーリングを嫌うわけで、どこが限度という線引きは難しいが(※)、そういう気持ちを引き起こすゲームを俺は好きになれない。俺が買うドイツボードゲームを楽しんでくれている萌やMにそれをやらせたいとも思わない。家庭菜園にハマるMに農業ゲームをやらせたいと思ったのだが、これは作物を植え家畜を育てその成長とハーベスト(収穫)を楽しむ趣味的農業とは、相当に違う遊びだと思う。うちでは無理だ、アグリコラ。心は決まった。このまま未使用状態で売ろう。すいません買ってきてくれた奥様。

重い難しいとわかっていながら、あのアニミープルの写真にしびれ買った俺が馬鹿だった。言い訳のしようもない。ほんとごめんなさいと思いつつオンラインで売却登録をする。はあ。
(※)BoardGameGeek のゲーム情報にユーザーアンケートによる Game Weight(ゲームの重さ)という項目があり、アグリコラは5段階で 3.6 になっている。プエルトリコで 3.3。グレンモアが 2.7、Mが好きなパンデミックが 2.4 なので、3.0を切るあたりがうちにはいいのだろう。

◇

いま考えていてわかってきたが、これは中盤以降はテキストを使った数学的例外処理の集積で稼働するゲームなわけで、強い例外処理が重複すると強力すぎて突き抜けてしまう。だから1枚1枚を微妙な弱さに落とし込んでいるんだろうな。その調整仕事は天才的なのかもしれないが、そんなにメカニクスが美しいゲームではない。

でそのテキストによる数学処理が俺には苦なんだから、楽しめないのは致し方ない。こうした数学的思考よりも俺はカルカソンヌのような、地形や位置がキーとなりなにかビジュアルな美しいものを組み上げていく、そんなゲームをやりたいと感じる。もしかしたらそれは陣取りやウォーゲームなのかもしれない。まだわからないけれど。

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アグリコラに疲れ、なんとなく久しぶりに PC 版ドミニオンをやってみる。するとこれは軽くて楽だ。「何手後に○をいくつ取るために今必要なのは○○」とあまりにもブレインバーナーだったアグリコラをやったあとでは、「ここで○を買っておけばいずれ買い物時に助かるな」くらいの判断でどんどん進んでいくドミニオンのデザインがあらためて素晴らしいと思った。そんなに好きなゲームではないけれど、この軽さで多様性を味わえるのはすごい。前は気づかなかったよ。軽いゲームのありがたみが脳にしみる。

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■12/07/08(日) □ ゲームの目覚めを語り合う
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5年に一度の大ゴミ片付け。でかいトラックをレンタルし、MKがうちに残していった木工材も大量にあるので、奴を呼びつけ手伝わせる。浸水修理のときに使った廃材や去年作ったツリーハウスの余りもあり、今回はこれまでで一番捨てたと思う。ふー。

道すがらMKが、「僕が一緒に住んでる時にトモが今みたいにボードゲームに狂っていたら、どれだけプレイできたかわからない」という。全くだよなあ。惜しいことをしたものだ。しかしMKは家ではボードゲームなんかやらなかったのである。うちで行われていたのはグランマの「スクラブル」など伝統ゲームだけで、MKが結婚転居後Mがクラシックゲーム「クルー」をたまたま中古で買ってきたことで、俺はボードゲームに目覚めたのである。2年くらい前かな。

架空の犯人を論理で当てる「クルー」は面白いが、面白さに見合った時間の3倍は時間がかかる。場合によっては1時間を超えることすらあるゲームで、「今どきこんなのは古いだろう、もっと面白いボードゲームがあるだろう」と検索したらそこには新世代ドイツ/ユーロゲームの海が広がっていたのである。―――こう俺の目覚めを説明すると、「僕もユーロゲームを始めたのは引っ越した後、ここ数年だからね」とのこと。やっぱそうだったんだな。ほぼ同時多発的にそれぞれに、俺たちはボードゲームに目覚めたのだ。俺は純ユーロで、MKはD&D/アメリカン傾向と少し系統は異なるけれども。

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おそらく1トンくらいあっただろう木材ゴミを無事捨てトラックを洗い返し、ヘロヘロと帰るとアグリコラにもう買い手がついていた。さすがは天下のアグリコラ。助かった。ボードゲームはまったく、安易に決めてはいけないな。オンライン版で試せるもの以外は買うべきではないのかもしれない。

まあさいわいにもアグリコラは現在最高値のゲームなので、売ればその金でほぼどんなゲームでも買える。ここからまた夢をふくらませていきたい。

2012/07/10

日記「胸踊るボードゲームの精緻感」

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■12/07/02(月) □ 二度目の Waterdeep
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今日はまたMK家でダンジョンズ&ドラゴンズ会。話は前回からの続きなのだそうだ。なるほどねー、それはいいわ。これは時間がかかるから断片ショートストーリーしかできんではないかと思っていたが、長いスパンをかけ長大なストーリーを演じることができるのね。それはいいわ。

いいわとは思うが俺はやりたくはないので萌を置いて帰り、午後からボードゲーム部だけ参加することにする。前回書いたようにD&D世界は文句なくイントレスティングではあるが、時間が長くボードゲーム的なゲーム性がないので、俺は辛抱できない。

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午後ちょうどD&Dが終わったところに合流して、ボードゲームタイムとなった。ディクシットは前回同様楽しい。俺は「SFは嘘つき」「嘘なんかついてないわよとSFは主張した」と姪のSFを引き合いにしたお題シリーズをやり、これがいい感じで少数に当ててもらえて盛り上がった。

俺の持ち込んだ「お邪魔者」6人戦は楽しかったのだが、皆がもう少し心理戦にうまくならないと、連結や邪魔が簡単すぎて爆発的には盛り上がらないようである。筋金ゲーマーMKはさすがに前回の1ゲームだけで勘所を感じ取り、やいのやいのと口撃を加えゲームを盛り上げてくれたのだが、他の人たちにはまだピンとこないようであった。

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次に萌が当家持ち込み「グレンモア」をリクエストしたのだが、D&DファンのSFとKVのリクエストで「D&D Lord of Waterdeep(ウォーターディープの支配者たち)」 になってしまった。これは拡大盛り上がり要素がなくやや単調なゲームなんだよなー。しかし断るわけにもいかず、そこから1時間半近くの長いゲームとなった。

もう一度やってみてよくわかったが、これはやはりカラーキューブを集めてポイントに換金するだけのゲームである。「クエスト」というのは「チケット・トゥ・ライド」のチケットと同じで必要な色を集める仕事なのだが、その手順をワーカープレイスメント=早い者勝ちで複雑にしているだけだ。もしチケライに鉄道マップがなく、『赤4青3黄2を揃えたら9点ゲット』というチケットを達成していくだけのゲームだったらまったくヒットしなかっただろうが、これは大筋でそういうゲームだといえる。

 たとえば「アンダーマウンテンを急襲!」というタイトルで、実際やることは白1黄2黒4紫1とキューブを集めるだけって、考えてみればなんだそりゃではないか。これよりは「東欧の覇者!」とかいうタイトルで、同じく白1黄黒4紫1キューブを集めペトログラード→ソチあたりを地図上でビジュアルにつないだほうが、納得感も達成感もずっと高いわけである。

むろん建物のオーナーシップ、ラウンドごとの賞金アップ、陰謀(攻撃)カードなどさまざまな要素を盛り込み変化をつけているが、大筋は色集めなのでチケライのカードマネージメントのシンプルで軽い面白さを上回ることはない。さらにチケライと違い Waterdeep はクエストを捨ててもペナルティはないので、それもゲーム性を削ぐ。必死に工夫しなんとか達成しようという気持ちになれないのだ。

似たゲームであるストーンエイジは色集めの作業自体を派遣ワーカーの人数とダイスで楽しくしてるわけだが、このゲームの独自性である建物のオーナーシップ(メリットの大きな新設建物を使うと、建てたプレイヤーに利用料が入る)はそんなに面白くもない。「どっちもやりたい」というジレンマならば楽しいが、「それはやりたくないが....」という種類のジレンマなのである。

ゲーム内で単純に盛り上がるのはやはり「陰謀」カードによる攻撃で、ディクシットの報復でSFがなにかといえば俺を攻撃し、ワイワイやれたのはよかった。しかしそれはゲーム盤上の面白さではないしな。

また、前回やったときは「俺にはわからぬが建物名やクエストの内容がD&Dファンにはスペシャルなものなのだろう」と好意的に解釈したのだが、今日一緒にプレイした3人のD&D者はクエストに必要なリソース情報だけを参照し、そのタイトルなんぞは気にしちゃいなかった。D&Dの舞台設定が醸し出す効果なんて別になかったのである。ここに至り、なんでこのゲームが BoardGameGeek 人気投票歴代 40 位なんだ、アメリカンゲーマーおかしいだろうと腹が立ってきた。歴史的名作に与えられるような順位である。この程度のゲームがチケライ (76) やカルカソンヌ (88) のはるか上位だなんてどうかしてるよ。D&D好きなだけで投票してるだろうキミたち。

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俺と萌は熱のこもらぬ散漫なプレイで終わり(それでも上位と得点上の大差はなかった)、結局これが最後になり他のゲームはできず帰宅。ふー。これに比べてチケライはなんと見事に簡潔で、グレンモアはなんと戦略性が高いことかと帰りの車の中で萌と話す。まあクイックで戦略性が高く俺と萌が大好きなグレンモアも、5人戦だと1人分のタイルが減り時間が長すぎて楽しくないという評があるけれどね。今日は6人だったので俺が抜けて指南役となり、それを試してみたかったな。

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■12/07/03(火) □ 胸踊るボードゲームの精緻感
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用事で隣町に行き久しぶりにD&Dストアにボードゲームを探しに行ってみると、60 くらいで髭モジャのオッサンが店主相手に嘆いていた。

「俺はD&Dは好きだよ。だけどガマンならねえのは、マーケットを専有して他の RPG を全部殺しちまったことさ。昔はもっといろいろあったんだ」。
「(店主)それは言えるね」
「だろ?」

――なんという深い趣味の世界でございましょうか。TRPG 趣味の底力はすごい。ユーロを売るボードゲームストアはバンクーバー圏全体で3軒しかないのに、D&Dストアは小さいけどこうしてあちこちの町にある。趣味としての浸透の度合いと歴史が全然違うんだろうな。昨日も思ったけど、日本だと精緻系男子趣味の主流は鉄道やプラモデルとなり、北米ではD&Dなんだろう。
後日判明したが、この気難しそうなオッサンはうちのMKの知り合いだった。「一緒にやったことがあるけど厄介な人でさ、パーティを助けるべき場面でただただ自己中に働くもんで、みんなウンザリしてたよ」とのこと。見た目通りの難儀な人だったという(笑)。

昨日「お邪魔者」で分析や戦術など関係なく攻撃し合いゲームを楽しむSFとKVを見てても思ったが、彼らカナダ人ゲーマーはいい意味で子供っぽいんだろうな。そして「自分が何かを演じる(ロールプレイ)」方面に情熱を傾けることが好きなのかもしれない。そういえば遊星さんのゲーム史論記事に、『アメリカ人はずっと一貫してミミクリ(模倣)の遊びを重視している』というラインがあった。

ショップでD&D用のこういう厚紙3Dマップなどを見ていると、「これで遊びたくない奴はいない、そんな奴はおかしい」と思う。D&D自体は遊びたくないんだけど、こういうのはホントうらやましい。かわいすぎる。

しかし、ドイツ/ユーロボードゲームのよくできたメカニクス(ゲームルールの仕組み)にも、こういうマップに似た男子の胸踊らせる精巧な細工っぽさ、精緻感があると思うのだ。それでもし部品までチマチマと精緻だったらもうたまらない。愛さずにいられない。ゲーム好きが写真を見、ルールを読むだけでうっとりするのは、工芸品を愛玩するのに似ている。というか同じである。

俺は東洋のオジイなので、ロールプレイをするにはシャイで想像力に欠ける。鉄道や模型や盆栽はやらんが、喜びはやはりそっちの細密方面にある。ボードゲームのメカニクス内に心を彷徨わせ、指先で自分の庭を組み上げたい。ボードゲームをやりたいなあと、そればっかり考えている。新ゲームがほしいほしいほしい。

2012/07/03

日記『日本語物語のはじまり』

「【Euro】香川は大丈夫かしら」「生産的な夏休み」「日本語物語の添削」「ゲームを拡張したくなる」「スペインに退屈」

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■12/06/23(土) □ 日本語物語のはじまり
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萌の夏休みが始まる。この夏は家で一緒に日本語をやり直そうと決めたので、勉強の取っ掛かりとして母Mの提案で、萌が好きな物語ライティングを日本語でやらせることになった。するといまどきの日本語 IME の賢さのおかげで、音さえ知っていれば漢字がスイスイ入力できるので萌も気持ちいいらしい。俺のところへ走ってきて「○○って日本語でなんていうの?」と語彙を習っては PC に戻り、Word 上のテキストが遠目に黒く見えるくらいの漢字量で爆発的に入力している。

萌は完璧主義なので完成するまでは見せられないと隠しているが、SF タッチの冒険譚らしい。ある程度書いたところで添削指導しよう。文法を直し、語彙や語法を教えていけば、学習法として文句なく楽しく有意義だ。萌にとってこれ以上の学習法は思いつかないくらいだな。この手があったか。M先生えらい。さすが教育専門家。

◇

萌の日本語学校の同級生たちは萌より日本語読み力がかなり高いが、親御さんに話を聞くと家でマンガを読むかどうかがカギとなっているらしい。お母さんと友達の影響で英米カ文化漬けの萌はマンガをまったく読まないし日本語 TV も見ないので、そこで違いが出てくるわけだ(日本語に強い子供らはおそらく逆に、萌ほど大量の英語情報を摂取してないだろう)。

いっそ日本語学校でマンガを必読書にしてくれたらなあなどと安直な俺は思うわけだが、日本語学校はどこもマジメで『日本の子に負けない力をつける』なんていうモットーを掲げているので、日本の公定教科書を使い、週に一度しか教室に行けないカナダの子供にとってあまり現実的と思えない教程をカッチリと続けている。もちろん日本の学齢よりは教科書を1年半分ほど下げてあるが、それでも萌の力と教程の乖離は年々甚だしくなる一方で、俺は萌にふさわしいリーズナブルな日本語教育を与えたいとここ数年ずっと思っていたのだ。

で家族と本人の相談の結果、読みも意味も覚えてない単語の形だけをドリル帳になぞるような勉強はもうもうここまでにしようと決めたわけである。他の日本語お母さん方とも協力し、日本語能力検定試験(英検の日本語版)の教材などを使って、俺が萌に合う課題を与え教えていこうと。

日検のサンプルテストを萌にやらせてみると、もともと日本語ネイティブなので聞きとり問題は朝めし前に正答できるし、漢字や語彙も書き取りではなく4択なので、「これだ」と過去の勉強記憶の中から答えられる。当用漢字と熟語を網羅する日本の教科書に比べたら内容が生活シーンに絞られているので単純で、うまく使えばクイズのような感覚を持ちつつ萌の弱点である「読む力」を鍛えられると思う。この資格取得を目標にフレキシブルにやってくのはきっと楽しいだろう。

◇

『日本の子』のようにだなんて高望みはしないが、現実的な努力量で有意義な学習体験と学ぶ喜びを得つつ、いつか巡り合ったら素晴らしいマンガも読めるようになってほしい。そのスタートとして、かな漢字変換の力でガンガンとプロダクトを作り上げていくこの夏のライティング実践は、実に好ましい。楽しいし、お互いにやる気がするしね。

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■12/06/26(火) □【Euro】香川は大丈夫かしら
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【スペイン-ポルトガル】はすさまじい試合だった。イタリーに続きポルトガルも、高い位置での躊躇ないタックルと速いフィードでスペインを攻め立て、攻め続けることでスペインの攻撃をしのぐというすごいサッカーに打って出た。それがあと少しで結実しそうだったのだが、いかにロナウドでも全速カウンターからでは腰の入ったショットはなかなか打てず、やがてポルトガルの足が止まり PK 戦という試合。惜しかった。

この試合を見ていてつくづく思ったが、ビッグクラブの超一流選手はやはりみんなタダモノではない。こいつすごいなと思って所属先を検索してみると、「レアルのコエントラン」「マン U のナニ」となるほどの答えが出てくるのである。ナニが狭いライン際で全速ドリブルを仕掛け、潰されても最後の最後まで抜けようともがくところなどを見て、香川はこんなすごい連中とポジションを争うのか大丈夫かほんとと思った。

香川はボックス内でボールに触り、コントロールしてゴールするのはワールドクラスにうまいかもしれないが、CL や Youtube 映像で見る彼はこんな高度な技術を伴う肉弾戦に立ち向かい、不可能を可能にしようとする「タダモノではない」選手ではない。「J リーグが誇る名手」的な選手だとは思うが、たとえばドリブルシュートではかつてのセレッソ森島よりうまいとも思えないのである。モリッシーがブンデスに行っていたらきっと大男たちを手玉に取ってくれただろうが、この2期の活躍はつまりそういうことではないかと思う。

そんなわけで、香川がナニらと競い、こうした壮絶な試合で大仕事をするシーンが、俺には想像できない。もちろん頑張ってほしいとは思うけど。買うならホンダを買ってほしかったぜマン U。

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■12/06/28(木) □ 生産的な夏休み
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萌は毎日割合生産的でいい夏休みを送っている。去年も同じで、6月あたりはずっと最低な機嫌で過ごし、夏休みになったらコロっと直ったんだよな。萌は学校を楽しみ大好きだが、そこはガールズ政治のエゴとストレスがうずまく場でもある。年度末はおそらくみんなのストレスが最強に煮詰まって、言動も荒れるのだろう。

一緒にあれこれ仕事を片づけ、夕方バドミントンをしていると小雨が降ってきた。雨の匂いがする。雨が降っても寒くないのは日本みたいで気持ちがいい。もうじき行く日本の夏を思い胸が高鳴る。

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■12/06/29(金) □ 日本語物語の添削
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萌の日本語ライティングを初めて添削した。文体が全編現在形で書かれており不自然なのでなぜかと問うと、大ヒットジュブナイル小説「ハンガーゲーム」がそうなっててカッコいいからだという。本を見てみるとたしかに、「I go to the class and talk to her. No clue.(あたしは教室に行く。そこで彼女と話す。手がかりなし)」てな感じのドライな文体になっている。なるほどね。子供ってそんな文体もコピーするもんなんだなあと改めて感心した。

こういうのってフォークソングなどの影響でアメリカ文学に生まれ、ビジュアルなイメージを喚起するので映像文化の発達と共に定着したスタイルなのだと思うが(つまりファーストパーソン・シューティング的な文体)、しかし全部現在形というのは日本語では相当に変である。過去形と現在形を混ぜるのはリズムを出すために誰でもやるけれど、全部そうだと単に時制が間違ってるように見える。それでもそうしたいと萌はいうので、日本語じゃこれはヘンなのだと説明したうえで、そのままにして進むことにした。

◇

内容は面白い。パスコードやキーボードが埋め込まれた机などといったガジェットに満ちた未来世界で、学校にモンスターが押し寄せるというお話。これは書いていてワクワクするだろう。俺が小学校の時に授業中に書いて先生にビンタされたマンガみたいな内容だ。

そして新しい言葉を覚えるにはやはり、これはすごく効果的な学習法だと感じる。

「ここは日本語だとこういう言い方はしないじゃん。○○○でしょ」
「あ、そうかそうだね」


と手直ししていけるのである。それを漢字で書かせ、後ですらっと読めるまで何度でも音読させれば、記憶定着法として相当にイケるんじゃないだろうか。いい感じです。

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■12/06/30(土) □ ゲームを拡張したくなる
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「修道院と市長」コマたち
グレンモアの終盤をもうひと盛り上げするために、使ってないカルカソンヌ拡張「修道院と市長」の家と車コマを使い何かできないか考えてみた。

【市長】タイルの位置入れ替え?
【馬車】ワーカーを載せ、アクティベートで2マス移動?
【修道院】まわりを囲んだら9点?

てな感じで考えてテストプレイしてみると、見た目はすごくよくなるのだが、やっぱりゲームバランスが崩れてしまう。「馬車」は使い道があるしゲームのテーマにも合うと思うが、「寺院」や「市長」はこじつけくさすぎるし、無理があるな。

結局いい案は何も思いつかない。こうしていじろうとしてみると、グレンモアがいかに完成したゲームかよくわかる。実際 BoardGameGeek でもバリアント(オプションルール)案の投稿はほぼゼロだしな。しかしゲームを拡張したいというこの気持ち、これこそゲームデザインだ。カルカソンヌなど有名ゲームの拡張だって当たり外れが激しいわけで、ユーザーが拡張して悪いわけもない。面白いかどうかは別にして。


かわいい「グレンモア」用家畜コマ
もしグレンモアに拡張を入れるとしたらあのアグリコラみたいな牛や羊のコマを買い、村で動物を育てたいな。今は牧場のアクティベートで産出し即売るわけだが、エサを与え飼って殖やしたいのだ。しかしまあそれが「アグリコラ」なのかな、「アグリコラ」を買えばいいのかなと思うんだけど、長大ゲームはなあ......。

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■12/07/01(日) □ スペインに退屈
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イタリー惨敗をP家で観戦。2点取られたところまでは1点返せばまだ楽しめると思ったし、大差がつくようなクオリティの差は両チームになかったと思うのだが、モッタの怪我で万事休した。イタリーは運もなかったし、日程による疲れもあったのだろう。スペインは初戦のドローからイタリーを学習してより慎重に見えたしな。

スペインとバルサのパスサッカーに、俺は退屈している。今大会のスペインへのブーイングで、それは俺だけじゃないのだと気がついた。徹底してパスをつなぎ、失ってもすかさずつぶして相手に攻撃させないそのやり方は、サッカーをクローズなものにしてビッグゲームの楽しさを半減させてしまう。もちろん相手はそれを破らなければならないわけで、文句は言えないわけだが。

その籠の鳥的延々と長いパス回しにも興趣を感じないし、勝負シーンでも走っている選手の足元にパスが行きシュートが打たれることがあらかじめわかり、意外性を感じない。スペインのシュートはほとんどがパスで作った「数的優位」を生かしたゴールなので、わかってもいても DF は止められない。ブロックに行けない。だから最強なわけだが、そういう見てて成り行きがわかる得点にはスペクタクルではなく既視感を感じてしまう。

初戦でのイタリーと準決勝でのポルトガルの無茶苦茶に強い縦パスには、スペインがクローズしようとする籠をぶち破りオープンにするという強い意志を感じて興奮させられた。ピルロが前に出すタイミングの速さ、強すぎるコエントランのパスをコントロールしてゴールに向かうロナウド、そういうパス展開にはすごいスリルを感じる。バロテッリのアナーキーなほどに強烈なゴールには、あらかじめ予想したものではないものを目にする快感を感じるのだ。

それだけに、イタリーの持ち味が出なかった決勝は残念だった。ま、あと2年でイタリーはもっとタレントが出てくるだろう。今のカッサーノ以上の FW がセリエにいないとは考えにくいし、バロテッリは真のワールドクラスになっていくだろうし。スペインに肉薄していくチームがいくつも出てきて、この先に楽しみがつながる大会だったな。

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カナダデーのお祭りに行っていた家族をピックアップして、SH家へ。晩飯後「お邪魔者」初の4人戦となる。鉱夫 3 お邪魔者 1 ではお邪魔者が弱すぎるとの評を読んだので 2-2 にしてみたのだが、これだとやはりお邪魔者が有利すぎた。そのバランス感が微妙だな。

しかし自分がお邪魔者であるときの「(いかん、このままではゴールされしまう、もう1人のお邪魔者は誰なんだ、助けてくれ!)」という焦燥感はやはり楽しかったな。みんなもっと慣れて戦術話術の可能性に気づいたら、もっと盛り上がると思う。

2012/06/24

日記『「お邪魔者」は完璧チョイス』

『日本へ持っていくゲーム探し』『「秘密」ゲームが見つかった』『アンク・モルポーク』

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■12/06/15(金) □ 日本へ持っていくゲーム探し
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今日は快晴20度で水に入るにはちょっと涼しいくらいだったのだが、萌は学校の年度末ウォーターパーク大会でえらい盛り上がったとのこと。しかしサンスクリーンの塗りが甘かったらしく、顔から背中まで真っ赤に日焼けしてしまった。これは明日あたり痛くなるだろう。気温20度でこれなんだから、カナダのUVはアホらしいくらいの量である。こんなに寒い雨の日々が続きつつ、雲が切れるとたちまち肌がこんなに痛むんだから、ふざけた季節だ。毎年そう思う。

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日本行きの宿予約等が済み一段落したので、持っていくボード/カードゲームを探している。昔から欲しかった「ボードが美しい農場ゲーム」と、ディクシットで目覚めた「秘密を持つゲーム」の2つがほしい。農場ゲームとしては「オレゴン」が浮上してきた。


西部開拓ゲーム「オレゴン」
「オレゴン」は地味に安定して面白い開拓ゲームとのことだが、ルールを読んでみるとほしかった農園ゲームとはちょっと違うか。開墾、収穫、拡大再生産というゲームではないな。

オンラインで試せるサイトが見つかりルールを読みながら1人2役でやってみたのだが、これはグレンモアと同系統だな。ミープルに隣接したマスに建物を置くとアクティベートされポイントが得られる。建物の横にミープルを配置しても同じく、アクティベート&ポイント。その置ける場所が持ちリソースや金ではなく、座標を示すカードで決まるというのがグレンモアとの違い。わかってみると「あそこに置きたいがカードが出ないー」というジレンマはカルカソンヌみたいでなかなか面白いけれど、グレンモアのほうが当然新しい分よくできていて、より多様な村が作れる。こっちのほうが簡単なのでおそらく奥様にはプレイしやすいと思うが、生産ゲームでも農業ゲームでもないので今回はパスだな。ま、試せてよかった。

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■12/06/16(土) □ 「秘密」ゲームが見つかった
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お手軽な「秘密を持つゲーム」としてぴったりなのが見つかった。善良なるドワーフが穴掘りトンネルカードをつないで金鉱を目指し、正体を隠した邪悪なドワーフ「お邪魔者」が密かにトンネル破壊行為を行うというゲーム、『お邪魔者』。多人数推奨だが3人からできる。地元で手に入る。


トンネル掘りゲーム「お邪魔者」
正体隠匿ゲームの大御所である「レジスタンス」や「人狼」は面白いだろうが多人数専用だし、カードは役割が書かれたものだけらしい。つまりすべては概念で出来上がっているゲームのようで、抽象的な心もとなさがある。

「お邪魔者」はその点トンネル連結とその妨害というわかりやすい行動の中で、正体隠匿と秘密のスリルが楽しめそうなのだ。レジスタンスなんかいくつ記事を読んでもルールがわからないが、これは写真1枚で「あ、穴掘りね」とわかる。どう考えてもこっちのほうが万人にウケるよな。これだ。父の日に買ってもらえるようお願いしました。

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■12/06/17(日) □ アンク・モルポーク
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Discworld: Ankh-Morpork
「お邪魔者」を買いに行ったMが、フェイバリット作家テリー・プラチェットの企画ものである「ディスクワールド:アンク・モルポーク」というゲームを見つけ衝動買いしてしまった。おま、そんな企画ものが面白いわけないだろう。なんで私に相談せぬのだと怒りつつ調べると、デザイナーは有名なワレスさんとある。でもってボードは美しい。ふむ。

では一応やってみるかと2人でテストプレイしてみると、何百枚もあるカードにびっしりと書かれたテキストに従い処理をするタイプ。ゲームは単純そうなのにテキスト読みがめんどくさいという難儀なタイプである。手番ごとに5枚ほどのカードテキストを読むのだから、非常にテンポが悪い。

それに英語(ワレスは英国人)というのは説明においてバカな言語で、

「他のプレイヤーを1人選び、その人が5ドル払えなかった場合はこのカードをその人の前に置く。するとこのカードは手札の補充時に5枚制限の1つとして数えられる。彼はこれを取り除くことはできない(Dr Whiteface)」

なんてカードがある。うちのM大先生が読んでも意味がわからない。これは読解するとつまり

「他のプレイヤーに押し付ける。その人が5ドル払えなかった場合は手札の1枚となり、捨てられない」

というババ・カードなわけで、いったん読解すると原文も辻褄が合うのだが、そういう『論理整合性は合ってますが。それがナニカ?』という高飛車文章が英文世界には多すぎる。どんなゲームでも日本語説明書のほうがわかりやすいのは、輸入元や訳者がこうしたバカ難解独語英語を読解し、誰でもわかる普通語にしてくれているからである。日本語翻訳者というのはそういうサービス残業をいつも強いられるのだ。

ともあれ、このカードに代表されるように効果は「暗殺」「地震で建物が霧散」「敵の手札を全部見て1枚捨てる」など、無茶苦茶強烈なものばかりで、攻撃だけではなく引いた自分に災難が降りかかることもある。建物をいくつか持つと金は使い切れないくらい入ってくるし、すべてがダイナミックかつ雑で、だんだん笑えてきた。これは意外やバカゲーなんだな。評を読むと「ワレスがアワードを取った大作の片手間に作ったお遊びゲーム」だって。なるほどね。

ゲーム内容は美麗な街区地図上の陣取りゲームなのだが、こないだやった「D&D:Lords of Waterdeep」もそうだったように、地形には特に意味がない。「○○という建物にコマを置くと毎ターン3ドルもらえる」といった建物効果は根拠薄弱であり、そういう効果しかないボードはいくら美麗でも面白みがないのである。ボードはゲーム世界の地図なわけで、地形には意味があってほしい。山は越えられないとか、湖があって自然の障壁になっているとか、そういう地形効果がある方が楽しいに決まってるではないか。チケライ Euro の地図は美しい上に地形にゲーム上の意味があるから素晴らしいのである。

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やがて気がつけばゲームは終盤ぽく、お、俺は勝てるぞこれはとちょっと身を乗り出す。勝つためにはあそこをこうしてこうして、あれだな。よし。―――というところで、Mが「トラブルマーカー8個で私の勝ち!」と宣言。俺は陣地数が勝利条件だったのでえーっと驚いたが、各人勝利条件が全然違うのだった。秘められた勝利条件でもって各自努力するというゲームなのね。それはなかなか小味が効いてるな。

というわけで全般的にバカゲーだと思うけど、笑って終わりプレイ後感は最初に思ったよりずっとよかった。雑な上にテキストが大量にあるという俺の好みの正反対のゲームなのだが、タワけた流れの中で「あれとあれをやれば勝てる」という陣取りのわかりやすさがあり、時間も短いのがよかったのだと思う。何度もやり込むようなゲームでもないが、うちには他に陣取りゲームがないことだし、ときおり取り出してやる価値はあるなという感じ。

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■12/06/20(水) □「お邪魔者」は完璧チョイス
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ゴール直前に行き止まりカード。
放課後萌と共にMKのところを訪ね、ついに「お邪魔者」3人戦をやってみた。【緒戦】はMKがお邪魔者と信じ、萌とタッグを組んでひたすら彼を攻撃していたのだが、最後に萌が行き止まりカードをペタと置く。―――「お、お前だったのか!」「だから僕じゃないってさっきから言ってただろう!」―――。楽しー :-)。しかし邪魔のタイミングが遅すぎて簡単に行き止まりカードは除去され、善良ドワーフ側の勝ち。

このゲームはカード構成が絶妙で、善良ドワーフがゴールまでつなぐのは思ったより難しい。連結には役に立たないカードが手札にガンガン入ってきて、そのマネージメントがなかなか難し面白いのだ。無用なカードを捨てて場札を引くことで、善良ドワーフは手札を浄化し、お邪魔者は穴掘りに協力しているフリをしつつ破壊ツールと(自分用の)修理ツールを集める。面白い。


見るからに邪悪なお邪魔者。ウシシ。
【2戦目】は俺がお邪魔者。序盤からあからさまに邪魔をすると身分がバレて総攻撃を受けるし、遅すぎると緒戦のごとく破壊が間に合わない。いつサボタージュをするかが鍵となるわけである。

俺は疑われ攻撃もされていたが、ゴール直前でトンネルをブロックして正体を表し、総攻撃を受けながらも同時に別部分のトンネルを崩落させ、このコンボが見事に決まった。正体がバレ攻撃され行き止まりカードを置けなくなっても、崩落や道具破壊カードは使えるのである。なのでブロック&崩落をタイミングよく行えれば、穴掘り側は同時に2ヶ所を直さねばならず、お邪魔者への報復攻撃もその分弱まり、大きくバランスが傾ぐのだ。面白い :-)。MKと萌はうあーと怒声を浴びせながら(赤ちゃんを寝かせているMK奥さんに怒られました・汗)修復を試みるが間に合わず、カードが尽きて俺の勝利。やっ・た\(^-^)/。

【3戦目】はMKがお邪魔者なのはわかるが、いつ攻撃がくるかわからないままハラハラとゲームが進む。このゲームはお邪魔者不利という評が多いが、単純な横トンネルカードが希少なカード構成ゆえ善良ドワーフが延々とそのカードを引けず詰まることが多く、そこにお邪魔者が活躍する余地がけっこうあったりする。そして最後の7列目まできたところでついにMKが「ウハア!」と攻撃し、「やっぱりお前かー」とこれまた盛り上がった。萌と2人でMKを袋叩きにし、無事ゴール。

これは完璧に期待通りだな。誰もが悩むことなく構築ができる。それでいて考えどころはある。演技ができ難詰ができ攻撃ができる。コロレットの問題である「テーマ性の欠如によるとっつきにくさ」もこのゲームは当然回避しており、ゲーム嫌いな人でも喜んで参加してくれるだろう。なんでこれがあることにこれまで気づかなかったのだろうと思うくらい俺の希望にぴったりだ。素晴らしい。ドイツゲームは無限だな。

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そしてこれまでどうもタイミングが合わずMKとやれなかったグレンモアを導入。初の真性ゲーマー相手のグレンモアである。初回なので面倒な「土地税ルール」はなしでいこうと思ったのだが、「コストがかからないなら取らない理由がない」といって彼は最後尾で他のプレイヤーが無視した全タイルを拾っていく牛歩作戦に入る。これは家族ゲームでは誰もやらなかった戦法で、土地税なしならこれで無尽蔵にリソースが取れゲームバランスが崩れてしまう。「いや実は最後に土地税がかかるので、タイル数を無闇に増やすのはクレバーではないのだゴメン」といって牛歩をやめさせねばならなかった。ほんとゲーマーはスキがない。こういうゲーム上級者のために、あらゆるルールは明記が必要なのだとよくわかる。


この牛・羊・麦・木コマがほしい!
セットで買えるのかな。
そこからあとは手順は説明不要で、各タイルの効能を説明するだけですいすいとプレイしてくれた。後半はさすがは筋金入りのゲーマーで、俺のタイル説明を聞いて「こっちのほうが同じリソースで出るポイントが大きいな」と建物を選び進めていき、酒工場作戦でガンガンと大量点を上げ、自分がほしい酒場が萌に取られるんじゃないかと手番を待つジリジリ感が顔と指先に現れるほど熱中してくれた。

説明入りで50分ほどでゲーム終了、説明で身が入っていなかった俺を抜きMKが2位。このゲームが大得意な萌が歳の市と肉屋作戦でいつの間にか点を稼いでおり及ばなかったが、MKは俺が所有するゲームでこれを一番楽しんでくれたんじゃないかな。やっぱゲーマーにはこのゲームのクオリティが一発でわかってもらえるのである。ヨシ :-)。

2012/06/16

日記「ダンンジョンズ&ドラゴンズ体験」

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■12/06/04(月) □ ポピュラーガールズ問題
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最近萌の中学生活の話を聞いていると、意地悪なグループにからかわれたり、くだらないことで大声を上げられたりすることがあるらしい。このグループを萌は「ポピュラー(人気がある)ガールズ」と呼ぶ。華やかでプリティで人気があるけど、裏では主人公に意地悪をするガールズというのは、まさにアメリカ映画や少女マンガの悪役。そういうのが本当にいるのね。

4~5年生の頃からその傾向はあったが、気が強くおしゃれな女の子たちがトップに君臨するという状況にいよいよなってきているらしい。しばらく前に萌が妙にブーツにこだわっていたのは明らかに彼女らへの意識からだったのだが、最近は運動靴も履いていき、それなりに自栄心とリアリティの折り合いがついてきてるかと思ってたのだが。難しいよなあ。

萌の言葉遣いや態度がどんどんとラフできつくなり、年齢不相応に声が低くなっていくことを俺は不愉快に感じている。たとえば何かを尋ねたときに、昔は

I-don't-know (中中中)=知らない。わかんない。

というフラットなトーンで答えていたのが、いまは

I↑don't-know↑(中上中上)=知らね。わかんね。なんで聞くの。

という反抗的なイントネーションで答える。そのトーンだけで俺はイラっとさせられるのだが、しかし実際のところそういうアティチュードを身につけないと、カナダのティーンはやってけないんだろうなとわかってきた。誰もが年齢的に自然とぶっきらぼうでトガってくるわけだが、学校ではそれが共鳴し合って攻撃性が増しているんだろう。そんな嵐の中に、子供のままのイノセントな心でぽつんと立ってなんかいられないのである。

萌はボーイズとは小学校時と変わらぬノリでギャハハと楽しくやっているらしい。ガールズは難しいのだ。俺の中学時の女の子たちは全然そんな険悪な感じはなかったが、日本の田舎の中学とカナダの中学ではまったく違うんだろうな。

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「萌が運動部で友達をつくるか、文化系のナード(おたく)ガールズと付き合ってくれたらいいんだけど」とMはいう。ポピュラーガールズとなんか付き合わなきゃいいのよ。その通りなんだが、運動部も文化部もないんだよこの学校は。1ヶ月限定のバドミントン等のスポーツイベントがちょこちょこ入るだけ。ほんと部活がないというのは痛いよな、カナダ中学。

まあイジメというほどの事態ではないのだが、とにかくめんどくさくて難しい。こうした子供たちの変化に教師がどこまで目を配っているのか、あまり期待はできない。親が子供に常に話を聞いて、細かく対応していくしかないと思う。

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■12/06/10(日) □ ダンンジョンズ&ドラゴンズ体験
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MK家で【初めてのD&D】。メンバーはSF、KV、LS、そして俺と萌とゲームマスターのMK。MKは俺がカナダに来た94年にすでに今の萌と同じくらいの年でこれをやっていたから、20年近いキャリアである。俺と萌以外はみな経験アリらしく、最初に以前の版と最新版のルールの違いなどが語られる。

ゲームが始まり小1時間は各自シートを読み込みキャラを構築していく感じ。自分は釣りが好きだの金にうるさいだの、自らのディテイルをてんでに盛り込みキャラと世界観を作っていく。萌の書くストーリーと同じでディテイル描写ばかりがどっさり積み上げられ、なかなか話が進まない。

キャラ作りとオープニングの町の酒場での相談が済み、準備が整いようやく冒険の旅に出る仕儀となり各自のコマをテーブルに置いたときにはもう2時間近くが経っており、ランチブレイクとなった。まだ町から出てもいない。こりゃ想像以上に気長な遊びだな(※)。
(※)あとでMKが言っていたが、SFが予想外に凝り性でどんどん細部を積み上げていくので、奴が企図したよりもいちいち余分に時間がかかっていたのだそうだ。なるほどね。

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シートに手描きのこの地図が楽しい。
ランチ後フィールドを表す格子のシートが出てきてやっとゲームらしくなってきた。ビニールの格子シートに、MKがフリーハンドで道や森を描き込んでいく。おー。これはイイ。ゲームボードをデザインしたいという気持ちは誰にでもあると思うが、これはそれができちゃうのである。素晴らしい。萌は当然喜んで、キャンプすると決めた場所に「ここが私の寝る木」などと寝場所を書き込んでいた。

モンスターはゲームマスターがシナリオブックの規定(?)に従った数と強さで、ちょうどいい難度になりそうな位置に配す。サイコロの目でバトル結果が変わる。このへんは想像通りの RPG で、「エディス(萌)は怒りに体を震わせェ、大きく息を吸い込みィ、敵に炎を吹きつけた! ストームブレス! クリティカルヒット!」とマスターMKが大声でナレートしてくれるのでバトルシーンが盛り上がる。盛り上がるけれどしかし、最初の雑魚敵6個のバトルで30分くらいかかった。ここはコンピュータゲームの手早さのほうがいいなあと正直思う。


「心配しないでブリツ、あたしは味方だから」と
ゴブリンに話しかけるエディス。
TRPG で面白いのはやはりトークの部分で、敵を倒したあと『この気を失ってるゴブリンをどうするか』なんて話が出てくる。なにをするのも自由なのだ。萌が「連れていける?」とゲームマスターMKに聞くと OK が出て、こいつが萌キャラのペットになった。するとMKがこのノンプレイヤーキャラクターの役割をやってくれるのである。萌が問いかける。

「お前の名前はなんなの」
「シャーマンはブリツって呼ぶ」
「じゃブリツ、シャーマンって誰?」
「シャーマンはシャーマンだよ、怖いよ」
「怖い? なぜ」
「俺が言うことを聞かないとぶつんだ。あんたもそうだろ?」
「あたしはぶったりしないわよ、ほらこのウサギを食べていいわよ」
「………こんなやさしいシャーマンに初めて会った」
「あたしはシャーマンじゃないわ、エディスっていうの、人間よ」
「人間ってあの弱いやつか? シャーマンに言われてこないだ殺したな」
「なんですって!? それはどこ!?」


―――てな具合に、MKの絶妙な演技とプレイヤーとのインタラクションで話が深化し、チームが依頼を受け探していた「モンスターに襲われた建設現場」特定へのヒントへと絶妙につながっていくのである。これはすごいなと思った。おそらく骨子はすでに決めてあって、その場その場でMKが即興で話を変えていくんだろう。こんなことは他の遊びではやりようがなく、だから何十年も遊ばれているんだな。ただただ会話だけでどんどん世界が広がっていくのがなんとも面白い。「テーブルトーク RPG は日本での造語」と Wiki にあるけれど、これを造語した人はエライと思う。これはゲームというより高度なゴッコ遊びだな。

萌は自分のイマジネーションが全部話に織り込まれていくので大喜びで、ゲーム自体は待ち時間が長く退屈もしていたが、最後までテーブルから離れなかった。ボードゲームだと1時間でも集中持続は難しいのだが。楽しさに輝く萌の顔は久しぶり。

俺は照れ性であまりオラなんとかしただ的演技はできず、ドワーフという無口がデフォルトみたいなキャラだったので話の流れ的な出番も少なかったのだが、他プレイヤーのトークを鑑賞しチャチャを入れるだけでも十分に楽しかった。

◇

俺は、プレイ時間5時間(!)でリタイヤし、ユーロを見たくて先に帰宅。トークの局面局面はまことに面白かったのだが、5時間かけてバトルが1回半とキャンプが1回というゲームの進まなさに疲れた。D&Dにはボードゲーム的な意味でのゲーム性(メカニクス)はまったくない。俺はボードゲームのメカニクスというものに最大の魅力を感じてるので、D&Dはテーブルゲームとしてはボードゲームより相当に冗長と感じる。5時間遊べるなら、俺は5つの別種のボードゲームをやりたいのが正直な思いで、逆に言えば1つのゲームで5時間は俺は持たない。

バトルにも時間がかかるし、それに「タクティクスオウガ」など緻密に戦力と地形バランスが取られたコンピュータゲームに比べると、なにしろ材料は手描きの地形とサイコロなので戦略的な楽しみも薄い。「うーん、まあ手近のこいつを倒します(コロコロ)」という感じ。この部分は練り込まれたバランスをいつでも再生産できるコンピュータ RPG にかなわないなと思った。お金を使い村で買い物しキャラを育てる等のサブ要素がないことも物足りない(無論やればいくらでもサブ要素は加えられるだろうが、それなしで数時間かかるゲームにさらに細部を加えるのは....ということ)。

あとで結末を聞けば、「開拓地を破壊したのはシャーマンに操られたゴブリンたちだ」という調査結果をクエスト依頼者に持って行くと、実はこの依頼者こそが悪役だったというどんでん返しとバトルが最後にあり、盛り上がって終わったらしい。なるほどねえ。しかしそれはやはりコンピュータ RPG の『最初の村の人助けクエスト達成』くらいの話のボリュームで、それに数時間かかるんだから大規模な物語はなかなか描きにくいだろうな。

総論として、D&Dのトーク部分の自由度とインタラクティブ性はどんなゲームをも上回るだろうと思う。しかしコンピュータ RPG の手軽さと緻密さ、ボードゲームのメカニクスと思索の面白さのほうが、俺には向いているなという結論となった。

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「ディクシット」この絵たちの奇天烈なことよ
ユーロを見終え萌を迎えに来るとまだ遅い晩飯を食ってる最中だった。そして最後に「ディクシット」が出てきた。もう9時を過ぎ萌を連れて帰らないといかん時間なのだが、これは数年前のボードゲーム大賞作である。ぜひやりたいので半荘だけお願いしますとやってみる。

全員が奇天烈な絵の描かれたカードセットを持ち、手番が1枚のカードにお題をつけて伏せて出す。残り全員もそのお題に合うカードを選んで伏せて出し、どのカードが手番のものかを皆で当てるというゲーム。それだけなら面白くもないのだが、手番は全員に当てられるか全員が外れるとゼロ点というのがキモになっている。つまり「そこそこわかってもらえる秘密」という微妙さがゲームの核心なのだ。そこに突如としてゲームのスリルが生まれる。

始まると1問目の投票から「えー、どれだよ」と想像通りに盛り上がり面白い。全員がニヤニヤ顔になる。ゲーム形態として誰にも待ち時間がないし、自分が題を出す番も待ち遠しい。自分の手札のどれにも「わかってもらえる秘密」なお題がつけられず苦しむという場合も多々ある。半荘のつもりが結局1ゲームやってしまったくらい面白かった。

萌はディクシットを買ってくれと言うのだが、ゲームの性質上6人くらいいないと面白くないわけで、買ってもちょっと出番がそんなにないな。しかしこういう秘密を持つゲームはほんとうに面白い。人狼とか「レジスタンス」などの、正体隠匿系のゲームがぜひほしいと思う。

『秘密』『計画』『生産』『拡大』―――このへんに俺が面白いと思うボードゲームの鍵があるのは明らかだ。D&Dと「パンデミック」にはそれがないわけである。前からほしい農園ゲームはいまだにこれといったものがないのだが、秘密ゲームも同時に探していこう。

2012/06/05

日記「農園ゲームを探そう」

「グレンモア・ソロプレイ案」「ダンジョンズ&ドラゴンズ大会準備」「雨のキッズキャンプ」

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■12/05/27(日) □ 農園ゲームを探そう
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MKのベイビー、いつもニコヤカ
でカワイス。
甥MKのベイビー生誕百日祝い。YLはいつでもニコニコしていて実にかわいいベイビーである。萌は自分がお姉さんになった感覚があるらしく(実際はイトコの子供なので萌は叔母)、YLと会うといつもこうしてべったりとくっついている。もっと早く、うちに住んでるうちに子供を作ってくれたら萌がもっと遊べてよかったのだがな、MKよ。

ボードゲームはやる時間がないだろうなと「コロレット」だけ持ってきたのだが、取り出すチャンスはなかった。コロレットはルールは簡単明解なのだがうおおと盛り上がるゲームではないので、みなの話の腰を折ってまでは出しにくい。

往復2時間の間MとLDはずっと家庭菜園のことをくっちゃべっていた。「キャベツとか葉物の横に●●を植えるとお互いに悪影響を与えるのよ。◇◇と◆◆は一緒に植えられないし。困ったわ」とかいう内容。「―――ふむ。そりゃボードゲームの話みたいだな」とつい口を挟んでしまった。「アグリコラ」ですかね。

――ああそうか、作物を育てるゲームを探してMにやらせればいいんだよ。アグリコラは重量級長時間ゲームらしく無理だと思うが、軽い農業ゲームだって探せばあるだろう。グレンモアも作物は作るけど、種をまいて収穫してというリアル農業フィーリングまでは残念ながら得られない。そこが農業好きなMに訴求しなかったのかもしれない。

見た目かわいくて作物を育てられ、こうしたパーティで説明しながらやっても間が持つくらいの、カルカソンヌやチケライ+@程度のルール量。そんなゲームがあったらどこででも自信を持って取り出せるだろう。

コロレットはテーマがない純ゲームなので「ゲームをやる?」としか言いようがなく、ゲーム好きではない人にはチトお勧めしにくい。人との頭脳戦をストレスに感じゲームをプレイしない人も多く(これがボードゲームが普及しない最大の理由だろう)、そうした人々には対人ジレンマだけを抽出してゲームにしたコロレットみたいな純ゲームはまったく訴求しないだろう。

しかしたとえそういう人でも「農園ゲームをやる?」と聞けば、「どういうゲームなの?」と軽く食いついてくるはずである。実際に農作業をやりたいかどうかは別としてw、アグリカルチャーというのは魅力あるテーマなのだ。そこでメカニズムを説明してやれば今どきの生産ゲームが面白くないわけはないので、きっと引き込める。「作物をうまく作ったほうが勝ち」という内容ならば、ボードゲームは頭脳勝負ではなくレゴのようにクリエイティブな遊びの一つなのだと誰にでもわかってもらえるだろう。探してみよう。

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■12/05/29(火) □ グレンモア・ソロプレイ案
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村をつくるゲーム「グレンモア」
農場もので面白そうな「ウォルナットグローブ」の動画を見てみたら、タイルを配し作物が出るというあたりがうちの「グレンモア」に似ている。グレンモアにより多様な要素を加えた感じのゲームに見える。これを見てやっぱグレンモアはいいゲームなんだよなと熱が再燃して、久しぶりに1人2役でソロゲームをやってみる。

負けてる方を勝たせようと努力するとソロでも面白いのだが、しかし考えること(検討すべきタイル数×配置位置×2)が膨大な量になるので時間がかかるし、疲れる。そこでサイコロを使って思考量を削減する方策をいろいろ試してみた。

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【グレンモア・サイコロソロ】
  1. 1人2色(ここではP1/P2)を担当、ダミーの黒を加え計3ミープルをタイル取りトラックに置く。
  2. 「0タイル」をP1/P2/ダミーに2枚ずつ配布、リソース産出を行ってからゲーム開始(1周目はけっこう単調なのでこの配布でさっくり省略。同じタイル(石・石など)が1人に重複して配布された場合は、山に戻してもう1枚引く)。
  3. P1/P2の手番では普通の6目サイコロを振り付属の特殊サイコロを2回振り(普通のサイコロだと1と6が出やすすぎるので)、出た目までのタイル(2~6)から選択して取る(これで手番に検討すべきタイルが1/3くらいに減り、進行が劇的に早くなる。どのタイルもミープル不足で置けない場合、ミープルを1マス1金で移動する。どのタイルも資材不足で取れず金もない場合は移動せず、1回休み)。
  4. あとはサイコロの出目に従いつつ、P1/P2の点を最大化するのみ。ラウンド3の最後の手番だけはサイコロを使わず、「橋」や「食料品店」といった大物タイルを狙って取り締めるのが吉。
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これがなかなかいい塩梅で、手番で獲得可能なタイル数が10→平均3.5(最大6) と激減するため、検討がごく短時間で終わり1人2役でもサクっと軽く遊べる。それに《取ったタイルをどこに置けば最も有効か》という、カルカソンヌ的な引き運最大化のゲームへと戦略も少しだけ変化し、それも楽しい。

1周目の0タイルは、誰もが後の建築に備え早い者勝ちで木と石を取るだけで展開に大差はないので、普通の対人ゲームでも自動分配にしちゃってもいいかもしれない。それにグレンモアの欠点として「選択可能タイルが多すぎて思考が麻痺する」という点が挙げられることがあるので、サイコロで獲得可能タイル数を制限するのは対人ゲームでも悪くないヴァリアント(オプションルール)かもしれない。グレンモアはじっくりと我が村を育て強くするゲームではなく、村長がその時々の最適手を探し村を切り回していくゲームなので、テンポが上がれば上がるほどプレイ感がよくなると思うのだ。

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■12/05/30(水) □ ダンジョン&ドラゴン大会準備
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萌の日本語学校前にMK家を訪問すると、MKが今度主催する家族ダンジョンズ&ドラゴンズ大会案を練り盛り上がっていた。このテーブルトークRPG(紙とコマで行うボードゲーム的なRPG)というのはどういうゲームなのか俺には想像もつかない。ボード上のフィギュアでチェスやタクティクスっぽいウォーゲームをやるのかと想像していたら、「フィギュアもボードもなくてもできる」なんていうのである。はぁ(?_?)。

とにかく詳細なキャラクターの肉付けがゲームの骨子となるらしく、種族、性格、髪の色、武器の種類などなど10項目くらいのパラメータを聞かれ、それをMKがシートに記入していき、俺はこんな感じのドワーフとなった。カッコいい。キャラづくりが心から好きな萌は超喜んで、自分のキャラに嬉々として細かな属性を与えていた。

しかしこういう絵やこれに似たフィギュアが具体的に与えられるわけではなく(これは単に Google イメージで出てきたドワーフ)、このキャラ特性が書かれたシートを俺が携え、MKの書いた「シナリオ」上の冒険に臨んでいくのだそうだ。うーむ、やっぱりわからん(笑)。しかしとにかくこれまでに体験したことのないことがやれそうで、面白そうである。決戦は2週後。

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■12/06/3(日) □ 雨のキッズキャンプ
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週末の萌のスクールキャンプは初日降ったりやんだりと天気が悪かったのだが、聞けば初日炊事場で晩飯を食って自分の3人グループのテントに戻ったら、なんとフライが風に飛ばされ中は寝袋も含めズブ濡れになっていたのだそうだ。たとえ借り物のテントの防水性が低くても寝袋が濡れないようにグラウンドシートまで入れといてやったのだが、上からずぶ濡れにされるとは想定外だった。やっぱ大人数のキッズキャンプだから、付き添いの先生も1つ1つのテントの様子まではチェックしてくれなかったのか。

でどうしたかと思えば、でかいテントのグループに3人で合流し、7人で寝たのだとのこと。狭いのは我慢できたが、濡れた寝袋が冷たくてなかなか眠れなかったらしい。俺もまあテントに水が入ってきて寝たまま濡れたことはあるけど、それは日本の夏だったからな。カナダの6月じゃ気温は15度だから、考えただけでも寒い。大変だわそれは。


一時は霧がものすごかったとのこと
しかしそれ以外は文句なく楽しかったとのこと。そりゃそうだよな。キャノンを渡しておいたのだが、楽しげなキャンプの様子が伺えてよかった。俺のキャノンはすでに5年ものだが、いまだに文句なく美しい写真を撮ってくれる。


2012/05/26

日記「Lords of Waterdeep」

「アンドロイドのリスト管理」「日本には四季がある説」

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■12/05/10(木) □ アンドロイドのリスト管理
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Google フォン G1 初の実戦として、Todo をメモに書いて買い物用足しへ。画面が明るいので閲覧性は前々機カシオ Pocket PC E-2000 よりはるかにいい。立ったままのキーボード入力もできる。想定してた場面ではしっかりと実用になった。


【Windows Mobile】Listpro。あらゆる
種類のリスト/データベースを自分で
デザインし運用できる。


【Android】Google タスクとシンクする
シンプルなリストの SSI gTasks ToDo
しかし問題なのはより詳細な ToDo/リスト作成系で、Windows/Windows Mobile/Palm の大傑作リスト作成プログラムである Listpro のアンドロイド版が出ていないのである。検索すれば俺とまったく同じことに悩む旧 WM/Pocket PC ユーザーは多くいるわけで、こういうツールをこそ作って売ればいいと思うのだが、MKがいうようにスマートフォンユーザーはライト層で、そんなにガツガツ情報を整理しないということなのかな。

仕方がないのでアンドロイドユーザーフォーラムで旧ユーザーが「Listpro の代わりにこれでガマン」と挙げている Todo 系を片っ端からダウンロードして試してみた。どれも Listpro にはまったくかなわないが、SSI gTasks ToDo は Google タスクときれいにシンクするという長所があると判明。これでなんとかしのいでいこう。

◇



【Windows Listpro】車のメンテナンスノート。
オイル交換時期や修理からの経過日数などが
わかるようデザイン。
Listpro で作った幾十のリストは、Google タスクなぞに移植可能な単純なリストではなく雑多なテキストデータを階層化により有機的にオーガナイズしたもので、PC を初めて買った 20 年前に「これぞ無限記憶機械を使う醍醐味」と集積と整理を始めた《自分に関する細々としたデータ》が、ここになんでもかんでも入っている。買ったものの値段やら旅行費用やら車のメンテ記録やら DVD-R の内容やら。TV の番組表もここに貼っておくと開始時間にアラームを鳴らしてくれる。

こうしたデータを表計算やデータベースソフトに入力してしまうと、検索はできるが一覧性がなくなる。アウトライン階層形式の利点は使う人の見やすいように見た目を変えられることで、他にこうした雑データを一覧性と検索性を両立させつつ整理する方法はないんじゃないだろうか。Listpro を使わなかった日は、Pocket PC を買って以降1日もないだろう。俺やおそらく多くの愛好家にとって、Listpro は欠くことのできない主力セカンド脳となっている。

モバイル環境がどうなろうとこの Listpro データは Windows 上で使っていくが、アンドロイド移行でこれを携帯することはできなくなってしまう。まあ仕方がない。ここから当座の ToDo 関連のみ移植して使っていこう。

◇

Course Vector Google Tasks というツールを使うことで複数行のテキストを一気に Google タスクにペースト可能と判明した。これで Todo 的なものは Listpro から簡単に移植できる。ありがたし。

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■12/05/13(日) □ 日本には四季がある説
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今年最初の夏日。今日はバーベキューをやる予定だったのだが、萌が熱を出してしまい肉など食える状態ではない。しかしともあれ仕込んだ肉は焼いてしまわないとどうしようもないので、庭で寂しく一人火をおこす。

しかしいつもながら突然に夏気候だな。「日本には四季がある」→「どこの国だってフツーにあるだろう」というツイートを見かけ、MやLDにそう言われたこともあるんだけど、バンクーバー@BCのこの時期は「花が咲き始めた春(曇ったり雨が降ればまだ全然寒い)」→「突然紫外線の痛い夏」の2種しかない感じ。まだ花が本格化してないのに雲が切れると日差しが痛く、穏やかな春爛漫という時期が抜け落ちている。晴れたら光は夏そのものなので子供らは興奮して薄着をしていくのだが、雨が降れば家のヒーターが入る気候なので、萌は昔からすぐにこうして体調を崩すのだ。

日本は花の春が長く、暑くなり、梅雨もあってからさらに夏なので、季節の移り変わりが4つどころか春夏秋がえらいステップが細かく分かれている。そこがやっぱりいいところであり、日本の季節に対するさまざまな情感が俺の体には強く残っている。たとえば日本の梅雨時の長雨なのに寒くない日々なんてカナダにいたら味わえないフィーリングで、そこがやっぱイイわけなのよね。日本に住んだことはあっても、MとLDにはその微妙な差異が快を感じるようなトリガーとしては働かず、だから日本人が「四季四季」と騒ぐことが妙に感じられるのだろう。

今年最初のバーベキュー、チキンはうまかったがビーフは相変わらず。萌は夕方は薬も効いて元気だったが、まだ油断できない。明日は学校に行けそうにない。

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■12/05/20(日) □ Lords of Waterdeep
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日本語学校の運動会に行ったら、中学クラスの子は1人も来ていなかった。これって幼稚園小学クラスのイベントだったのか。よくわかっていなかった。萌が恥ずかしがるのも道理なので、ラジオ体操だけ参加して切り上げMKのところを訪問した。

MK家でダンジョンズ&ドラゴンズのボードゲーム「Lords of Waterdeep(ウォーターディープの支配者たち)」をプレイ。D&Dの世界観の中で「ストーンエイジ」的ワーカープレイスメントをやる感じのゲーム。ボードの絵と角型月型のコインがサイコー。盤上の職能マスにワーカーを配すことでキューブを取れたり、「公共」建物を建てられたりする。集めたキューブとお金で仕事を達成することでポイントが得られる。キューブを集める手順は「グレンモア」にも似てるので、俺と萌は即座に理解しサクサクとゲームを進めていけた。

プレイヤーが建てる公共建物は元からある職能マスより強力で、多くのキューブが取れたりするのでどのプレイヤーにも利用価値が高いが、使用すると建造オーナーに使用料としてポイントやキューブが入る。長い期間稼働するとこれが結構強力なので、序盤に私欲に走らず公共建物を建てるという作戦はアリなわけだ。スペシャルカードでキューブを得るときは他プレイヤーもおこぼれをもらえることが多いなど、常に協調が発生し、あまり差がつかないように考えてバランスが取られている。米製ながらユーロを研究し尽くしたゲームらしい。使われなかった建物には次回コインが乗るところはプエルトリコだし。

このゲームの美点はゲームに背景として世界観がガッチリとあるゆえに、

「ミッション『双頭の鷹を手なづける』達成、これで15ポイント」
「なんで鷹なんぞでそんなでかいポイントがもらえるんだよ!?」
「その鷹を見張り台に配置することで町が安全になるんだ」
「あー、なるほどそれはたしかにエライ」


と、個々のミッションに魔法物語的な意味付けができるところだ。これは素晴らしい。各職能マスやカラーキューブが何を指すのかは俺にはわからなかったが、紫は魔女だとか言ってたのでD&Dを知っていればいちいちうれしかったりするのだろう。ボードに描かれた城などの美麗な絵は実は機能というか意味はなかったのだが、D&Dに詳しい人には「ああ△△城だから魔女キューブが取れるのね」みたいな納得感があるのかもしれない。

俺は小ミッション多数を達成し、萌は大ミッション少数達成作戦、MKは建築作戦でのゲームとなり、萌がMKに僅差勝ち。俺は大差負け。これはかなり面白いな。★★★★くらい。

【追記】その後 D&D ファンと共に5人戦をやってみて、クエストや城の名前など誰も見ちゃおらず、魔法物語テーマなどさほど関係のないゲームなのだと判明。メインは色を集めクエストを達成するゲームで、つまりチケライと同じである。でその色集め手順が複雑になっただけ。多人数だと時間も長く、評価を★★★に変更。

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欠点はよく似た「ストーンエイジ」同様、ミッションを達成しても取れるのはポイント+@だけであり、自分の領地や建物、つまり自分の得点システムが拡大するようなゲームではないので、拡大盛り上がり要素が薄い。キューブを集めて点と換金して完了という感じで、ミッションの達成感とリワード(ご褒美)感があまり高くないのである。チケライやカルカソンヌにも後から拡大するリワードはないが、路線達成や町完成にはビジュアル的な満足感が高い。このゲームにはそれもない。ゲーム総時間は説明を聞きながらで約1時間と十分にクイックなゲームなのだが、拡大要素が薄いのでゲームが平坦であった。最後にがーっと盛り上がる感じがほしかった。

拡大再生産ゲームである「プエルトリコ」や「グレンモア」では、『この建物効果で算出する産物を売って金を貯め、あの大建物で勝負をかける』『この区画でウィスキーを量産し、その酒で酒場を併設する』といった計画の継続と発展(拡大再生産)が最高に面白く、終盤に一番でかい点が取れ盛り上がるようにデザインもされているわけだが、このゲームの「達成」の+@で得られる継続拡大要素は「白キューブを取るとプラスもう1個」程度のものなので、ややダイナミズムに欠け得点を伸ばす見通しが立てにくい。俺は小ミッション多数が裏目で点が伸びず負けてることは明白だったのだが、かといってどうすればよいのかは初回プレイからは見て取れなかった。プエルトリコは難しく複雑なゲームだが、初回から「次はなにはともあれ倉庫と市場を絶対買おう」と戦略が立てられたので、やはりあっちのほうがシステムが明解なんだよな。

というわけで、ゲームとしては自分の村を機能的にデザインしていくうちのグレンモアのほうがよくできてると思うが、しかしこうした強力な世界観を持つゲームは強いなーと痛感した。逆にグレンモアはそこが弱いわけで、ゲームマニアではない人に両方やらせたらこっちのほうがやること(つまりゲーム性)が単純で物語性がある分ウケるかもしれない。「パンデミック」だって「病原菌増殖から世界を守る」という目的が超わかりやすいから、ゲーマーじゃないMが一発で興味を惹かれ気に入ったのだと思うしな。

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久々にグレンモアをやろうとして思いついて探し、カルカソンヌプレイヤーが作ったボードゲーム・スコアキーパー for アンドロイド「KeepScore」を発見。これは素晴らしいデキ。「10マイナス2点ね」と簡単に入力でき、入力した得点が明瞭にポップアップしつつ10秒間は確定しないという方法で間違いを防ぐという現場ゲーマーならではの配慮もなされたクリーンなUI。ラウンド数とその時点のスコアまでキープしてくれるので、「あの中盤の21点がでかかった」みたいな棋譜が残る。ログとして保存までしてくれる。これ以上ないデキですね。

こういうアプリを見つけると、新しいアプリが出てくるほどの活況になかった Windows Mobile 出身者としては、アンドロイドに移行した甲斐を感じるのである。

2012/05/18

日記「俺も Google フォン入手」

「ティーンエイジ Wifi ライフ」「アンドロイドと PPC は大違い」「指タップの謎」「アンドロイド OS は低性能?」「日カ UI 観の違い」

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■12/05/04(金) □ 俺も Google フォン入手
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初代 Google フォン(HTC G1)
なんとBRばあちゃんがなくしたセルフォン(アンドロイド携帯)が見つかり、すでに彼女は新しいのを与えられているので、今回紛失→見つかった携帯は萌が使えばいいとの通達が元締めオーナーのMKからある。―――! ということは。萌が今使ってるあの初代 Google フォン(HTC G1)は………とお伺いを立てると、もちろん好きにしていいと言われた。かくして俺も突如アンドロイドフォンユーザーとなる。すごい。

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しかしこの紛失したほうのセルフォンを取ってくるのが大変だった。「モールのカスタマーサービス」と言われてモールに連れて行き、見つかった電話を取りに来たとBRが告げるとそんな電話はないという。でBRが「なんですって!? ここはどこ?! ローヒードモールじゃないの?!」とカナキリ声を挙げ、ここで俺が連れていくモールを勘違いしてたのだと判明。電話をなくしたのは至近のコキットラムモールではなく、3町向こうのローヒードモールだったのだ。がっくー。道中も駐車場でもモール内を歩いていてもBRは間違った場所にいることに気づかなかったわけである。がっくし(笑)。

脱力笑いしつつ改めてローヒードモールに行きカスタマーサービスに行くと、今度は感じの悪いオバちゃんがニコリともせずに、「このカウンターにはない、何日になくしたのだ、あなたに電話したのは誰だ」とBRを責め立てる。BRは質問に答えられないので動転し、どうしてよいのかわからずソーリーソーリーと謝るのである。俺はBRの袖を引っ張り、

「謝るこたあない。誰が電話したかなんて知ってるワケがない。向こうの内部連絡が悪いのであって、あなたのせいではない」

と難聴のBRと受付オバちゃんの両方に聞こえるように大声で怒鳴る。これでオバちゃんの態度がやや改まり、やっとあちこち電話して調べてくれた。こういう「私はあなたのために働いてるわけではない、他の社員のミスも自分とは一切関係ない」という態度を見せる人はカナダじゃよくいるが(アメリカじゃもっと多い)、だったら裏方をやっていてくれよ。人前に無愛想な顔を晒さないでほしい。

でようやく別のカウンターにあることが判明したのだが、そこで「どこの会社のセルフォンだ」と最後の謎解き関門があった。BRはここでまた絶句したが、俺が「会社はわからんがアンドロイドフォンだ」と答えると、「あああのサムソンね、じゃあなたがBRだね」とようやく解決となった。やれやれ。

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かくして回収した電話は萌のものとなり、初代 Google フォンが俺のものとなった。自分のものになるならばと前とは違う熱心さでいじってみるが、最初に萌の Gmail アドレスを入れるのに1時間かかったように、やはりこの OS は操作ロジックがわからない。アプリの操作はメニューとバックボタンの2ボタンしかないらしい。この2ボタンの組み合わせてさまざまな用途をこなすわけだが、これまで使ったどんな OS とも違ったロジックなのでとにかく戸惑い思うように操作できない。タスク管理バーはなく、いっぺんバックグラウンドに回ったアプリはフロントに戻せない。なにが裏で開いてるかも不明。いろいろと不便な OS である。

アプリはモノトーンなデザインで全体的にアップルっぽい。ビジュアルはいいが使いにくいというのが初日のアンドロイド感想。コンピュータ世界は簡単な仕事がめんどくさくなる方向に進んでるよな。しかしとにかくめんどくささを我慢して一旦設定さえ済ませてしまえば、Google マップと Wifi ネット環境とカメラ・ビデオが手に入る。日本語入力は弱いだろうから Pocket PC との併用になるが、頑張ろう。

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■12/05/05(土) □ ティーンエイジ Wifi ライフ
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萌がもらったサムソン・アンドロイド携帯は俺の Google フォンより世代が相当に新しく高性能で、キビキビ動くし動作するソフトウェアも多い。萌は「とにかくセルフォンでテキストしたい」と言っていて、携帯電話アカウントはないのでいわゆるテキスト(携帯メール)はできないからどうしたものかと思ってたのだが、一番の親友のSRも幸いアンドロイドフォンだったのでお互い標準装備の gTalk で Wifi 無料テキストしまくれる。小さなキーボードですごいスピードで打ちまくりケラケラと笑っている。よしよし。

さらにこのアンドロイドフォンを Skype 化しての Wifi 会話にも成功した。Skype は驚くべき高音質で、ラグはあるが完全に実用になる。友達もペアレンツに頼んで PC や Ipod にこれを入れてもらえば、お金がかからず皆バーチャル個人電話だよと説明すると、身を震わせて喜んでいる。夢が広がるティーンエイジ Wifi ライフ。

アンドロイドフォンで驚くのはオフにしていても、Skype や gTalk がくればちゃんと着信することで、こうなると Wifi 環境にある限り完全に携帯電話だ。スマートフォンってオフにしていても Wifi は生きてるんだな。使ってみて初めて知った。道理で電池が減るわけで、萌は半日使ってカラっぽになったが。

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【FIFA09 Wii】英エバートンで全タイトルを取ったので、もう一段弱いチームで他のリーグをやってみようと、スペインのエスパニョールを試してみる。せっかくだから史実通り俊輔を入れてみようと購入すると、初戦レアル戦でいきなり彼らしい左足一閃のロングアシスト。中盤に置けばプレス力が弱く、サイドに置けば突破力がなくて厳しいんだが、ドタドタとボールを追い、ボールを持てば小味の利いたパスを出す俊輔を操作していると愛情を感じてしまった :-)。

エスパニョール俊輔2戦目は2アシスト。FW がちゃんと決めてくれればあと3点いけたという好パス連発であった。やっぱり俊輔に預ければいいボールが出るとチーム(俺)もわかり、彼にボールが集まる。そして俊輔が1人交わしてパスを出すと、見事に味方が走り込んでいる。FIFA ではパスの正確さに加え、走る味方がどれだけ見えているかというのも選手のパス能力となる。俊輔は監督(俺)がはっと驚くようなところにいいボールを送り込んでくれる。これまで使った中でもモントリーヴォに並ぶワールドクラスだわ。怪我がなければやっぱり当然ここでも十分にやれたわけなんだよな。

―――ああ、このよくできた FIFA で中田も使いたかったな。俊輔に 83 と高い評価がついてるんだから、最盛期から相当に落ちた 2006 年頃、ボルトン時代の中田でも十分働けるだけの能力はあっただろう。ボルトンのアラダイスはけっこう酷な監督だったので、中田はプレミア中盤としては平凡な守備力が強調されるポジションしか与えてもらえなかったのだが、持ち味を知るものが使い所を考えてやれば引退まであと数年プレミアで十分働けただろうと思う。それをやってみたかった。

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■12/05/06(日) □ アンドロイドと PPC は大違い
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萌のアンドロイドフォンは順調なのだが、俺は PPC/WM (Pocket PC/Windows Mobile) と同じ環境にしようとしてうまくいかずにいる。携帯デバイスのキラーアプリである手書きメモとボイスレコーダーが標準でないのが痛い。アプリを探せばいろいろあるが、どれもデキは PPC/WM デフォルトに劣る。この2つをハードウェアボタンに割り当て、ボタンを押しただけで録音、手書き(線画入力)開始できるのが PPC の便利極まりないメモ取り機能なのだが、アンドロイドではどうしても実現できない。Pocket PC より世代が 10 年近くも新しいのに、こんな重要で単純なことができないとは意外であった。

アプリの出来が悪いのではなく、常時ロックがかかり、ハードウェアボタンが少なく、その割付もできない(v1.6 で動作するボタン割付アプリは結局1つもないので、OS に制約があるのだろう)アンドロイドのアーキテクチャが、こうしたメモ取り機器として使おうという用途を阻害してるのである。

まあ2日いじってわかったが、設計思想が違うとしか言いようがないな。「ファイルを持ち出して出先で思うがままにいじれるマイクロ Windows +(上記の)速攻完璧メモ取り機能」というのが Pocket PC/Windows Mobile の骨子だったのだが、ファイル転送すらできないというか、ファイラーが入ってないんだから「ファイル」という概念すらないのがアンドロイドなのである。つまりこれは「ネットコミュニケーション機能が万全な電話」なのであって、俺が Pocket PC で追求していた携帯読み書き機器ではないんだな。

しかし PC のない1階で FIFA をやりながらMKとチャットし、メモを自分宛に送っておける(Google トークに送っておけば PC とアンドロイドをシンクする必要もない)んだから、こうして携帯からネットに安定してつながるというのは実にありがたいことだ。Windows Mobile はブラウザは出来がよかったが、チャット機能は実用になるアプリがなかったのである。

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萌は今日午前中は俺と一緒にセルフォンで遊び、午後はSFが来たのでいい日で、夕方散歩しようと誘ってきた。自転車で久しぶりに走り回る。萌は最近スポーツにちょっと熱心になっており、自転車で普通に移動しながら立ち漕ぎやホップに挑戦している。


この電話のカメラ/ビデオは暗くて超低性能だが、
携帯していればこそこうして撮れるなと
ありがたみを感じる瞬間
で公園についたら見せたいことがあるといって自転車を止め、公園の低いフェンスをひょいっと片手つきの背面跳びで飛び越えてみせた。おお。簡単なことだけど、運動神経が鈍く臆病な萌がそんな軽業をやるので驚いた。どうやって覚えたのかと聞くと、「スリープオーバーのときSRが教えてくれた。ポリスに追いかけられて、これで逃げたんだって」なんていう。ポリス.....(^_^;。こないだ誕生パーティでお父さんやお母さんとジャムセッションさせてもらった音楽一家のSRは、他の子たちとはちょっと違った個性であるようである。

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■12/05/07(月) □ 指タップの謎
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アンドロイドチューンの日々は続く。最初に iPhone に触ったときにも思ったけれど、なんで指タップにしたんだろうこれ。唯一考えられる利点は「ペンがなくても操作できる」だけど、DS だって Pocket PC だってペンがなくても爪で操作できるじゃん。実際 DS の画面を指でタップするのと同じくらいの精度だろう、アンドロイドのこの指タップ式は。だからメリットが1つもわからない。

Palm のグラフィティ、Pocket PC の手書き認識、DS でのあらゆる操作と十分に定着していたペン操作を全部ナシにして、指タップなんていう不合理な操作体系がハンドヘルドのスタンダードになってしまうとはなんという無駄だろう。誤タップによるフラストレーション世界総計はすごい量なんではないか。

―――あそうか、指フリック(ページフリップ)というカッコ気持ちいい操作性を実現するために指操作にしたんだな。iPod の最初からその操作CMをバンバン流してたもんな。指フリックはまあたしかに気持ちいい。だがそのために他の不便を全部受け入れるというのはなんなのか。それにアゲイン、ペン操作だってフリックは完璧にできるわけで、これも指タップを正当化するものではない。

アローキーとペンがない操作系ゆえ、テキスト選択&コピペ、ページめくり閲覧という基本編集操作性は MS-DOS 以前というか、コンピュータ黎明期のラインエディタに近いくらいにまで落ちている。そういえばテキスト編集時のえらいめんどくさい選択操作なんかは、MS-DOS 以前の Unix Emacs に似ているな。

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それに Mac からの影響なのだろうが、Delete がなくてバックスペースだけだという UI にも参る。昔の Mac がこうだったが、BS(アンドロイドの Del)は「たった今打ち間違えた箇所を消す」というタイプライター的な単機能キーであって、その他のどんな編集作業でも役に立たんではないか。消したい箇所ではなく消したい文字列の終端までまずカーソルを持って行かなければ削除が始められない。そしてマウスやアローキーのないスマートフォンでは、このカーソル移動自体が大苦労なのである(※)。
(※)この初代アンドロイド OS(1.6?)はさらに画面タップにバグがあって、対策を施してあるアプリ以外は全部、編集画面をタップした瞬間カーソルがファイルの先頭に飛んでしまう。こんな大バグを持った OS を出すんだから Google いやはや。

スマートフォンに限らずカナダじゃ学校でも PC/Windows での削除方法を教えておらず、萌なんか Windows なのにマウスで削除したい部分を選択して BS を押す。Shift+アローでテキスト選択という操作すらしない。こんな馬鹿操作をやらせているカナダ学校のコンピュータ教育の阿呆さにも恐れ入る。

こんな面倒な UI や操作性を放置してる北米人が作った操作体系が世界基準となり、見た目はしょぼいが操作系は万全だった NEC モバイルギアやカシオは市場から消えてしまったんだから腹が立つ。モバイルギアで動いてた DOS の DoDiary なんて、いまだに史上最高のスケジューラ/小規模データベースだったと思う。Google アプリ群なんて比較にもならん。

スティーブ・ジョブズがどれほどえらい人なのか俺はよくわからないのだが、どれほどえらくてもこんな UI をスマートフォンのスタンダードにしたことで、マイナス 30 点くらいつくのではないか。

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■12/05/08(火) □ アンドロイド OS は低性能?
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引き続きアンドロイドチューン。ホームに出すアジェンダ、天気予報、手書きメモ、クリップボード履歴などを入れて、徐々に Pocket PC に近づいている。長文テキストが快適に読めるテキストエディタ、Jota も見つかったので、萌を学校に送りながらもう Pocket PC は持ちだす必要がないかなと思っていた。

Jota は WM 時代からあるソフトウェアで素晴らしいデキなのだが、アンドロイドの制約らしくどんなアプリも一度に1枚しかファイルを開けないのに困った。バックグラウンドに回ると他のアプリとのメモリー兼ね合いでランダムに閉じてしまうし、アンドロイドのマルチタスク性能は異常に低いと感じる。実際アンドロイド OS は、Linux 云々という割にえらい低性能だよな。初代 Google フォン自体のハード性能が低いのだとしても、俺のカシオ Pocket PC 2002 より6年は新しいはずなのに、なにをやらせてももっさりなのである。

日本語入力はシメジというのが高精度で驚いた。語彙は不足しているが予測変換までしてくれるので、Google 日本語入力よりも POBOX に近い。これとハードウェアキーボードの組み合わせは強力である。―――まあとはいってもアンドロイドというか指で触るスマートフォン全体がカット&ペーストすらまともにできない環境なんで、そんなに書き続けることなんてヒトの集中力の問題として不可能なのだが。

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■12/05/09(水) □ 日カ UI 観の違い
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買い出し。アンドロイド上に作った買い物リストを手にスーパーをシャカシャカと歩いていると、やっぱり手元からスルリと落としそうで怖い。なんでこんな落としやすいものにストラップ類がつけられないのかワケがわからない。萌はすでに一度ガッチャンと木の床に落としている。スマートフォンは辻褄の合わない事だらけだ。

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出かけたついでにうちのアンドロイドフォン群の元締めオーナー(アンドロイドアプリ開発者でもある)のMKのところに行き、アンドロイドについていろいろと話す。Pocket PC/Windows Mobile のほうがいいデザインだと思うが(ちょっといじれば完全にキーボードなしの Windows になるから)、オフでも gTalk などが着信する Google のインテグレーションは素晴らしいというのが俺の感想。MKは Windows Mobile をチューンして使い良くするなんていうことをするのはトモみたいな凝り性なやつだけで、そんな奴はそんなにいないから PPC/WM は普及しなかったんだ。世界の大多数は買ったものをそのまま使いたいわけで、それには iPhone、アンドロイドがよくできてるのだとのこと。

俺が最大の欠点だと思う指タップは、従来のタッチスクリーンは硬度が不足し必ず傷が入ったが、この指式はガラスだからその心配がないとメリットを挙げる。それにしたってこんなドゆるい精度がスタンダードになるなんておかしいだろうというと、「慣れたら押し間違えはしないしそんなに気にならなくなる」との意見だった。俺だって1週間いじって慣れたけど、操作性はペン操作の足元にも及ばないという気持ちは最初から変わらない。

奴は俺がすでにカスタマイズしまくってる Google フォンを見て、「ぼくはこんなに変更したことがないよ」と笑っていた。MKみたいな真性ギークでも、スマートフォンのチューンアップなんてしないものなのか。そのへんに操作性を改善してやまない日本人とカナダ人の違いがあるのかもしれないな。奴の Linux 操作もコマンドライン中心で、相当にめんどくさいことを厭わずやってるしな。

ストラップの欠如については、「落としても壊れないから大丈夫」との見解。感覚が合わんー (^_^;。